第9話 先ずは、接触から
冒険者は生活基盤を置いている街のギルドから依頼を受ける。各国のギルドは誰が何処でどの程度の依頼を受けているのかを把握し、任務完遂率や評判などで高評価を得た冒険者には依頼を優先的に渡すことがある。
現在この世界に存在するSランク冒険者は三人。
魔族領に一番近い街に一人、私がギルドを登録した国に一人、一番距離が遠く辺境と呼ばれる小さな街に一人。意図してのことか、程よく都合の良い距離と場所で三人は活動しているらしい。Sランクに関してのことは機密情報となっておりギルド職員に訊いても教えてもらえないのだが、統率された組織とはいえ人間なので少し甘えた声を出せば教えてくれる者はいるのだ。
「……んー、うーん」
人間同士で領土争いでもしてくれたら此方は楽なのに、明確な敵として魔族がいることによって争っている場合ではないと戦争が起きない……。
自滅どころか国は聖魔法の才能がある者を集め教育を施し、ギルドでは優良な冒険者を確保し首輪を付けている。
Sランクは要注意だが、そこそこ数が多いAランク冒険者も注視しておかないといけない。
「んん……ううー」
冒険者は大抵四、五人でパーテイを組む。それはSランクも例外ではなく、Aランクの者達と組んで依頼をこなしている。
ただ、辺境の地に居るSランクの者だけはパーティを組まずソロが基本らしく、かなりの変わり者らしい。一度も会ったことがない者がほとんどで性別と名前くらいしか情報がなかった。
私が登録した街に居るSランクは国に属し、主に国関連の依頼をこなしている。国と連携しているだけあり騎士団や聖騎士と親しくしているようなので関わらないようにしている。
でだ、我が魔族領に一番近い街に滞在しているSランクなのだけれど、以前ヘイルと偵察に来た聖騎士が多い街ドラアンナに一時的な滞在ではなく拠点を移したという。
そして、今私はドラアンナのギルドに居る。
拠点を移したとなればSランクパーティが調査隊として依頼を受ける確率が高い。
潜り込むならこのパーティ一択なのに、余程のことがない限りはメンバーを募集しないらしい。
小さく唸り声を上げながらギルドカウンターで見せてもらっている冊子のページを捲る。
かなり名の知れた者か、特殊な技能を持つ者は固定のパーティに誘われることもあるし、その固定パーティに親しい者が居れば紹介してもらえたりもするのだけれど、残念ながら私がギルドに登録している技能は然程珍しくもない。
自分以外に興味などなかったので親しい者など一人も居ない上に、近付けば警戒されてしまう、絶対に……。
何度も繰り返し冊子を捲っていたからか、カウンターに立つ可愛らしいギルド職員のお姉さんからチラチラと視線が飛んでくるがそれどころではない。
「んーっ、どうしようかなぁ……」
ギルドでは登録後直ぐに依頼を受けることができる。
低ランクの内は採取や街の中でのお手伝い程度の簡単なものとなり、ランクが上がれば他の街や魔の森の中に入ることもあるので一人で依頼をこなすことが困難になるだろう。
そこで、ある程度のランクに上がるとギルドカウンターに立つ職員に声を掛ければメンバー募集が書かれた冊子を見せてもらえるし、自分でメンバーを募集することも可能だ。
でもこれは臨時パーティーなので依頼を完遂したあとは解散してしまう。この一時的なパーティを繰り返し気の合う仲間を見つけ毎回同じメンバーで依頼をこなすのが固定パーティとなる。
固定のものは誰かが抜けるか、都合が合わないメンバーの穴埋めとしてメンバーを募集することがあるので、そこを狙ったソロの冒険者がよくカウンターで冊子をながめていたりする……私のように。
冊子に書かれたメンバー募集は普段よりも多く、依頼内容はほぼ魔族領の調査、周辺の偵察、魔の森の探索と、魔族関係が盛り沢山。それらの備考欄にはエルフと妖精優先と大きく書かれ、それ以外では探知系の魔法が使える者が人気だ。
魔族が相手であり、ルーベ爺が特殊なだけで普通は強固な結界が張られているのだからこの備考欄も頷ける。
お目当てはSランクパーティなのだけれど、うん、募集なしと……。
