第8話 祈り
「本気ですか……?」
会議室を出たあと私を呼び止めたヘイルがどこか探るような目を向けながら口にした言葉に首を傾げた。
本気……本気とは?
主語が抜けていて何が訊きたいのか全く分からない。どう返事したら良いものか考えていたからか眉間に皺が寄っていたらしく、ヘイルと一緒に居たトイスが「怒っているよ!」と一歩私達から後退した。
「怒っていないわよ。ただ、ヘイルの言う本気の意味が良く分からないのよね」
「冒険者パーティに加わることですよ。貴方のことだから面白半分でそのようなことをするつもりでしょうが、振り回される此方のことも考えてください」
あぁ、それのことか……と肩を竦める。
カッリス様に助力を求めた以上は息子であるヘイルも蚊帳の外とはいかない。快楽主義のリシュナに散々玩具にされてきた彼等からすれば、私が自ら動くことに不安や疑心でいっぱいなのだろう。
……うん、分かるわ。私もそちら側の立場だったらリシュナを縛って何処か逃げられないような場所に幽閉するから。
「一番良い案だと思って提案したことよ。それが気に食わないと言うなら、他の代替え案を用意してあるのよね?今ならまだお父様達もその辺に居るから変更可能よ、はい、どうぞ」
代替え案プリーズと手を差し伸べると、ヘイルの麗しいお顔が歪んでしまった。
コレはかなり怒っているとトイスに視線を向ければ、目が合った瞬間に明後日のほうを向かれてしまう。いつものように私を押し付けてさっさと逃げないのなら、仲介に入るなりヘイルの腕を掴んで逃走するなりしてほしい。まだ会議室には当主達が残っているのだから此処で私達が揉めるわけにはいかないのだ。
「冒険者のことは冒険者が一番理解しているわ。彼等にとって魔族領の調査はお仕事で慈善事業じゃないの。お話して帰ってもらおうなんて甘いし、調子に乗せたら我が国の民が困ることになる。魔族に限っては、ギルドに冒険者の苦情なんて言っても無駄だし」
人間にとって魔族は同じ大陸に寄生している害虫扱いだから人権なんてないに等しい。此方がどれほど譲歩していようが、あちらには全く通じないどころか鼻で笑われて終わり。
「貴方の策がどうとは言っていません。ただ、Sランクパーティとなれば魔法に長けた者が居る筈です。貴方の擬態が剥がされでもしたら……いえ、初めから貴方が魔族だと知ってギルドが泳がせている場合だってある」
「私の擬態を剥がせる者なんてルトフィナ様か勇者くらいでしょう?ギルドが私を泳がせているのだとしても、それに乗っかるのも悪くないわ」
「貴方に魔王様の代理としての自覚はないのですか?」
「代理だからこそ私が動くのよ。魔王様の代理のくせに何も手を打たずに城に籠っていたら非難を浴びるもの。それに、ヘイルのところは困ったことになっているのでしょう?」
「それは領地を治めているスラッツィア家の仕事です。貴方に気に掛けてもらうことではなく、寧ろ関わらないでいただきたい……!」
吐き捨てるように言われ、これは嫌われているのではなく憎まれているのでは?と頬を掻く。
今迄のことを水に流してくれとは言わないが、関わるなと言うのであれば無視すれば良い。今回のこの作戦だって何かあって困るのは私であってヘイルではないし、代理にはお父様が居る。
「分かった、気にしないわ。だからヘイルも私のことは気にしないで」
「そうはいきませんよ。貴方は私の上司であり、魔王様の代理なのですから」
「はいはい、だったら上司で代理の私が決めたことに口を出さないでちょうだい。冒険者パーティに私が入ることはあの会議室に居た者達全員の賛成を得て行うものであって、ただの側近が口を出して咎めるようなものじゃないの」
分かったらさっさと行け、解散!とぞんざいに手を振る。
私達の遣り取りを見守っていたトイスがヘイルの肩を叩き促すが、ヘイルは私を睨んだまま動こうとしない。
ナニコレ……面倒だなぁ……。
放って置いて天使の元へ戻ろうかと足を踏み出した私を引き留めるかのように、肩にズシッと太い腕が回された。
「何してんだぁ……?」
「……っ!?」
耳元で話す掠れた声に腰が砕けそうになった……。
良い男というものは声も良いのか……とうっとりしながら声を反芻していると、黙って空気と同化していたトイスが口を開いた。
「父さん……!?あ、危ないから、そこから離れよう、ね?」
慌てるトイスに危険物扱いされムッとしていると、私の肩に体重を乗せ寄り掛かっている人物がククッと喉を鳴らす。
「こんな美人なお嬢ちゃんに向かってそりゃあねぇだろうが。なぁ?リシュナ嬢」
トイスの父親であるブラチ・テルバルト様に覗き込むように顔を寄せられ、若干狼狽えながらも微笑み返した。お父様とカッリス様とは違い、大人の色気が半端ない……。
「トイスですから」
「だよなぁ……俺の息子なんだけどなぁ……」
美人系のお父様に正統派王子系のカッリス様。大人の色気を漂わせるブラチ様に、ルーベ爺だって外見だけはお洒落で真摯なお爺様だ。
外見と魔力は比例しているのだからこの会議に出席できるような者は皆系統の違う美形ばかり。
それなのに、顔を青褪めさせ手を出したり引っ込めたりと忙しなく動くどこか残念臭を漂わせるトイスを二人で眺め溜息を吐く。親子だから容姿が似ているので尚更残念感が凄い。
そろそろ拘束を解いてもらえないかとブラチ様を見上げるが、目を細め口角を上げ腕の力を強めたのでどうやら私に用があるらしい。ブラチ様は用もないのに絡んできたりしないしね。
「何かありましたか?」
「……んー、用というほどのことではないんだが、ひとつだけ進言を。ヘイルはリシュナ嬢を心配してんだよ。分かってやりな」
声を顰めて告げられた内容に瞬きしていると、幼子にするかのようにくしゃっと頭を撫でられた。
「……心配?」
「そ、危ない目にあうようなことをするなって言われてんだよ。親父の方と違って分かりにくい奴だからなぁ……まぁ、だからあまり邪険にしてやるな」
心配……ヘイルが、私の心配を……?
