第16話 奇襲



魔族領二日目の朝。


昨夜は、ルトフィナ様におねだりされ絵本を読み、愛らしい寝顔を眺めてからテントへ戻ればもう朝日が昇り初めていた。フローリアはテントを出たときと変わらず寝袋の中で、警戒対象を放置とかやる気はあるのだろうかと呆れながらテントから出て朝食の準備を始めた。


「今日向かう街は、昨日の街よりも大きく栄えていると聞いているが」

「私は知らないわ。魔の森なら何度か依頼で入ったことはあったけれど、魔族領は初めてだもの」

「用もなく魔族領に足を踏み入れる者なんていないからね。僕は個人的な用で何度か来たことはあったけど、その街は初めてだよ」


溝があるとは分かっていたが、深すぎない?

脅威となる者達の情報すらなく今迄放置していたってことでしょう?いや、魔族だってそう大差はないけれど、少なくとも力を持つ者くらいは個人である程度は調べるとか、情報を集めておくべきだと思う。


「シュナは?色々な国に出没しているよね?」

「魔族領は初めてではないわ」

「……貴方、魔族領にまで手を伸ばしているの?」

「行ける範囲はね」

「だから妙に慣れているのね……」


睨みもせずにふいっと顔を逸らしたフローリアに肩を竦めた。

ルトフィナ様で充電した私とは違い、他三名は朝から意気消沈している。

今から向かう先はカッリス様の本宅がある街。二日目にして中ボスの縄張りに入ると知っていればこの空気も納得だが、彼等が知っているとは思えない。

だとしたら昨日の事がまだ尾を引いているのだろうか?

アレは昨日、今日のことではなく、個人でどうにかできる問題でもないのに。


微妙に空気が重いまま、本来なら馬車で三日掛かる道をフローリアに身体強化を施してもらいながら進んで行く。


……徒歩で。そう、もう一度言うが、徒歩だ。


魔族領にも互いの街を行き来する乗合馬車があるのだが、今回の依頼では魔族領の地形や気候、魔獣等の確認も含まれているので徒歩と野営となっている。

人間だろうが魔族であろうが体力は無限ではなく、一日歩いていれば当然のように疲れる。

そこで魔法の出番なのだが、ここでは魔法が使える設定だというのに飛行魔法というものが存在していない。前世では鉄の塊が自由に空を飛んでいたというのに、なんて使えない世界なのだろうか……。


「疲れた……」

「まだ半日歩いただけじゃない!しかも、私が強化を掛けてあげているでしょう!」

「でも疲れないわけじゃないでしょ」

「貴方ね……」


魔法と聞けば何でもできる万能な感じはするが、生活魔法、補助魔法、回復魔法、幾つかの属性を駆使する攻撃系統魔法、あとは空間魔法くらいしかない。

因みに、聖騎士や召喚された勇者が使う魔法は聖魔法というもので、コレは攻撃系統魔法に区分されている。


例えば、生活魔法とは微力でも魔力を持つ者なら誰でも使える簡単な魔法で、属性魔法を使い分け水を出したり、火を熾したりと、生活密着型の魔法を指す。

残りの四つは少し特殊で、種族ごとに得意としている魔法がある。

他の種族も使えないわけではないが、その特殊な魔法を得意としている種族には圧倒的に力は劣り、威力や効果が天と地ほどに違ってくる。


補助魔法なら妖精が得意とし、私はそれを身体強化魔法と呼んでいる。

身体の機能を一時的に上げ、持続時間は数時間程度。ただそれらの度合いは発動者が調節可能であり、付与された者は効果の度合いによって数分から数時間は動けなくなるという反動がくる。反動を計算したうえで調節することはとても難しく、それを息を吸うかのように扱うのが妖精という種族だ。


回復魔法はエルフが最たるもので、小さな傷から死に至らしめるような傷、人体の欠損、毒や麻痺などの薬物関係まで幅広く治療することができる。

だが、傷を塞ぐだけで流した血が戻ることはなく、治療は終えたはずなのに目を覚ますことなく出血死なども多々あるのだ。

それと、死者を生き返らせることはできない。

稀にそれを望みエルフに懇願する者もいるとは聞くが、死者を蘇らせるという考え自体が人間の教会では禁忌とされているので、表立ってそれを口にする者はいない。

一度だけ、死者蘇生の魔法を使える者がいると耳にしたことがあったが……真実は定かではなく、どこから出た噂なのかも分からないものだった。


攻撃系統魔法は読んで字のごとく、攻撃魔法を放ちダメージを与えるもの。

これには属性とか色々あるが、その道の専門家以外の者達は全て纏めて攻撃系統魔法と呼んでいると思う。

因みに、攻撃系統魔法は身に持つ魔力の差で威力が異なるので、魔族に敵う種族はほぼいない。数百年前に暴虐の限りを尽くした前魔王様を誰も止められなかったのが良い例だろう。

