第19話 転移先


石壁に低い天井、隅に積まれた酒樽に小さな格子窓。

広さはそれなりにあるが、薄暗く冷たい空気が流れる室内は、どこから見ても地下か監獄にしか見えず、此処が王城だと言われても信じられないだろう。

Sランクという人間達の宝が帰還した先としては随分な場所ではあるが、


此処が王都かと問われたら困惑してしまうだろう。どう見ても地下か牢獄にしか見えない。人間達の宝であるSランクの帰還先としては随分な場所だが、魔族からの報復を回避するための措置だ。

魔法石を使用して転移したということは、魔族と衝突しその場から直ぐに離脱する必要があったということ。ギルドに依頼した事実は上層部の人間だけに知らされ、ラニエ達のことは極秘扱いとなっているからこそ人目を避けての帰還となり、ギルドにあるはずの依頼書は既に破棄されている。


(直ぐには帰れないわね……)


街や村に張られている結界程度なら擬態を解き結界そのものを壊せば転移が可能だ。

けれど、王都にある城となれば話は変わってくる。

他国、他種族対策に張られている結界は、主に魔力の高い魔族を意識して張られたものなので、より強度は高く精密に練られているのだ。それを壊すとなれば私の魔力が尽きるのが先か、結界が壊れるのが先かの戦いとなり、最悪なのは結界を壊せず魔力が尽きた状態で聖騎士に取り囲まれるパターンだろう。

元々数日間は理由をつけ城に留まり色々探る予定でいたのだが、今直ぐに戻らなくてはならない理由ができてしまったのだ。


――あの鬼畜が、性悪、エセ紳士がっ……!


転移前に目にしたルトフィナ様の姿が頭を過り胸が苦しくなり、カッリス様のほくそ笑んでいる姿を思い浮かべ殺意が湧く。


「顔色が悪いわ。シュナ、しっかりしなさい!ローガンの治療を、早く!」

「フローリアはちょっと落ち着いて。傷口が大きいからそんなに早くは治らないって、シュナ、動かないで!」

「何しているのよ、そのままでいなさい!」


転移後、周囲に目を走らせ状況把握をしたあとはずっとルトフィナ様の元へ戻る方法と、脳内でカッリス様をフルボッコにしていたので、私の背中に手を当て治療を始めていたローガンに今更気付き、距離の近さに眉を顰め押し退けようと動いたら二人から怒鳴られた。


(そうだ……鬼畜野郎にお腹に穴をあけられたんだっけ)


高魔力保持者は身体の治癒力が高いのでこれくらいの傷なら放っておいても問題はない。擬態の所為で傷が塞がる速度は衰えているが、リシュナに戻ればものの数分で塞がる軽い怪我だ。だから特に慌てることなく思考に没頭していたのだけれど、普通の人間ならこれはかなり危険な状態だった。


「魔族を挑発したりするからこんなに酷い傷を負うのよ……」

「でも、シュナがああしていなかったら、何も得られず無駄足になるところだったよ」

「分かっているわ」

「素直に心配だって言えばいいのに」

「べ、別に、そういうわけでは……」


傷が深くて床の上から動かなかったのではなく、ルトフィナ様のことを考えていたからなのだが、良い感じにフローリアは誤解して好感度を上げてくれたらしい。


「治療はどれくらいで終わるの?」

「傷はもう塞がるけど、動き回るのは駄目だよ!暫くは絶対安静だからね!」

「傷が塞がったらもう大丈夫よ」

「大丈夫なわけがないでしょう!自分の姿を見てごらんなさい!」


傷口が見えるよう捲られているシャツは所々破れ、泥と乾いた血で彩色されている。上だけでなく下も同じような状態なのだから、恐らく顔や髪も酷い有様なのだろう。


「取り敢えず、ラニエは……」


リーダーであるラニエから許可をもぎ取ろうと彼の姿を探せば、隅のほうで偉そうな人間達と真剣に何かを話し合っている。彼等が立つ壁際には数人の冒険者と思わしき者達が床に座り込み項垂れている。恐らく転移を発動させたラニエの仲間達だ。


