第14話 揉め事


「シュナは、良いところのお嬢さんなのか?」


突然振られた話題に足を止め、自身の恰好を確認したあと首を傾げた。

本日の擬態も冒険者シュナの通常仕様で、茶色の髪に青い瞳。服装は短めのスカートにヒールの高いブーツと、育ちの良さなど微塵も感じさせない装いとなっている。

良いところのお嬢さんとは、商家の娘とか下級貴族の令嬢のことだと思うのだが、コレはないと思うよ?


「えーと、ラニエの言う良いところのお嬢さんっていうのは、私じゃなくてフローリアちゃんのような人のことだと思うけど」

「わ、私!?」


ラニエと並んで数歩前を歩いていたフローリアは聞き耳を立てていたのか、私の言葉に素早く反応し狼狽えている。

真っ白なローブを身に纏い、宝飾品が付いた杖を持つ美女エルフは暗い魔の森の中でもキラキラと輝いていて、容姿も恰好も言動も、どこからどう見ても彼女のほうが良いお嬢さんだ。


「フローリアは爵位持ちだよ」

「ちょっと、ローガン!」

「本人が爵位を持っているのね、どうりで品が良いわ」

「ほ、褒めたって、貴方のことなんて信用しないんだから!」

「ツンデレか」


私の腕に纏わりつくローガンが「ツンデレ?」と上目遣いで甘えてくるが、可愛くも何ともないので手加減せずに額を叩いておいた。


「んー、上手く言えないが、言葉遣いや仕草が……」


一応コレでも侯爵令嬢なので、礼儀、行儀作法の教育は受けているのだが、私がそれらを魔族領内で使う機会はなかった。魔力量を重視する魔族のなか魔王様の次に地位が高いリシュナは、公式の場であってもマナー云々は無視し、私が法だと言わんばかりに振る舞っていたからだ。

あの頃よりは今のほうが多少はマシだとはいえ、冒険者シュナのときにはそれらを一切気にせず好きに振る舞っているので、令嬢疑惑をかけられるとは思っていなかった。

やはり正体がバレているのだろうか……?とラニエを窺うが、「上手い言葉が出てこない」と何やら考え込んでいるし、フローリアは私に杖を向けながら「あの女はそんなに上等な者じゃないわ!」と本人を前に叫んでいる。ローガンに至っては幸せそうに妙な鼻歌を歌いながら私の腕にへばりついているし、この人達だけは本気でよく分からない。

呑気に歩く三人を眺め考え過ぎかと、身体から力を抜いた。


「Aランクになれば貴族からの依頼も受けるから、一応それなりに気を付けて生きているだけよ。ラニエなら貴族どころか王族にだって面会するでしょう?」

「それはそうなんだが」

「シュナは、偶にギルドにふらっと現れて、依頼も選り好みしているから、お金なんて必要のないお嬢様なんじゃないかってギルド内で噂になったことがあるんだよ」

「それだけじゃないでしょ。他にも色々噂になっているわ……」

「他って、あ、貴族に飼われているんじゃないかってやつ?」

「か、飼われ……もう、折角濁してあげたのに、ローガンには配慮ってものがないの!?」


お嬢様の噂は知らなかったが、今フローリアが口にしていたようなものなら冒険者を初めて直ぐの頃から噂になっていた。

それに、貴族に飼われているなんて可愛いもので、もっとえげつないことを直接言われたことや、実際に貴族から愛人になれと声が掛かることもある。全て返り討ちにしたが。


「私が貴族でも平民でも、今回の依頼には関係がないわよね?」

「気を悪くさせただろうか……依頼主が少し興味を持ったいで」

「探ってこいとでも言われた?」

「いや、命令されたわけではないが……そういう言い回しが上手い人だからな」

「……そういう人とは関わりたくないわ」

「そのほうが良いよ!シュナは僕だけがいれば……っぶっ!」


横でピョンピョン飛び跳ねているローガンに手刀を叩き込み黙らせる。「痛いよー」と文句を言うわりには嬉しそうなのはどういうことか……。

それに、こんなに和気あいあいとしているが此処は魔の森で、そこかしこに魔獣が潜んでいる危険地帯だ。

先頭を歩いて居るラニエが飛び出してきた魔獣を剣で一刀両断し、彼の隣を歩くフローリアが息絶えた魔獣の亡骸を一瞬で燃やし、周囲に血の匂いが充満しないよう処理していく。

その二人の背後を歩いていると何もやることがないので、腕だけではなく隙をついて腰に腕を回そうとするローガンを剥がすことに専念する。


この辺りの魔獣の住処となっている魔の森に入れるパーティは限られている。

低ランクだと何人揃えても手前で命を落とす確率が高く、高ランクになると多少は日数が掛かるが生きて魔の森を抜けることができる。

けれど、それがSランクパーティともなれば、一日も掛からず雑談をしながら通り過ぎるらしい。

今は魔獣が活発に動く夜中ではないが昼間でも十分に強く、人間より魔力も身体力も優れている魔族であっても苦戦する者達は数多くいる。

それなのに剣で一刀両断、または素手で撲殺するラニエを見て、何故Sランクが人外呼ばわりされているのか分かった。コレがあと二人もこの世に存在しているうえに、聖騎士団という面倒な奴等もいて、追加で聖女などというチート能力を持つ化け物まで現れたら、魔族が勝てる未来が見えない……。


