第15話 癒し


「シュナって、あのシュナか!?」


冒険者の一人が私の名を叫ぶと、その男の仲間達も目を輝かせわあっと騒ぎだした。

私がラニエの背後に隠れるように立ち気配を殺していた理由は、悪名高い冒険者シュナがこういったクズな輩から好意を持たれているからだ。私からすれば黒歴史であるシュナの行いに憧れ、真似をする人間は多く、それが格好良いと思っているのだから手が付けられない。


「本物だ、すげー、Aランクのシュナだ!」

「俺達、大ファンです!」


何も凄くはないし、その差し出した宝飾品は受け取らないからね?というか、気付いて、あんた達の目の前に居る人のほうが私よりよっぽど有名で凄い人だから!?


振り返り私に向かって苦笑しているラニエに頬を引き攣らせながら首を左右に振った。あれらと同類だと思われたら最悪だわ。

興奮する冒険者達に私に構うなとぞんざいに手を振るが通じるわけがなく、余計に騒ぎ出したので仕方なくラニエの前に出た。

右手は腰に、左手を冒険者達に差し出して微笑む。

前の私であれば彼等を一瞥しただけで素通りしただろうが、今の私は違う。私の可愛い天使の治める国で好き勝手させるわけがない。


「あんた達、ギルドカードを出しなさい」

「え……でも、なぁ?」


ラニエのときとは違い若干怯んだ冒険者達に再度「出せ」と口にし、彼等の手に持つ宝飾品へ視線を向けた。


「その宝飾品も全て返しなさい。あんた達がしたことは、種族が違うとはいえ立派な犯罪よ」

「犯罪って、魔族相手だぞ?」

「だから何よ。魔族なら許されるなんて誰が言ったの?」

「でもな……」


私を窺いながら渋る冒険者達に近付き、手前に立つ男の耳を指で引っ張り囁いた。


「あんた達がどうなろうと私には関係ないけど、そこの男はSランクよ」

「……っは!?Sランク!?」


ラニエを侮っていた冒険者達は、身体を硬直させ顔を青褪めさせている。

そりゃそうだわ、Sランクなんて雲の上の人に暴言を吐いていたんだから。

冒険者達は慌てながら手に持っていた宝飾品を店員に押し付け、そのまま私達に背を向けるが……。


「逃がすわけがないだろ」

「……っ、離せっ……!?」

「お前もだ」

「ちょっ、待ってくださ……いっ!?」


一人一人無力化していき、蹲る彼等からギルドカードを取り上げていく。

これが人間や、その人間達と友好的な関係を築いている種族の国で起きたことであれば、ラニエがギルドに報告した時点で彼等のギルド登録は抹消される。

でも、今回迷惑を被ったのは魔族なので注意程度で終わってしまうかもしれない。

ラニエに怯えながら走り去る冒険者達を一瞥し、私は店員に宝飾品が全て戻ってきたか確認させた。



「ありがとうございました」


ここ数ヵ月は先程のようなことが日常茶飯事で、助けてもらったとはいえ同職である冒険者に文句のひとつやふたつ、私が店員の立場なら捲し立てていただろう。でも店の店員は、あのカッリス様の領地の住人なだけあり、ラニエに向かって頭を下げお礼を口にした。


「いえ、大変でしたね……」

「そうですね、ですが、今回が初めてのことではありませんので」


そう言って苦笑する店員にラニエが首を傾げた。


「初めてじゃ……ないのですか?」

「はい。最近は人間の冒険者がよくこの街を訪れるので、どの店でも先程のようなことが頻繁に起こっています」

「頻繁に……」


カッリス様からの報告で知ってはいたが、こうして実際に目にすると物凄く腹が立つ。

これではルーベ爺の言う通り冒険者狩りもしたくなるというものだ。


「この街を守る治安部隊のような者達はいないのか?」

「こちらが迂闊に手を出してしまうと、揉め事で済まなくなることもあるかもしれません。領主様からは命あってのものだからと無理をしないように言われていますし、損害分は補填してもらっていますので」

