第4話 敵情視察という名のお買い物


「人間の組織に属しているだけでなく、何故ランクまで上げているのですか。冒険者というのは魔獣だけでなく魔族も狩るような者達ですよ。貴方は同族にも手をかけるつもりですか?あぁ、そうでしたね、貴方は日頃から仲間である私達にも容赦のない方でした。そもそも、あの門番は目が悪いのでしょうか?私が没落貴族の子息で貴方がその保護者とは、とても不愉快です。えぇ、とても……」

「そろそろ黙りなさい」


司祭が賛美と感謝の祈りを捧げている間、ずっと横でボソボソ呟かれても返事はできないから。あんたは背後からの熱い視線に気付かないの!?


「……後程答えてもらいますからね」


門番との遣り取りのあとからずっと不機嫌だったヘイルは、どうやら没落貴族というワードが気に障ったらしくずっと愚痴を零し続けている。没落貴族……没落……と延々とリピートされる身にもなってほしい。

整った容姿にわりかし身形の良い恰好、更にこの丁寧な口調なら放蕩貴族か没落貴族かの二択となり、許可書も持たずに冒険者と一緒に行動しているなら後者となるだろう。

口からポンポンと嫌味が飛び出すくらい優れた脳を持っているのだから、あーいった場でこそ是非とも発揮してほしいのに、八つ当たり反対!


「行くわよ」


司祭が祈りを終えると小さな器が回ってくるのでそれに幾らかお金を入れ隣に回す。それを終え教会から人が出て行く中、私は壇上近くに立つ高位司祭の元まで足を進める。

大丈夫ですよー、怖くないですよー、怪しくもないはずーと、微笑みながら目の前に立つと、私の首元のプレートが見えたのか目に見えて高位司祭が安堵したので苦笑した。

魔族領が近いから余所者を警戒しているのだろう。


「冒険者の方でしたか」

「えぇ。この街は初めてだわ」

「お二人共神託を聞かれてこの街へいらしたのですか?」

「依頼で田舎のほうへ行っていたから神託はまだなのよ。詳しい内容を知る為に此処に来たのだけれど」

「そうでしたか。神託では魔王が復活するといったこと以外詳しいことはまだです」

「大体の日時も分からないの?」

「はい。その所為で最近この街に冒険者が集まって来ています。魔王復活が近々なのか、それとももう復活しているのか、それを調べる為に魔族領へ向かわせる冒険者をギルドが集めているとか」

「そう、数百年ぶりの魔王復活ですものね。前魔王は異形の姿だと聞いたことがあるのだけれど、魔力が高いだけの化け物……魔獣のようなものなのかしら?」

「書物にはそう書かれていますが、何せ魔王がどのような姿で、どれほどの力を持っていたのかは勇者と呼ばれた者しか知りません。魔王は町や村を全て焼き払い、連れて行かれた者達は二度と戻って来ることはありませんでしたから」

「何も分からないからギルドが調査依頼を出すのね……それなら私もギルドに行ってみるわ。お話ありがとう」

「いえ、どうかお気をつけて」


基本、どういったゲームでもラスボスが真っ先に動くことはない。

前魔王は命令を下すだけでなく退屈すると稀に人間の領地に出没し殺戮を楽しんでいたらしいが……。

勇者が魔王についてどう人間達に伝えたのか分からないけれど、人から人へと伝えられる過程で高魔力の化け物、または魔獣となったのだろうか?

それとも、態とそういった形にしたのか……ギルドに行けば何か分かるだろう。


「貴方の言っていたように、聖騎士がうろついていますね」

「……」

「リシュナ様……?」


ヘイルは教会を出るときに擦れ違った聖騎士の男性について口にしたのだろうが、私は聖騎士ではなくその隣を歩いていた少年を見ていた。

擦れ違う前から視線を感じていて、擦れ違う瞬間に少年に視線を向けると目が合った。

別に知り合いでもなく、聖騎士に何かした覚えはないのでただの好奇心だろう。聖騎士の子供であろう少年に関わることはないと、まだ此方を窺っている少年をスルーした。

私の視線を辿ったヘイルが少年に反応を示すが余計なことをする前に腕を掴み教会から引っ張り出す。このあとはギルトにも行くので時間がない。私はルトフィナ様の元へ帰る前に必ず遣り遂げなくてはならない大切な使命があるのだから急がなくては。




魔族領に近い辺境の街にしては大きなギルド。

女性冒険者が珍しいのか、周囲からの視線が気になるが声を掛けられる前に足早に依頼書が貼られている壁へ移動する。

壁一面に乱雑に貼られているFランクからBランクまでの依頼はリシュナが登録した街と大して変わりはなく、それより上のAランクとSランクのものはカウンターでしか依頼を確認できないようになっている。

