第18話 お仕事終了
「こんなときでも余裕なのですね」
余裕……?え、この普段の力の半分もない擬態した状態で、あんたの魔法を受けて呆気なく吹っ飛んだ私の、どこを、どう見たら、余裕だと?
「このっ、大馬鹿者が!」
「心外ですね、馬鹿は貴方の方では?」
「私のどこか、馬鹿、なのよっ!」
ヘイルの剣をへし折る勢いで力を込めるが、悲しいかな、びくともしない……。
「随分とあの人間達と仲が良いのですね」
「……はぁ?」
「偵察だと言っていたのに、情が湧いたのですか?」
「何を言って……っ」
態々接近戦に持ち込み小声で話しているのは、ヘイルの意味の分からない言葉を聞くためではない。もっと他に、今のこの状況についての説明とか釈明があるでしょうが!
「魔力を抑えているのに無理に転移し、あのように守られることを許容するとは……」
「さっきから、何を言っているのよ」
「軽々しく触れるなと、地面に叩き伏せ高笑いするのが貴方という人でしょう」
いつにも増して底冷えするような声音で呟くヘイルは、私の目をジッと見つめたまま攻撃を繰り出す手を緩めない。
「あんた、何が言いたいのよ。訳の分からないことを言っていないで、この状況の説明をしなさい」
「貴方は敵側ですから説明は必要ないかと」
「任務でしょうが!」
手加減など一切なく、本気で私の首を取りにきていると思わせるほど徹底的に攻撃を仕掛けてくるヘイル。リシュナの威圧に苦しむ姿ばかり見てきたが、彼だって魔王様の側近なのだからたかが人間に負けるはずもなく、擬態している今の状態では致命傷を避けるので精一杯だ。
絶対あとで報復してやる……!と決意しながら、「どういうことよ、何なのよこれ」と何度目かの私の問い掛けに、深く溜息を吐いたヘイルが微笑んだ。
確か、カッリス様があの魔法をぶっ放す前にも、同じような笑みを浮かべ……。
「父に直接訊いてください」
ヘイルに肩を掴まれ、吐息が触れる距離まで近付いた彼が私の耳元で囁いた。
「……へっ!?」
囁かれた言葉に反応する間もなく視界が切り替わり、今の自分の状況が上手く呑み込めず情けない声が漏れた。
「おや……新しいお客人だ」
一瞬でヘイルに転移させられた場所はよりにもよってカッリス様とラニエの間で、突如現れた私を目にして動きを止めたラニエに対し、カッリス様は私の腕を取り拘束する。
「シュナ!」
「おっと、動かないほうが良いよ、お嬢さん」
擬態中の私がカッリス様の拘束から逃れるわけもなく、恨みがましい目をヘイルが居た場所へと向けるが……そこには誰も居らず、此方に向かって走って来るローガンとフローリアしか見えない。
ヘイルは何処へ?と拘束されながら顔を正面に戻し、ガクリと首を落とす。
「貴方も動かないように」
「……」
いつの間にかヘイルはラニエの背後を取り、首元に剣を突き付けていたからだ。
――詰んだ……。
「さて、もうお終いかな?」
拘束されている私と、首元に剣を突き付けられているラニエ。
カッリス様とヘイルの力を目にしているからこそ、ローガンとフローリアは下手に動けない。まさか私を使ってラニエを捕まえるとは……とヘイルを窺えば、鼻で笑われた。
ヘイルの奴……!と心の中で憤りながらも、何とか当初の予定に戻すために必死に脳を動かし、動けなくてもできる手を思いついた。
冒険者シュナは足手纏いのままでは終わらないし、魔族のリシュナはラニエ達に偽情報を持ち帰らせてみせる!