「そうか、このことは俺のほうからギルドへと伝えておく」

「伝えたところで何か変わることはないでしょう。それに、そんなことをしては貴方が先程の者達に恨まれるだけですから、黙っていたほうが良いですよ」

「そのようなことは……」

「貴方から報告を受け、彼等を諫める方もいるかもしれません。ですが、大抵の人間は魔族がどうなろうと気になどしませんよ」

「……」

「ですから、どうかお気になさらず」


言葉が出ず俯くラニエの代わりに私が店員に対応し、そのまま置物のようになってしまったラニエの腕を引っ張って店から離れた。

そんな私達の姿を見て困惑しているエルフ二人に説明しながら足を進める。


人間と魔族の溝はかなり深い。

前魔王様が行ったことを正当化するつもりはなく、だからといって悪いとは思わない。相容れない種族同士なのだから衝突することもあるし、どちらかが駆逐されることもあるだろうから。


人間と魔族の違いなんて瞳の色か魔力量だけ。姿形も話す言葉も同じだし、家族や友達、大切な人と共に生きている。

幼い子供達が走り回る広間を横目に、賑わう露店や宿屋や酒場を覗いていく。


「もうひとつ先の街を目指すわよ。そこがこの辺りでは一番大きな街だって聞いたから」


此処へ来た当初とは違って私が先頭を歩き、他のメンバーは黙ったままついて来るだけ。

この街の者達は、冒険者だと分かる恰好をした人間達が街中を歩いていても嫌な顔をせず、それどころか笑顔で私の質問に答えてくれたが、その度にラニエ達の顔が歪み空気が重くなっていく。


――何もかも、俺達とあまり変わらないんだな……。


今夜は野宿だからと火を熾しテントを用意して、夕食に街で買っておいた物を食べていたときにそうラニエが呟いた。

その言葉に同意するかのようにフローリアは無言で頷き、ローガンだけは変わらす私にくっついたままで何を考えているのかさっぱり分からない。

何を今更……と溜息を吐き、とっとと寝ろ!と各自テントに押し込んだ。


テントは男性陣と女性陣の二つを用意してある。

私を警戒するフローリアの監視の目をどう潜り抜けようかと考えていたが、フローリアは今日起きた事が余程ショックだったのか無言のまま寝袋の中へ潜っていってしまう。


「フローリアちゃん……フローリア、よし」


暫くしてジッと耐え、寝息が聞こえてきたので声を掛けて確認してから、転移を踏んだ。




「リシュナ!」


ルトフィナ様の居室へ直接移動すると、ロイラックに抱っこされたルトフィナ様がお出迎えしてくれた。もう、可愛い……と両手で口元を押さえながらフラフラと近付き、私に向かって手を伸ばす天使を受け取った。


「予想外な展開で、今夜は楽に戻れましたよ」

「ん」

「はぁ……ほんと、癒される」


ギュッとルトフィナ様を抱き締め、一緒にふかふかのソファーに沈み込む。

嬉しそうなルトフィナ様の頭をナデナデしていると、部屋の中央から熱い視線が……。

そちらへ顔を向けなくても分かる。うん、そっか、護衛としてルトフィナ様の側に居るんだった。


「無事でしたか」

「え、俺達は視界にも入っていないよ!?」


まだ初日だというのに色々あって、ヘイルとトイスに構う時間も勿体ないのよ。


「ロイラック、報告を」

「今朝の起床時間は普段よりも遅めでしたが、それ以上はお変わりありませんでした。詳しくは後程書面でお渡しします。それと、リシュナ様が毎晩読まれている絵本は、このあと私が」

「よろしくね」

「はい」

「……書面?」

「絵本って、今……リシュナが読んでいるって言ってなかった!?」


ボソボソ話すヘイルとトイスを睨むと、二人からは何か奇妙な生き物を見るような目で見られた挙句、文句を口にする前にサッと顔を逸らされてしまった。


「あー……戻りたくない……」


嘆く私の頬を小さな手で優しく叩くルトフィナ様に癒されながら、明日を思う。

まだあと早くても数日はラニエ達と行動を共にする必要があり、今日のように楽に転移できるとも限らない。

しかも、最終日は……とヘイルを見たあと、ソファーに倒れ込みながらルトフィナ様を抱き締めた。


調査を終える最終日、私……生きていられるかなぁ……。

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