先程のヘイルの言葉はブラチ様が言うように私の身を心配しているように聞こえなくも……ないが、ヘイルからは依然として睨まれたままなのですが。
「勘違いのような気もするけど、そう受け取っておきます」
「リシュナ嬢は随分と良い方へ変わったなぁ」
若干考えるのも面倒になりブラチ様が言うならそうなのだろうと納得し頷くと、感心したかのようにブラチ様が呟いた。記憶を思い出す前の私だったら何を言われても小馬鹿にしたように笑って終わりだっただろうし。
ブラチ様の腕からスルッと抜け出しヘイルの横を通り過ぎるときに(大丈夫、心配するな)と軽く肩を叩いておく。
私なりの気遣いだったのに、気の所為でなければ背後からバシバシと汚れを払うような音が聞こえてくるのだけれど……うん、ヘイルは心配してくれているんだよね?多分?
※※※※
「遠い異国から攫われた哀れなお姫様。彼女は類まれない才能を持ち、誰もが愛さずにはいられない少女でした。家族の元へ二度と帰れないという残酷な言葉に涙する少女に課されたのは悪しきものを討伐するという使命。涙を堪え懸命にその使命と向き合う少女に、一人、また一人と手を差し出す者達が現れ、少女を中心とした輪は広がりました。少女達側からすれば悪しきものだとしても、種族や生活や常識が違うだけ。大きな力を持つ者達はそれだけで脅威だと排除されるのですから困ったものですね……ルトフィナ様?」
穏やかな寝息に頬が緩む。
毎晩ルトフィナ様が寝つくまで絵本を読んでいるのだが、それは妖精やエルフの可愛らしい冒険談や魔族の戦士が魔獣と戦う手に汗握るものと様々だ。
けれど、その中に人間の街で買った絵本は含まれていない。ヘイルと街へ出たときに揃えた絵本は想像していた内容とは違いとても不愉快な内容だったので全て燃やしてしまったから。絵本の表紙がシンプルだったのと、挿絵のようなものが王子様風の少年やお姫様風の少女だったので油断していたのだ。少年の髪色が黒かったことに疑問を持たず、ルトフィナ様に読み聞かせる前にと音読の練習をしていたときに王子様風の少年が勇者だと知った。
まさかと恐る恐る最後のほうのページを捲れば魔王が倒され世界に平和が戻りましたという一文が……静かに本を閉じ残りの絵本は確認もせずに処分した。
机の上に積もった灰を唸りながら手で払う私の顔は人様に見せられるようなものではなかったと、灰を片付けていたロイラックが嘆いていた。
今読んだ聖女の物語は私が作ったもので色々と私目線で補足を入れているので、物語というよりは論文のようになってしまっているが……。
「はぁ、可愛い」
私のシャツの裾を小さな手で握り締めながらスヤスヤ寝ているルトフィナ様の頭をそっと撫でる。ゲームに魔王様の幼少期の姿など出てこないから赤子の姿を目にしたときは本当に驚いたものだ。
今思えばゲーム上の魔王様が涙を流し消滅する姿に多少同情はしたが、敵サイドだったしエンディングがあるだけ良いだろうと思っていた。
でも、こんなに小さくて愛らしいルトフィナ様とゲームではなく現実として今は共に過ごしているのだから、もしゲームのようにルトフィナ様が傷つき涙するようなことになれば私は発狂するか、世界を呪いながら全てを滅ぼすだろう。
「相当な親馬鹿ぶりだわ……」
前世は別の世界の人間で、今は魔族のリシュナ。
我儘で強欲、殺戮や快楽が大好きなお嬢様に前世の平凡な女性の記憶が足されマイルドな性格になってはいるが元が少しマシになった程度。
人間に手をかけることに躊躇いはなく、魔族を含めた人外に対して嫌悪感はないが気に入らなければ威圧もするし排除だってする。
「まさか、子育てすることになるとは……これはこれで幸せなんだろうけど」
口をムグムグと動かすルトフィナ様を眺めながら微笑む。
うちの可愛い魔王様は将来どうなるのだろうか。
出来れば魔王様だけを想う可愛いお嫁さんと共に生きてほしい。聖女に恋をしたら必ずあのエンディングにいきつくのであれば、悪役リシュナとして二人を引き裂く役目を喜んでするだろう。ルトフィナ様がそれを望まなくても、私を疎もうとも。
「どうか、貴方の未来が明るくあるように」
ルトフィナ様の額に祈るように口付けた。
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