第13話 暴走
「ルトフィナ様、リシュナは明日からこの城を留守にします」
「リジュ……ないの……?」
「仕事で遠くへ出ますので、数週間は顔を見せにくることもできないかと」
瞳を潤ませ今にも泣きそうなルトフィナ様に胸が痛むが、しっかり告げておかなければあとで酷く傷つけることになってしまう。
「私が一番大切に想うのはルトフィナ様です。貴方の為なら何をしても良いと思えるほど」
「……ん、ん」
抱っこをおねだりするときのように手を上げ私に向かって伸ばすルトフィナ様は、多分一緒に連れて行けと言っているのだろう。
頬を膨らませ、催促するかのように唸るルトフィナ様に向かって首を振る。
「ルトフィナ様は一緒に行けません。ですから、此処でロイラックや側近であるヘイル達と私の帰りを待っていてください」
「……ん、いーあ、いあ」
「戻って来たら、一緒に庭園をお散歩しましょう」
「……」
「ルトフィナ様……っ!?」
俯いてしまったルトフィナ様に手を伸ばしたときだった……。
――バチッ!
衝撃音と共に指先に痛みが走り、火花が散る。
瞬間、空気が震え、侍従達は皆床に膝を突きながら呻き声を上げた。
「ロイラック……!」
身体に急激な圧力を感じ、マズイと判断しロイラックの名を呼ぶ。
何か言わなくても察するロイラックは直ぐに侍従達を転移させ、扉のほうへゆっくりではあるが足を進めていた。
「……くっ、ヘイル達を……呼べ!」
微かに頷いたロイラックに安堵し、魔力の威圧に対抗するように私も魔力を一気に放出する。ここまで格が違うとなれば、気を抜いた瞬間に身体が床に沈んでしまうだろう。
「……っ、ぐっ」
俯いたまましゃくりあげるように泣き始めたルトフィナ様。
抱き締めようと腕を伸ばすが、まるで自身の腕ではないかのように重く、目で見て分かるほど震えている。
「ルトフィナ様……」
魔族の赤子は、ある程度の歳に育つまで魔力を制御できず暴走させることがある。大抵は親か、その場に居合わせた者が暴走した魔力に自身の魔力をぶつけ上から抑え込むのだけれど、魔力量が桁外れな魔王様の暴走となれば一人で抑えられるわけもなく、人数が必要となる。もし暴走するようなことがあった場合は直ぐに抑え込まなくてはならないので、魔王様の側近には魔力が高い者達が数人ほど選ばれるのだ。
「ルトフィナ様、私の声が聞こえますか……?」
「……いあ、いーあ!いーあ!」
抱き締めながら声を掛けるが、首を左右に振られ拒否されてしまう。
普段であればこれで機嫌が直るのに……駄目だ、完全に機嫌を損ねてしまった。
(ヘイル、トイス……早く、来て……!)