「……ねぇ、魔王は復活しているの?」
そう口にしてほくそ笑むと、カッリス様の手に力が入り、捻られている腕の痛みが強まる。
無言のまま私を見下ろすカッリス様は答える気がないらしい。
「魔王が復活しているのであれば、鬱陶しい冒険者なんて自分で排除しにくるわよね?」
「……」
「魔族領を荒らす人間達なんて、前魔王のように国ごと始末したほうが早いもの」
「……」
「でも、魔王ではなくその配下が動いた。何か理由があるのかしら?」
「……随分とお喋りだね。それは、時間稼ぎか何かなのかな」
「素朴な疑問よ。今代の魔王は腰抜けなのかし……っぐ」
拘束されたまま顔から地面にうつ伏せにされ、痛みに言葉が途切れた。
本当に容赦がない親子だわ……。
「っ、Sランクパーティが戻らなければ、聖騎士が動き出すわよ」
「聖騎士を恐れるとでも?」
「冒険者の中でも最高ランクであるSランクに依頼できる者は限られているのよ。聖騎士だけでなく国も動くわ。魔族は、また勇者と戦うつもりなのね」
「この程度の力しかない人間の分際で、私を脅しているのかな?」
「あぁ、でも、魔王が復活していたら聖騎士も勇者も恐れることはないものね。私達を始末したところで魔王がっ……!?」
「そろそろ黙ろうか」
メキッと私の腕が軋む音と、カッリス様の低く冷たい声が重なる。
「……っ、ねぇ、魔王は復活していないでしょ」
一瞬カッリス様の目が鋭くなり、それに対して私はニッと口角を上げた。
「魔王様の指示で動くのが私達の仕事だよ」
「復活していないのか、それとも、できないのか……」
「戯言を」
「戯言なのかしら?その割には、私達に手を下すことを躊躇っているように見えるけれど。そうよね、魔王が居ないのに、聖騎士や勇者を抱えている人間達と戦えるわけが……っは!」
「シュナ……!?」
カッリス様が手にしていた剣を振り下ろす瞬間に身構えたが、背中にグサッと剣を突き立てられては身構えたところでどうにかなるわけもなく……。
痛みと怒りでどうにかなりそうな衝動を抑え、浅く呼吸を繰り返す。
本当に、手加減を何処に置いてきたのよ、カッリス様は!
「誰が、躊躇っていると……?」
動きそうになったラニエ達に向かって軽く顔を左右に振り、カッリス様を見上げる。
女性を剣で串刺しにしながら、赤の他人だったら心底ゾッとするような微笑みを浮かべているカッリス様こそが、真の魔王様な気がしてきた……。
「三年以内かしら?」
「……三年とは?」
何を言っているのだと首を傾げるカッリス様に、「では、もう少し先?」と続けて反応を窺う。
「……」
「じゃあ、六年以内」
「君は、何を言って……」
「まさか、もっと先なの」
「黙りなさいと、聞こえていなかったのかな」
「もしかして、貴方達魔族にも魔王が復活する時期が分からないとか、うあっ……!」
微笑んでいたカッリス様から表情が抜け落ち、背中に突き立てられていた剣が一気に抜かれた。
――瞬間。
ズバッ……と私の目の前スレスレを剣先が通り、その剣先を回避するためにカッリス様が私の腕を離した。
その隙を逃さず、ラニエは私を抱えてフローリアとローガンの元へ飛びのく。私は抱えられたまま痛む腕を上げ、残っている魔力を全て込めた攻撃魔法をカッリス様達に向かって放った。
「転移する」
ラニエが魔法石を割るのを見て、やっと終わるのだと力を抜いたときだった。
(……どうして)
カッリス様達から少し離れた森の奥に佇む人影に気付き目を凝らし、その姿を捉え、息を止めた。
ロイラックに抱かれた小さな身体、大きな瞳は見開かれ、愛らしい手は私に向かって伸ばされている。その見慣れた姿は空間の歪みと共に視界から消え、唖然としたままの私が転移したのは石造りの床の上だった。
ラニエが抱えていた私をそっと床に下ろし、誰かが何か言っているが、それどころではない。
だって、なんで……どうして、ルトフィナ様があの場所に居たのよ……。
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