私ですら行わない魔の森からの転移を可能とする魔法石……。


ブレることなく正確な転移先に感心し、床に転がっていた魔法石の欠片をひとつ手に収める。

聖魔法だけでも厄介なのに、魔力が渦巻く魔の森の中であったとしても指定した先に簡単に転移できるアイテムなんて、こんな物を量産されてはたまったものではない。

この魔法石を作った者を見つけ、生かすか殺すかは相手の出方次第だ。


「シュナ……他に怪我はある?」

「大丈夫よ」

「良かった。本当に、心配したんだよ……」


ギュッと私を抱き締めるローガンに苦笑し、目の前に立つフローリアを見上げた。


「フローリアにも心配をかけたみたいね」

「……」

「フローリア?」

「……もう、もう!貴方は無茶し過ぎなのよ!少しは私達のことを頼りなさい!し、死んじゃうかと思ったんだから」


ローガンをドンと押し退け私に抱き着くフローリアに驚き、涙声で「ありがとう」と呟いた彼女に苦笑した。


「ほら、あんたも泣かないの」

「だって……」


ローガンの実年齢ならおっさんの領域なのに、見た目が美少年だからか泣いているのを邪険にできず、つい彼の頭を撫でてしまった。

頬を染めて私をジッと見つめるローガンに気付き即座に手を離したが……遅かった。


「シュナ……!」

「ちょっと、何をするのよ!」


今度はローガンがフローリアを押し退け、治療したばかりのお腹に腕を巻き付け肩に頬をぐりぐりと押し付けてくる。嫌がらせか何なのか、「痛い」と口にすると少しだけ離れ私の様子を窺うローガンを睨んで威嚇していたときだった。


「治療は終えたのか?」


人を従えさせる声音と重い靴音に顔を上げると、高貴な身分と一目でわかるような男性が膝を曲げ、私を窺うように立っていた。その男性の背後には白銀の鎧を纏う男性も……。

この二人に対して「どなたですか?」と尋ねる者などいない。種族が違う私でも知っているくらい有名なコンビなのだから。

よりにもよって転移先がヴェレンデル国か!と、遠くを見つめたあとガクッと項垂れた。


「え、シュナ!?」

「どうした?意識を失ったのか?」

「陛下は一先ずお下がりください」

「だが……」

「血を流し過ぎたのかもしれない。シュナ、返事はできる?」

「直ぐに部屋を用意しろ」


何だ、どうした、と更に距離を詰めてくる人達に向かって手を上げ、大丈夫だからと示す私を放置して勝手に話を進め始めている。

今回の依頼は国からのものであることと、もしもの場合は王都にある城へ転移するとだけ事前にラニエから聞いてはいたが、それがヴェレンデル国だと察せるわけがなく……。

要塞として造られた城だからこそ煌びやかさなど皆無で、外観は美しさではなく頑丈さを追求し、贅を尽くした内装の代わりに地下を拡張し見張り台を完備。聖騎士に莫大な援助を行い、聖騎士専用の施設もある要塞城。

この世界で最も攻めにくく、一度捕まれば脱出不可能なほどに警備の厚い場所。


そして、乙女ゲームのヒロインである聖女が召喚される国なのだ……。


ヴェレンデルの賢王として名高いジョス・オランド王と、白銀の騎士と呼ばれる聖騎士団長マリス・ウダール。この二人はゲームの冒頭に何度も登場し、ヒロインを召喚した張本人でもある。


「ロニエ達のパーティですらこうも簡単に追い払われるとは……やはり、魔族は未だに力を衰えさせていないのだな」

「聖騎士を派遣したところで結果は変わらないのでしょうか?」

「聖騎士は剣に聖魔法を付与させ戦うから、多分剣を交える前に撲滅されるよ」

「それほどのものなのか……」

「魔法の展開も早くて、なにより威力が桁違いだからね」

「恐らく、私達が交戦した者は魔王の側近かと。ラニエですら苦戦する相手でしたから」

「そんなのに奇襲されたら、僕達でも後手に回るよね」


一国の王と聖騎士団長相手に敬語を使うことなく淡々と会話するローガンに呆れながら、彼等の会話に耳を傾ける。重要な情報があれば是非とも持ち帰りたい。


「だがその者が側近だという確証はないのだろう?」

「アレが村人だったら僕達に勝ち目はないよ」

「まだ魔王は姿を現していないからな、召喚魔法は時期尚早か……」

「あれ、ラニエから報告を受けていない?魔王の復活に関してだったら、シュナが頑張って情報を引き出してくれたよ。推測でしかないけど、魔王はまだ復活していないんじゃないかな」

「余裕があるようには見えましたが、シュナの言葉に苛立ちを見せていましたし」

「それについては先程ラニエから報告を受けている。マリスからも、まだ事を荒立てる必要はないという意見が出ていたしな」

「今はそれよりも大事なことがありますので」


カッリス様とのやり取りはちょっと無理があったかな?と思っていたのに、どうやら私の思惑通りにいきそうだ。

上手く事が進み過ぎて怪しくも思えるが、人間からすれば魔族なんて魔獣に少し知識が備わっているくらいの認識なので裏を読みはしないのだろう。


前魔王様の頭のおかしな行いのおかげなのだけれど、魔族全体がアレだと認識されるのはちょっと嫌だなぁ……。





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