その結果、聖属性の魔法が使える勇者を召喚され、魔族の弱点が暴かれてしまった。

どういった仕組みになっているのか、聖属性の魔法は威力関係なく、全ての魔族に致命傷を負わせることが可能で、下位の魔族なら一撃で消滅してしまうかもしれない。


そして、空間魔法。

恐らく勇者召喚というのはこの空間魔法の区分だと思っている。

空間を切り裂いて作った空洞に荷物を入れバッグ代わりにするというのが一般的な使いかたで、生活魔法とは違い魔力が必要なため皆が使えるわけではない。

これを応用したものが転移なのだが、空間を繋げて移動するので物凄く魔力を消耗する。数歩先に転移するだけで一日寝込む者もいるくらいなのだから敢えて使う者は居らず、私のように街から街へ気軽に転移できる魔力を持つのは魔王様くらいだろう。


でだ、この全ての魔法を種族関係なく最高ランクで使えてしまうのが、魔王様と勇者である。

所詮チートというやつで、彼等とモブを一緒にしてはならない。この二人が本気でぶつかれば、世界が揺れ、一瞬で地形が変わるらしい。

魔王様が勝てば魔族一強時代となり、勇者が勝てば召喚した国が世界を統べる。

けれど、強すぎる力は畏怖され、化け物と称される魔王様と対等に渡り合える勇者もまた化け物なのだと気付く者もいる。魔王を倒しても、勇者を御することができなければ、第二の魔王を自ら招き入れ破滅を齎すことになるのだから。

だからこうして冒険者に依頼を出し、今代の魔王が化け物の力を借りなくてもすむ程度の者なのか、魔王が復活したことによって魔族がどう動くのか動向を探っているのだ。


そんなことをつらつらと考えていれば、日が陰り、一瞬で辺りが闇に包まれた。


「シュナ……!」

「大丈夫よ」


ローガンに腕を引かれ後退した私の身体は淡い光を帯び、ふわっと軽くなる。

既に詠唱を終え補助魔法を編んでいたフローリアは指を振るだけで魔法を発動させた。流石Sランクパーティだと感心し、私は切り裂いた空間に手を突っ込み細身の剣を取り出す。


「相手の出方によっては更に強化を重ねるわ。倒れる前に言いなさい」

「了解。ラニエ、貴方に合わせて動くから、私のことは気にしないで良いわよ」

「あぁ」


既に剣を手にしていたラニエの横に立ち、後ろで詠唱しているローガンを待つ。


「まだ街二つ目なんだけどな」

「そうね……」


予定では、まだ大分先にある街で魔王についての情報を集め、その先へ進むかどうかは様子を見てから決めるつもりだった。もとより魔王城がある中心部にまで向かうつもりはなく、奥まで踏み込み魔族を刺激する前に引き返す。これはパーティリーダーであるラニエが決めたことで私は一切口を出していない。


そして、これら全て事前にカッリス様に報告し打ち合わせ済みだったのだが……。


「……詠唱が終わるわ」


ローガンの美しい歌声のような詠唱が終わり、足元から空に向かって風が吹きあがる。魔力の込められた風が暗闇を一瞬で拡散し、開かれた視界の先、街道に立ち塞がる者達を視界に捉えるのと同時にフローリアが補助魔法を重ねた。

数百メートルほど先に立つ二人組は明らかに魔族で、攻撃系統魔法を得意とする彼等にとってはこの程度の距離なら余裕で攻撃範囲内だ。


「魔族だよな……?」

「……えぇ」


容姿も身形も、誰が見ても貴公子にしか見えないカッリス様は道の真ん中で笑みを浮かべ立って居て、その隣には同じような身形のヘイルが立ち、こちらはジッと私達を見据えている。


「鳥肌と寒気がするが、魔力か?」

「威嚇されているんじゃないかな。対話は無理かもね」

「あの二人……普通の魔族じゃないわよね?」


カッリス様からは普通の人間なら立って居られないほどの魔力が放出されているが、ラニエ達からすると鳥肌が立ち寒気がする程度なのだから驚きだ。


「多分、高位魔族よ」


カッリス様とヘイルには報連相をきちんと叩き込む必要があるらしい。

予定と明らかに違う行動を取る二人を睨みつけ、拳を握り締めた。


「やあ、冒険者の諸君。ようこそ我が領へ」


両手を軽く広げたカッリス様の冷ややかな声に、蔑むような眼差しに、咄嗟に横に立つラニエを後ろへ突き飛ばした。


「そして、さようなら」


カッリス様の周囲に集まっていた膨大な魔力が消失した瞬間、閃光と共に私達の頭上から火球が降り注ぐ。こんなもの魔法や剣でどうにかなるレベルではない。


――全力で殺しにきているじゃない!?


リシュナであれば同程度の魔法で相殺させることができるが、今の私は冒険者シュナなので高位魔族と同等の魔法を使うわけにはいかない。


(だったら……)


身軽な身体でトン……と背後に飛び、詠唱なしで足元に魔法陣を敷く。


「一時退却よ!」


ぐにゃりと歪む視界の先で、微笑みを崩さず立つカッリス様に舌打ちし、その場から皆を転移させた。




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