第17話 予定外
「シュナ!?」
「……大丈夫だから、退きなさい」
転移した直後、地面に崩れるように片膝を突いた私に突進してきたローガンを引き剥がしながら乱れた息を整える。
擬態するときは容姿だけでなく魔力も半分ほど封印している。そんな状態で普段のように人を連れ魔の森の近くまで転移すれば、身体が悲鳴を上げるのも無理はない。
「無茶し過ぎだよ!僕の魔法で魔力を回復させることはできないんだよ!」
「耳元で騒がないで……」
「ほら、身体が冷たい!眩暈や吐き気は?」
頬や額をペタペタと触るローガンに好きにさせながら、コレをどうにかしてちょうだいとラニエを見上げる。
「すまない、出遅れた。シュナが転移の準備をしていてくれて助かった」
時間も余裕も策もなかったので無詠唱で転移を行ったが、彼等は私が転移の詠唱を終えていたと思っているらしい。どう誤魔化すかも考えていなかったので助かった。
魔法を無詠唱で行使できる者なんて、この世界にはまだルトフィナ様と私の二人だけなのだから。
「構わないわ。支援担当のエルフ二人の魔力を空にするわけにはいかないもの」
「シュナと同じだけ転移しようと思ったら僕一人じゃ無理だよ……もう、本当に危ないよ」
「ラニエに転移を使わせるわけにはいかないでしょ?」
「そうだけど、急激に魔力を使うと生死にかかわることもあるんだから」
「はいはい、気を付けるわ。王都で待機している組は転移の準備を終えているの?」
「そっちはいつでも構わない。持たされている魔法石を割れば魔法陣が敷かれて向こうと此方が繋がる」
「そう……」
「シュナ、ジッとして!」
ラニエが首に掛けている紐で括った小さな石を見せてくれた。
宝石のような鮮やかな色をした石は魔法石と呼ばれ、魔族側にはない、人間が生み出した技術の結晶だ。
召喚魔法に魔法石、他にも何か厄介なものがないか王都にある城へ転移したら色々調べてみないと。
「取り敢えず、フローリアたん」
「……え、たん?」
「ありったけの補助魔法を、直ぐに」
「貴方は今転移したばかりなのよ。それなのにありったけって、倒れるわ!」
「それでも、よ……っ!」
「来るぞ!」
「ラニエ、僕が援護するから詠唱時間くらいは稼いで!」
ズンッ……と空気が重くなり、ラニエが私達を守るように立つ。
ローガンは杖を地面に刺してから私を抱き締め、フローリアは一瞬躊躇いを見せたあと詠唱に入った。
「転移に掛かる時間は?」
「三分程度だが、その時間を与えてはくれなさそうだ」
「詠唱が終わったら直ぐに動けるはずよ。でも、もって三十分くらいかしら」
「大丈夫だよ、僕が頑張るから」
ギュッと腕に力を込めたローガンは、このままの体勢で支援をする気なのか私から離れる気配がない。
リシュナのときでは有り得ないこの守られている感がどうにもむず痒く、こんな姿をカッリス様達に見られたらと考え血の気が引いた。
無理、恥ずかしくて死ぬ……!?
「よくあの場から逃げられたね」
「ちょっと離れなさい!」「駄目だよ、絶対に放さないから!」と、ローガンと押し問答しているタイミングでカッリス様が転移してきた……勿論、ヘイルも連れて。
ラニエの身体に隠れて見えていないことを祈りながら、フローリアの詠唱に耳を澄ませる。
「まさかあの状態で転移されるとは思っていなかったよ。Sランク冒険者というのは、随分と用意周到なのだね」
「……」
「何故君達のことを知っているのかという顔だね。魔族が人間と関わりがないとはいえ、情報くらいは集めるだろう?君達と同じように」
「此方に攻撃の意思はありません」
「へぇ、じゃあ、対話を望んでいるとでも言うのかな?私の領地を荒らす冒険者が?冗談もそこまでいくと笑えないものだよ。それとも、攻撃の意思のない私の領民を甚振るのが冒険者の対話の仕方なのかな?」
「……」
「おかしなことに、最近冒険者が増えていてね。彼等や君達は、一体何を目的として魔族領で好き勝手しているのかな?」
ラニエとカッリス様が話している間に詠唱は終わり、足に力が入ることを確認し何時でも動けるように体勢を整える。少し腕を緩めろとローガンの腕を叩いたあと、ラニエの背後からそっと顔を出し、予定と違う行動を取るカッリス様を窺うと、何故かヘイルと目が合いサッと顔を引っ込めた……。
一瞬しか見てないが、あの仏頂面が基本装備であるヘイルが目を見開いて驚いていた。
恐らく、いや、確実に、このか弱い乙女のような立ち位置の所為である。
地面に座り込む私の前方にはラニエ、左右にローガンとフローリアという立ち位置は、絵物語でよくあるお姫様を守る布陣である。
完璧に守られています的なポジションだ……あの、リシュナがっ、くぅ、笑うなら、笑え。
「一部の冒険者がそのような行いをしていたらしい。それに関してはギルドに報告し止めさせるつもりだ」
「報告したところで、本当に止まると思っているのかい?」
「それは……」
「前魔王様が勇者に倒され、敗者となった魔族には何をしても許されると思っているのなら、それはかなり傲慢だよ。そもそも、君達は領土侵犯という名目で私達魔族に排除されるとは考えないのかな?」