絶対に彼等には魔族領の偵察依頼がきている筈だ。
「……」
カウンターからギルド長の部屋がある二階を見上げる。
今日は午前中にギルドに物凄い面子が現れ、そこに居合わせた冒険者達が興奮し歓声が沸き起こったのだと宿屋のおじちゃんが教えてくれた。
だからか、もう夕方近いのにギルド内はだま人が多く、低ランクと思われる冒険者達は壁にある依頼書を見る振りをしつつ二階に何度も視線を向けてソワソワしている。
ほぼ間違いなく、Sランクパーティは二階に居る。
カウンターのお姉さんに冊子を返してギルドの隅にあるテーブル席へ移動すると、そこには多少高値の装備を身に着けた中堅層くらいの冒険者が集まり熱心にギルド長の部屋を見つめている。
「失礼。此処、座っても良いかしら?」
丁度空いていたのが彼等の横の席だったので一応声を掛けた。
「え、どう……ぞ」
「ありがとう」
まだ若そうなのに凄いなぁ……と微笑むと、急に話し掛けたから驚いたのか、振り返った青年は言葉に詰まるも直ぐにコクコクと頷いたのでお礼を言って座り二階を見上げる。
此処なら二階を見張っていても目立たないだろうと紛れ込んだのに、何故か先程まで二階に注がれていた視線が私に向けられているのだけれど……。
下手に話し掛けられないよう一旦二階に背を向け冒険者観察をしていたら、急にギルド内が騒がしくなった。
ドタドタと二階に上がる階段付近に走り寄る者達に伴い周囲の熱が上がる。
敢えてそちらを見ないように顔を背け、(さて、どう接触しようか……)と思案していたときだった。
「シュナ……!」
背後から聞こえた声に瞬時に身体が反応し、拘束される前にと椅子から立ち上がって突進してきた奴を回避する。
「うわっ、酷いよ、久々に会えたのに……!」
「黙れ、ストーカー」
「スト……?」
「特定の相手に執着して付きまとう男をそう呼ぶのよ」
「……僕のことだ!」
ストーカー呼ばわりされても嬉しそうな顔をしながらジリジリと近付いて来るこの男は、リシュナがギルド登録した頃からのただの顔見知りだ。
登録初日にギルドで声を掛けられたのだが、その日にリシュナは虫の居所が悪くこの男を魔力で威圧して叩きのめしたのだ。
冒険者同士の諍いが禁止されている中での突然の暴挙に周囲は息を呑んだが、当の本人は何故かリシュナを気に入ってしまい問題にはならなかった。それ以降は何処かで顔を合わせる度にこうして絡んでくるので、あのリシュナですらうんざりしながら半ば諦めていたくらい面倒な男である。
「七ヵ月と十日ぶりだね、シュナ!此処で何をしているの?」
「……数えていたの」
「えへへ」
顔を顰めて問いかけるも、邪気のない笑顔が返ってきた……。
コテンと首を傾げ笑うこの男は見た目だけなら先程の青年達よりも幼く見える。
肩下まである綺麗な銀髪に大きな金の瞳。先が尖っている長い耳はエルフの特徴であり、私よりも背が低い所為でいつも上目遣いであるこの年齢不詳な男は間違いなくこのギルド内に居る誰よりも歳が上だ。
「ローガン、あんたこそ此処で何をしているのよ」
「僕?あのね、依頼を受けたんだよ!」
普段は無視なので話し掛けられたことが余程嬉しかったのか、その場で何度か飛び跳ねて喜びを表現しながら口を滑らせる。
「依頼?」
「そう。シュナは知らない?魔王が復活したらしいよ」
「復活するとは聞いたわ……それ、確定なの?」
「えっとねー」
私がギルドへ来たときにローガンが見当たらなかったし、後から来たとしても今みたいに直ぐに私を見つけ飛び付いていた筈。カウンターから移動したあとはずっと私の顔は入口に固定されていた。
では、ローガンは何処から現れたのか……。
回復系統が扱えるエルフのローガンはAランク冒険者でかなり名の知れた冒険者。今迄彼に興味がなかったので訊ねたことはなかったが、もしかしてと無視せず話し掛けたらどうやら当たりだったようだ。
「ローガン……?」
ローガンの背後に立った男を見てビンゴ!と微笑んだ。
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