第7話 良い案
厳格そうなご老人ルーベ・ラウレンティはラウスの祖父であり、大の孫馬鹿だ。一族の中で一人だけ白髪で生まれたラウスを物凄く溺愛しており、その愛する孫を虐げるリシュナを嫌っている。
「……保留とは、リシュナ嬢は他に何か良い策でもお持ちなのか?」
「策がどうと話をする前に、冒険者狩りをしたあとどうなるかは分かっているのよね?」
「どうとは……?」
「あのね、冒険者としてギルドに登録しているのは人間だけじゃなく、魔族……は少数かもしれないけれど、他の種族もかなり多いのよ。しかも、高ランクの冒険者パーティだと必ず一人か二人はエルフや妖精が混ざっているから、下手に手を出すと報復措置を取られる可能性があるの。それに対しての対策があるのであれば冒険者狩りに文句はないわよ」
妖精やエルフの報復はえげつないわよ?と首を傾げるとルーベ爺は黙ってしまった。
「必ずそれらの種族は混ざっているのか?」
「嫌だ、お父様、当たり前じゃない。回復系統のエルフ、身体強化系統の妖精はどのパーティでも取り合いになるほどなのよ」
「リシュナ嬢は詳しいのだね」
「私もギルドに登録しているもの」
「……リシュナ」
両手で顔を覆い項垂れたお父様の背中をそっと撫でてあげる。
魔族が人間の組織に属しているなんて有り得ないことだものね……でも、リシュナだから諦めてお父様。
「だったら人間だけに狙いを定めれば良いだろう?」
「高ランクの冒険者となればそこそこ強いし、人間は頭脳戦も得意なの。いくつかのパーティに連携されたらカッリス様なら兎も角、短期なルーベ爺じゃ無理よ」
「何だと!?」
「ほら、すぐ怒る。そもそもルーベ爺の領地は結界さえ張っていないじゃない。先ずは余所者が入って来られないように、或いは入って来たときに印を付けられるよう結界を整えるべきでしょ?」
「そんなものは必要ない」
この脳筋が……。
魔族の領地は魔王様が住む魔王城を中心とし、我が家は城がある王都、残りの四侯爵はそれぞれ東西南北と分け領地を治めている。
ルーベ爺の領地は人外側に近く、人間の領地と森を挟んで隣り合うカッリス様のとこと比べて比較的穏やかだ。だからこそ結界を張らず稀に訪れる好戦的な他種族との戦闘を楽しんでいるらしい。
前魔王様が存命だった頃は力で人外を押さえ込み、力のない人間は玩具のように甚振っていたらしいが今はそうはいかない。迂闊に冒険者狩りなどして人間が魔族以外の者達と協力でもされたら本当に困る。それでなくても聖女が召喚されたら全ての種族が敵に回るかもしれないのに。
「ルーベ、結界は必要だと思うよ。私はね、力を過信してまたあの時代を繰り返したくはないのだよ」
「前魔王様が亡くなられたあと魔族領は荒れたからな……カッリスだけでなく、此処に集まる者達は皆二度とあの光景を見たくはないだろう」
前魔王様は私の祖父の時代に勇者によって討たれている。
当時の領主が王都に召集されている間はその妻や子供達が領地を守っていたらしいが、侯爵家の当主が次々と亡くなり残された者達は相当苦労したという。
魔王が消滅したからと魔族を根絶やしにしようとした人間達。それに便乗し魔族領を荒らし回った獣人族。それらに抵抗するべく今の当主達が頑張ったのだ。
幸いなことに妖精やエルフは争いを好まないので傍観していたらしく、そのおかげで今があると語っていたのを聞いたことがある。
沈黙してしまったカッリス様とお父様の代わりに会話を引き継ごうと、口の中の物を紅茶で流し込んだ。
「昔とは違って聖騎士の数も増えているし、冒険者の高ランクは技能を磨き高みまでのし上がった猛者達なのよ。魔力があるというだけで優位だった時代は終わったの、ルーベ爺」
「……」
「それにね、冒険者なんて出自関係なく誰でもなれるのだから、汚い手段を使う奴が沢山いるわ。領地で暮らす幼い子や女性だって平気で狙ってくるわよ?」
「高ランクはギルドの顔だろう?貴族とも関わることがあるだろうに、人柄は見られないのかい?」
「Sランクになると人柄も見られるけれど、その下は結構悪質な奴等が多いのよね」
「リシュナが登録できるくらいだ、そこまで色々と調べはしないのだろう」
「あぁ……そうだね」
どういう意味よ、お父様……。
そして、何故に頷いたの、カッリス様!?
