第10話 Sランクパーティ
私の中での冒険者のイメージはお金や地位を欲して危険に手を伸ばす傭兵だ。その中でSランクと認定されている猛者なのだから筋肉隆々の雄々しい姿を想像するだろう。
けれど、今私の目の前に立って居る青年にそれは当てはまらない。
背も高く筋肉質だが優しげな顔立ちにふんわりした空気。ニコニコと効果音が付きそうな笑みを浮かべる青年は冒険者とは無縁そうなお兄さんにしか見えない。
だけど、この人がルトフィナ様の敵となる可能性があるSランク……。
「ローガンの知り合いか?」
「うん。僕と同じAランクだよ」
「そうか。初めまして、ローガンと同じパーティのラニエです」
知っていますと思いながらラニエと名乗ったSランク冒険者から差し出された手に手を伸ばそうとしたが……。
「触らないで、汚らわしい!」
横から現れた白く細い手に私の手は叩き落されてしまった。
大して痛くはないがいきなりの仕打ちにカッとなり魔力を放出しそうになるのを咄嗟に抑える。この短気な性格は直らないのか、感情のコントロールが難しい。
汚らわしいとは何事かと叩かれた手を摩りながら横を向くと、美女が腕を組みながら仁王立ちしていた。
冒険者にしては華美な装いだが派手な顔立ちに似合っているし、言動が女王様風でとてもよろしい。
「この女は醜悪な性格と男漁りで有名なのよ」
否定はしないけど初対面で口にするようなことではないと思うのですよ……。
「ふん。ラニエが貴方なんかに引っ掛からないわよ」
勝ち誇ったような顔で私を見て鼻で笑った美女の耳は尖っていて、あぁ……お仲間かとさり気なく私の隣に陣取っているローガンの頭部にチョップした。
「痛っ……シュナ、痛い」
「ローガン、この女エルフ何?あんたのお友達?」
「違うよ。ただのパーティメンバー。シュナ、手は大丈夫?癒しの力を使おうか?」
「必要ないわよ。それにしても、あんたの仲間は初対面の人間相手に怒鳴り散らして危害を加えるような人なのね」
ローガンを手で制し、美女エルフに向かって「あー、怖い」と口にした。それをどう受け取ったのか、ワナワナと肩を震わせた美女エルフが私に掴み掛かろうとしたところでラニエが介入し美女エルフを羽交い絞めにしながら宥めている。
「止めないでよ!この女の悪評くらい聞いたことがあるでしょ!?」
「うーん……でもただの噂かもしれないだろう?実際とは違うことも多々あることだ。だから落ち着いて」
「あのシュナなのよ!今迄この街に入って来たなんて聞いたこともなかったのに、絶対に何か企んでいるに決まっているじゃない……っ」
おお、ビンゴ!と心の中で拍手しつつ、ジタバタしている美女エルフにずいっと顔を近付けた。
「……何よ」
顔を左右に動かしあらゆる角度から美女エルフの顔を眺めてみる。
エルフは男女共に美形が多いとは聞くが、確かに惚れ惚れするほどの美しさだ。ローガンが可愛い系ならこの女性は綺麗系。目の保養にはなるが、残念ながらこの性格は受け付けない。
「ところで、どちらさま?」
「……は?」
「後ろに居るラニエさんには自己紹介をしてもらったけど貴方からはまだよね?私のことを知っているみたいだけれど、私は貴方を知らないわ」
Sランクパーティに入っているくらいだからこの女性もそれなりに有名なのだろうが、リシュナは良い男は率先して調べていたが同性は全く眼中になかったので分からないのだ。
そもそも、ひとつのパーティに回復系統のエルフが二人居るのは珍しいのだけれど……。
「私を知らないですって……同じAランクでしょ!?」
「ごめんなさい、興味がなくて」
「フローリア・ディザイドよ……!」
「へぇ、フローリアちゃんね。で、何でパーテイ内にエルフが二人も居るの?」
「フ、フローリアちゃん……ですって……!?」
「フローリアは妖精とエルフの混血だから回復と身体強化が使えるんだよ」
「ローガン、勝手に情報を与えないで!」
「えー、だって僕はシュナの味方だし」
「私は同じパーティの仲間でしょ!?」
甲高い声で騒ぐ二人とそれを宥める苦労人ラニエから背を向け、唖然と静まり返っているギルドを見回した。階段付近には強面の男とインテリ系の男が此方の様子を窺っているのだが、恐らく彼等がこの街のギルドを運営している人達だろう。
彼等からカウンター、依頼書が貼られた壁……と順に視線を向け軽く首を傾げる。ラニエのパーティメンバーらしき者達が他に見当たらないのだ。情報通りならあと四人はいた筈なのに……。
「シュナ……痛いよ……」
クイッと袖を引かれたので隣に視線を戻すと、ローガンが甘えるように腕を絡ませてきたので額を叩いておいた。
「シュナは此処で何をしていたの?この街にだけは絶対に近付かなかったのに」
完全にストーカーの発現に背筋がゾッとしたが、ちょっと待って……今ローガンは何て?