優しく背中を叩きながら何度も声を掛け続けるが、視界が霞みそろそろ限界が近いことを悟る。
魔族の王様はやっぱりひと味違うのだなぁ……と半ば現実逃避しそうになっていたとき、部屋の扉が音を立てて開いた。
「うっ、リシュナ……!」
「……うわぁ、よく耐えていたよね」
やっと到着したヘイルとトイスも急いで私達の元へ駆け込み、ルトフィナ様に振れ魔力を放出する。
「……遅いわ」
「すみません。演習場に居たもので……っ」
「ロイラックが呼びに来たから急いで来たんだけど、ううっ、相当キツイね、コレ」
「ルトフィナ様ですからね……トイスは限界がきたら抜けたほうが良い。リシュナはそのまま宥め続けてください」
「優秀な側近達で助かるわ……」
「え、嫌味……?」
「違うわよ。本当に助かっているわ、ありがとう」
「……急ぎましょう。リシュナの様子がおかしいようです」
「そ、そうだね、お礼なんて初めて言われたよ……」
「……ところで、カッリス様はそこで見学しているだけですか?」
援軍に安堵し、周りを見る余裕がでたことで開かれたままの扉に立つカッリス様を見つけた。ヘイルやトイスよりも頼もしい援軍だが、何故しれっと突っ立っているのだろうか。
「それは君達の仕事だからね。一応、魔力が外に漏れないよう結界は張っているよ」
「それは、ありがとうございます……?」
「ほら、私と話していると、ルトフィナ様の機嫌が悪くなっていくよ」
「……うわっ、俺、もう、かなり限界だからね!」
「トイス、男なのだから踏ん張りなさいよ!」
「ちょ、この場合は男とか関係ないよね?リシュナがおかしいだけだから!」
耳元で騒ぐなと怒りたいところだが、今はそれどころではない。
「ルトフィナ様、皆が心配して来てくれましたよ」
「……いあ、リジュ、ない。いーあ」
「でも、此処に居るヘイルとトイスも、ルトフィナ様を大切に想う者達ですよ」
「ルトフィナ様。リシュナだけではなく、私も貴方の側近ですよ」
「俺も、俺も居ますから……っ!」
「……いーぁ」
段々と声が小さくなり、しゃくりあげる音も聞こえなくなってきた。
そーっと顔を上げ此方を窺うルトフィナ様を安心させるように微笑む。まだ涙の痕が残る頬を撫でながら魔力を上から抑え込んでいく。
「私が留守の間は、この二人がお側でルトフィナ様を守ってくれますからね。それと、歩けるようになったのですから、庭園で沢山遊びましょうね」
「……」
「私が居ない間に様々なこと学んで、また驚かせてくださいね」
「……ん」
コクリと頷き力を抜いたルトフィナ様を抱き上げた。
暴走して疲れたのか、瞼が落ちてきているルトフィナ様の身体を揺らしこのまま寝かせてしまおうとあやす私とは対照的に、ヘイルとトイスはまだ立ち上がれず床を這いずっている。
私の威圧でも辛い二人が、更に上位の存在であるルトフィナ様の威圧に耐えながら魔力を放出していたのだから凄いことだ。流石側近だと感心しながら、もう暫くは声を掛けないほうが良いと判断し、カッリス様に向かって軽く会釈する。
「助かりました」
「大したことはしていないよ」
「いえ、部屋の外にまで気を配る余裕はありませんでしたから。ロイラックは?」
「無事だよ」
良かったと肩の力を抜こうとし、目の前に立つカッリス様の目が笑っていないことに気付き背筋を伸ばした。微笑んでいるのに、声はとても優しいのに、目の奥は冷めている。
……何か、凄く怒っているわよね?
「リシュナ嬢」
「はい」
「侍従達は勿論、そこの二人、ラウスが戻り三人になったとしても、ルトフィナ様の暴走を止めることはできないよ」
「私が留守にしている間は、お父様に頼んであります」
「うん、私は別件で城に来られないから無理だけれど、他の当主達も手を貸すだろうね。でも、間に合わないこともあると分かっているね?君だからこそ今回はこの程度ですんだだけで、他の者だったらとうに部屋は崩壊していたよ」
「……」
「だからこそ、先程のように赤子をあやすようなものではなく、魔力が暴走したら直ぐにルトフィナ様の意識を落とすようにしなさい」
「意識を……?」
「まだ赤子なのだから物理的にどうとでもできるよ」
「まさか、ルトフィナ様に手を上げろと……?」
「意識を落とすだけだよ。今代はリシュナ嬢が居るからまだどうにかなってはいるけれど、歴代の魔王様の暴走はそうして止めてきたんだよ」
「……」
「リシュナ嬢は、甘いね」
躊躇う私に呆れたのか、カッリス様はそれ以上何も言わず私の腕の中に居るルトフィナ様を一瞥したあと、静かに部屋を出て行ってしまった。
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