「まぁ、要は高ランクと称されるSやAランクパーティ相手に人間だけを選んで消すなんてかなり面倒だから。私ほどじゃないにしろ、ヘイルクラスなら沢山いるし」
「……ヘイル達は魔王様の側近だぞ?」
「ルーベ爺、昔と今は違うって言ったでしょ?人間だって馬鹿じゃないのだから力をつけるに決まっているじゃない」
「言っても無駄だよ。ルーベは私達以上に苦労したというのに、未だに領地に結界を張らないのだからね」
「あの時代を乗り切り、次世代には魔力の豊富な者達が沢山いる。魔王様もお生まれになったのだから人間如き恐れるに足らん!」
「その次世代筆頭が私よ、ルーベ爺」
「力だけは認めている」
「歴代最強の魔王様であるルトフィナ様はまだ赤子なのよ?」
「……分かっておるわ」
「本当に?些細な争いごとも、不安要素も全部ぶっ潰しておかないと……私の大切な天使に危険があっては困るのよね」
「天使……?」
眉を顰めたルーベ爺に深く頷いておく。
「で、思いついたことがあるのだけれど」
一度言葉を切り、周囲を見回したあとにっこり笑みを浮かべた。
「ちょっくら私が冒険者の偵察に行ってくるわね」
「リシュナ……!?」
はーい!と手を上げ頭上でヒラヒラ振っていたらお父様に腕を掴まれ強制的に下げされてしまう。
「何を言っている……ルトフィナ様が成長されるまではお前が代理だろ言い聞かせてあっただろう」
「でも、何も知らず表立って迎え撃つより、内部に潜入して崩したほうが良いわ。力のある危険な冒険者パーティには誤情報を与えて追い返して、中堅と下位パーティは身体に言い聞かせれば二度と来ないだろうし」
「待ちなさい、偵察だと言っていなかったか?」
「パーティに潜り込まないと偵察もできないわ」
「だとしたら、お前はその危険なパーティに潜り込むつもりなのか?いや、高ランクでないと……」
「私Aランクだし、魔法と剣で登録しているからSランクパーティにも入れるの」
「……何故そんなにランクが高い」
「やるねぇ、リシュナ嬢」
またもや顔を覆ってしまったお父様を放置し、ぐるーっと周囲に顔を向け反対意見が出ないのを確認したあとカッリス様に協力をお願いしてみることにした。
「カッリス様には援護を頼んでも良いかしら?」
「勿論だよ」
「Sランクパーティに入れればお城にも呼ばれるかもだし、王族とお近づきになれれば召喚魔法も探ってこられるわ」
「お願いだから、あまり無茶をしないでくれ……」
「心配しないでお父様。引き際くらい心得ているわ。それよりも防衛ね……ルーベ爺は当てにならないから、ラウス!ルーベ爺の領地に結界を張るまで登城禁止ね」
「は……?」
「呆けてないでルーベ爺を連れてさっさと領地へ帰りなさい。可愛い孫の頼みならお仕事するでしょ」
「仕方がない、取り敢えず帰るかの」
「は、ちょっと、待て……!」
生贄としてラウスを差し出したが、可愛い孫が手元に帰ってくることにルーベ爺はとても嬉しそうだ。逆にラウスは今にも抱っこしそうな勢いの祖父から引き攣った顔で距離を取り物凄く嫌そうだけど。
さて、これから忙しくなるわよ。
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