街に来たことがないと言うならまだしも、近付こうとしなかったと言っていた。私の行く先々に良く現れるとは思っていたが、まさか居場所を把握するような何かを仕込まれているのではないかと眉を顰める。
見た目と言動に惑わされがちだが、この男かなり曲者だわ。
『Sランクパーティとなれば魔法に長けた者が居る筈です』
会議のあとにヘイルが口にしていたことを思い出して気を引き締めた。私の擬態を剥がせるほどの魔力を持つ者なんてそうは居ないと思うけれど、私のように敢えて力を隠している者だって居るかもしれない。
ここでヘマをしたら私だけではなくルトフィナ様にも危険が及ぶのだと、いつものように擦り寄ってくるローガンに慎重に言葉を選んだ。
「依頼よ」
「依頼でこの街に?」
「個人的に頼まれたことよ」
ギルドを通した依頼は書面として残るので適当に誤魔化すことができない。だから個人的に受けたものだと誤魔化す。
「ふーん。この間連れて歩いていた男がその依頼人……?」
「何であんたがそれを知っているのよ」
「だってー、僕はシュナを見つけるのが得意だから」
頬に両手を添えもじもじしながら恐ろしいことを口にするストーカーから離れ、未だにフローリアを拘束中のラニエの背後に移動し隠れた。
「シュナ!?」
「それ以上近付いたら全力で地に沈めてやるわ」
「えー」
むぅと頬を膨らませても可愛くも何ともない。私の天使と比べたら月とスッポンくらいの差があるわよ。
「でも、ギルドに居るってことはシュナが受けていた依頼は終わったんでしょ?」
「だったら何よ」
「じゃあ、僕達と一緒に依頼を受けようよ!」
「ローガン……!?ラニエ、あいつを止めないと!」
「三人じゃちょっと心許なかったから丁度良いよね?」
「馬鹿なことを言わないでちょうだい、そんな女なんて必要ないわ!」
「シュナは強いよ?」
抗議の声を上げるフローリアを無視して私をパーティに誘うローガンに困っています風を装い、盾にしているラニエを見上げると彼は苦笑するだけでローガンを咎める気配はない。
「ごめん。迷惑だよな?」
「迷惑よ」
「ローガンは言い出したらきかないんだ。だから、もしよければ一緒にどうだろう」
「本気で言っているの……?」
「勿論。ただ、依頼を一緒に受けるのは今回限るになるかもしれないが」
「依頼の内容を聞かないで受けると思う?」
「仲間を危険に晒すような依頼は受けたことがない。それに、一応俺はSランクだからシュナに危険が及ばないよう動くつもりだ」
「……そのSランク様のパーティが三人ってどういうことかしら。下位のパーティですらあとニ、三人くらいは居るものよ?」
「他のメンバーは別の場所に待機してもらっているんだ」
「この街ではなく?」
「うーん、守秘義務があるからこれ以上は詳しく言えない」
これ以上は無理かと疑われる前に口を閉じた。
依頼内容は口にしないが、態々ギルドマスターと部屋に籠って打ち合わせをするくらいなのだから相当重要な依頼なのだと内心ほくそ笑む。
もしかしたら国が絡んでいるのかもしれないソレに直ぐに飛び付くことはせずに焦らす。
人の良さそうな顔をして中々腹黒い奴なんて沢山居る。因みにその筆頭がカッリス様だ。
「依頼内容を教えてもらったとしても、返事は同じよ」
「シュナが冷たい!」
一度や二度断ったところでローガンが諦めるわけがない。
本当に嫌なら無視してギルドを出る私がそれをしないのだから、少しは興味があるのだと期待したローガンは誰にも止められない。
「シュナ、お願い」
「嫌よ」
「一回だけ一緒に依頼を受けてよー。絶対に損はさせないからー」
「近付かないで」
「一度だけなら良い?もしかしたら僕を気に入ってずっとパーティを組んでくれるかもしれないけど、取り敢えず一度だけ!」
何故ローガンはこの塩対応に嬉しそうなのかと現実逃避しそうになったとき、「おい、お前達」と背後から声が掛かった。
「ちょっと上に移動しろ。このままじゃ収拾がつかねぇだろ」
強面の男が親指で二階にある部屋を指し、インテリ男が私達の様子を窺っていた冒険者達に声を掛け散らしている。
やっとお呼びが掛かった……と密かに喜んでいることに気付かれないよう、深く溜め息を吐いた。
「一緒に来てくれるか?」
ラニエの言葉に渋々頷き、神妙な顔を作りながら二階へと歩き出した。
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