普段は交流も交易もなく、遺恨を持つ国から武装した集団が領土に許可なく勝手に入ってきて好き勝手していれば領土侵犯だと言われるのも当然で。人間だって同種族であっても街から街への転移は許可制だし、街へ入るための門で身分証の提示や荷物検査など、厳重に取り締まっているのだ。
「君達側の法では、これは裁いても構わないことだね」
こうして魔の森を抜けた者であれば誰でも簡単に魔族領に入れてしまうことに、人間は疑問すら抱かないのは魔族というものを侮っているからだ。魔王様がいなければ然程脅威ではないと思っているのだろうが、それはお父様やカッリス様達がそう見せかけているだけのこと。人間側の要となるこのパーティに、こうも簡単に魔族が入り込めるのだ。私達魔族がその気になれば、一夜で国のひとつやふたつは落とせてしまう。
立ち上がり数度その場で跳ねて身体の状態を確認し、ローガンをフローリアに押し付けたあとラニエの隣に立ち。
「冒険者が増えた理由については心当たりがあるでしょう?私達は魔王が復活しているのか知りたいだけよ」
挑発するかのようにうっそり笑いながら濁すことなく率直に口にした。
事前に行ったカッリス様との打ち合わせでは、ラニエ達には街で得た虚偽の情報を持ち帰らせ、何らかの形でSランクの力を確認するという話だった。
それなのに、情報を得るはずの街に辿り着く前に何故か襲われたので虚偽の情報など持ち帰れるわけもなく……。
あの打ち合わせの意味は?とか、当初の計画が頓挫しているこの状況をどうしろと?などと、色々叫び出したいことが沢山あるが、取り敢えず私だけでもどうにか筋書きを元に戻そうと必死だ。内心、パニックだ。
「それに、答えるとでも?」
少しはそれらしく問答して協力してくれても良くない……!?
あっさりと終わった対話に私が唖然としている間に、カッリス様が真横に手を振ると装飾が施された剣が現れた。
「話すだけ無駄だよ。私は、報復に来たのだからね」
剣の柄に指先が触れ、報復と口にした辺りで姿が掻き消えたカッリス様に、誰よりもいち早く反応したのはラニエだった。
――ガキッ……!
一瞬で互いが間合いを詰め、剣がぶつかり合う。
ラニエを援護する間もなく詠唱を一瞬で終えたヘイルからは攻撃魔法が放たれる。
「……っ、ローガンは私の援護を!フローリアはラニエを!」
私も瞬時に剣を振り、飛んできた火球魔法を叩き斬り、続けざまにヘイル目掛けて攻撃魔法を放つ。
「……ちょっ、嘘でしょ!?」
が、それを躱したヘイルが口にした詠唱に気付き、驚愕しながらも咄嗟に顔を庇うように腕を上げた。
火属性の上級魔法とか、鬼か、悪魔か、本気過ぎるでしょうが!
魔力を封印しているとはいえヘイルの魔法でどうにかなるほど柔ではない。
でも、痛みは感じるし、怪我だってする!
着弾と同時に起きた爆風で、私の身体は樹木をなぎ倒しながら魔の森の奥へ吹っ飛ばされていた。
「……っは、ぐっ」
「シュナ、そのまま」
地面に叩きつけられ転がり、背骨が逝った……と唸る私の元へローガンが走って来て回復魔法をかける。霞む視界の先ではフローリアがヘイルの前に立ちはだかり応戦している。
口に溜まっていた血を吐き出し、私の背に手を当てているローガンの腕を掴んだ。
「ラニエは……」
「近くにいるよ」
「直ぐに……フローリアの援護に」
「まだ待って。爆風で皆飛ばされたけど、シュナが一番酷い怪我なんだ。フローリアだってAランクなんだから、大丈夫だよ」
段々と視界がクリアになり周囲を見回すと、フローリアはヘイルと距離を取りながら応戦し、ラニエはカッリス様の攻撃魔法など一切気にせず自身の剣の間合いで戦っていた。
「大丈夫そうね……」
「あれでもSランクだから」
誰がとは言わなかったからローガンはラニエと勘違いしたようだが、私が無事を確認したのはカッリス様の方だ。
態と攻撃を受けながら適度に反撃しつつラニエの強さを測っているカッリス様と、大きさも重量もある大剣を手足のように軽く扱うラニエ。どちらも然程本気で戦っていないので放って置いても大丈夫だろう。
だから、今私が真っ先に行わなければならないことは、フローリアと交戦しながら私をずっと睨み続けているヘイルをボコボコにすることである。
髪はボロボロ、服は所々焦げて破れ、淑女としてあるまじきこの姿の報復くらはしても許される筈。いや、私が許す。
「フローリアたん、交代!」
「シュナ、貴方、身体は!?」
素早くフローリアと位置を入れ替わり、ヘイルの魔法攻撃を剣で払ったあとフローリアに向かってヘラッと笑い大丈夫だと手を振る。
「……っえ!?」
それの何がヘイルを刺激したのか、彼からぶわっと魔力が放出された。普段どれだけ怒らせてもこれほどの魔力は出さない男が、何故かどんどん魔力を強めていく。
これは止めなくてはマズイと、ヘイルとの距離を瞬時に詰め、真っ二つにする勢いで剣を叩きつけるが、いつの間に取り出したのかヘイルも剣を握っていて受け止められてしまった。
離れてなるものかと力押しでいくがびくともせず、一層睨みをきつくしたヘイルが「貴方は……」と呟いた。
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