「良かったわ……」

「ん?何か言った、シュナ?」

「別に。さぁ、行くわよ」


自ら偵察に来て本当に良かった……。

この森を抜けた先は魔族領となり、一番近い街がカッリス様の治めている領地の入り口となる場所。

さて、ここからが腕の見せ所だと、森を抜け街道を歩き辿り着いた街の門を潜りほくそ笑んだ。


「随分とあっさり入れたな……」

「門番のような者も居なかったわ」


ラニエとフローリアが驚くのも無理はない。

人間の街ではどこも魔族や魔獣用に結界を張り、聖騎士を常駐させ、厳重に門を守っている。それは魔族も同じで、幾重にも結界を張り同族以外は街に入れない者もいれば、ルーベ爺みたいに敢えて何もせず獲物が掛かるのを待つ者だっているのだ。


カッリス様が治めているこの街には門番が居らず、人間でもその他の種族でも自由に入ることができる。他の種族と交易を行っていないので、稀に護衛を雇い魔の森を抜けて訪れる商人達との物々交換がそれなりの利益をもたらすらしく、本格的に戦争になり、聖騎士が雪崩れ込んで来ない限りはそこまで厳重に門を閉ざすことはしないらしい。


排除できる力があるのもそうだが、とても寛容な人なのだ。

それなのに、そんなカッリス様でも許せないアホが最近この街には増えている。


「……ねぇ、あのお店の前に居るのって、冒険者よね?」


私が指をさした先、宝飾品が置かれている店の前で店員らしき者を相手に怒鳴っているのは、服装からして明らかに冒険者だ。彼等もギルドから依頼を受けて此処に来ているはずなのに、何故あんなに目立つことをしているのか……。


「揉め事みたいだな……少し様子を見てくる」

「私も……!」

「フローリアちゃんとローガンは容姿が目立つからお留守番よ。私が行くわ」


何か文句を言おうとするフローリアに「目立たず情報集でしょう?」と言い聞かせ、ロニエと二人で店に向かって歩いて行く。

何を揉めているのかなど訊かなくても大体予想はついていたが、店に近付くにつれ聞こえてくる会話の内容に呆れ思わず溜息が零れる。


「どうかしましたか?」


同族である人間ではなく、魔族である店員に話し掛けたラニエに密かに感心しながら、彼の背後に隠れるように立つ。

ラニエの行動に冒険者達は眉を顰め、店員は一瞬驚きながらも嬉しそうに微笑みこの揉め事の経緯を話し出した。


店に入って来た人間達にケースの中にある宝飾品を見せてくれと言われ、指定された物をケースから出して並べて見せた。それを手に取り眺めていた人間達は全て買い取ると口にしたあと、数枚の硬貨をケースの上に投げ捨て宝飾品を持ち去ろうとしたらしい。

魔族領ではその硬貨が使えないということを説明し、何か同等の価値がある物との交換であればと提案したところ、人間達が怒り出したと言う。

店員を無視して宝飾品を手に店を出た人間を引き留めていたところに、私達がやって来たと……。

魔族領で取れる宝石は珍しく、他では価値が高い。冒険者達が手に持つ宝飾品はひとつだって硬貨数枚で買えるような品物ではない。


はい、有罪決定。それ泥棒だから、種族関係なく、犯罪だからね。


子供でも分かる悪いことを平気で行う冒険者達は、何が悪いんだと言わんばかりにラニエを睨みつけている。

人間側からすれば悪である魔族には何をしても良いと思ってしまうのかもしれないが、その行いは貴方達が憎み嫌う前魔王がしたことと変わらないと気付かないのだろうか。


「君達、ギルドカードを見せてもらえるか?」


ラニエらしからぬ低い声に、お怒りだと咄嗟に姿勢を正すが、当の本人達はヘラヘラ笑いギルドカードを出す素振りもない。


「聞こえなかったか?ギルドカードを見せろと言ったんだ」

「はぁ?何でお前に見せる必要があるんだよ」

「ランクと名前を確認し、ギルドに報告するからだ」

「だから、何で報告されなきゃならねぇんだよ!俺達はちゃんと金を払って買ったんだよ」

「その宝飾品は君達が払った硬貨では買えない品物だ」

「そんなもんお前に分かんのかよ?あー、もしかして、お前も魔族か?」


ヘラヘラしていた冒険者達は魔族を庇う発言をしたラニエが気に食わないのか、どんどん態度を悪くし魔族だと言い出した。

Sランクなんて滅多にお目に掛かれるようなものではないから、彼等がラニエの顔を知らないのは分かるが……もう、何と言うか相手が悪過ぎる。

さっさとギルドカードを出せば良いのにと呆れていると、冒険者達の一人と目が合ってしまった。ラニエの背後を覗き込もうとする男から顔を逸らすが、どうやら遅かったらしい。


「やっぱりそうだ、あんたシュナだろ……!」



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