ザッと目を通したあとカウンターに行きプレートを差し出し何か依頼はないかと訊けば、案の定魔族領への調査依頼が多数あった。依頼書を眺めながら世間話のように魔王についてカウンターの中に居る職員のお姉さんに探りを入れてみたが、高位司祭から聞いたものと大差はなかった。

ひとつだけ気になるとすれば、ここ数日の間でかなり高ランクの冒険者達がこの街に集まっているということだろうか……。


城へ戻ったら色々と対策をしないと……と頭の隅で考えつつ手元の布を撫でた。

手触りは中々良いが、もう少しふわふわしている生地はないのだろうか?

こういった物なら似たようなものが城にもあるし、ぬいぐるみを作りたいので思わず顔を埋めたくなるような生地が欲しいし、汗を吸収するような素材も……。


「何よ?」


生地を睨み唸っていたら隣に突っ立っていたヘイルから肩を叩かれた。

もしやと思いヘイルの手元を見るが、彼の手にふわふわ素材の生地はない……役立たずめ、何の用だ。


「貴方は、此処で一体何を……」

「何って生地を選んでいるのよ」

「それは見ていれば分かります。その、手に持っている布を何に使うのかと……」


ルトフィナ様の肌着や服、ぬいぐるみを作るつもりですが、何か?


「先程も本と絵本、そのあとは幼児向けの玩具。それに、この果物も」


育児書とルトフィナ様に読み聞かせする為の絵本。音が鳴り、口に入れても大丈夫そうな玩具。ヘイルに持たせている果実はもう少し大きくなったらおやつに擦り潰して出す予定だ。

全てルトフィナ様へのお土産ですが、何か?


「髪紐もあるわよ、ほら、真っ赤なやつ」


髪紐を二本出して微笑む。ルトフィナ様とお揃いにした髪紐は色を変えて毎年誕生日に贈ろうと思っている。これは私へのご褒美です。


「……それで、次は布ですか。貴方には私が手に持っている荷物が見えていないのですか?」

「随分と重そうね。でも、女性の私より力のある男性なのだからそれくらい余裕でしょ」

「まさか荷物持ちに連れてきたのですか?」


だって、暫くこの街に来る予定はないから買いだめしておかないと。


「これも情報収集の一環よ」

「全く……」


ヘイルに呆れられながらも数十枚ほどの大きな生地の支払いを済ませる。

魔族は他の種族と交易を行っておらず、基本は現物交換なので他種族の通貨を持っていない。魔族領以外の国では買い物をするのに貨幣や硬貨が必要となるので、欲しい物があった場合手に入れるにはどうするか……と考えたとき、リシュナは冒険者になって稼ぐことにしたのだ。

珍しく真っ当だと感動を覚えるかもしれないが、街中で度々魅了を使えば教会に目を付けられるし、魔法は万能ではないので貨幣や硬貨は作り出せない。結果的に稼ぐことでしか通貨が得られなかったのだから仕方なくだ。


「これ以上は持ちませんよ」

「もう良いわよ。必要な物は買ったし、装飾品は……赤子にはまだ早いものね」

「赤子って、まさか、これは全てルト……っふ!?」


他にお土産になるような物はないかなぁ……と周囲を眺めながら門へ向かっていたら、ヘイルがルトフィナ様の名前を口にしそうになったので右手で彼の口を塞ぐ。目を見開くヘイルが私の手を外そうとするが、両手が塞がっていることに気付いたのか顔を振ろうとしたので右手に力を入れ阻止した。毛穴のない綺麗な頬に指が食い込んでいるが自業自得だと思ってほしい。


「誰が聞いているか分からないような場所で、あの方の名前を口にするなんて、あんた、死にたいの?此処に来る前に不用意に動くなとか偉そうなことを言っていた口はコレ?この迂闊な口かしら?」


反逆行為なの?燃やすぞ、ごるぁ!?と凄みながら見上げると、自身の失態に気付き目を伏せ軽く頭を下げたので右手を離してあげた。


「……すみませんでした」

「次はないわよ」


一瞬で灰にしてくれる!と右手を持ち上げたら不可解な顔をされた。いつものように魔力で威圧も機嫌悪くもない筈なのに……と首を傾げながら城へと戻った。



「……っ、はぁ、天使、マイエンジェル!可愛いが止まらない」

「う、うー」


お土産を抱えてルトフィナ様の元へ帰還すれば、機嫌が悪いルトフィナ様を侍従が総出であやしているところだった。抱っこしてあげれば良いのにと思ったが、側近でもないただの侍従がルトフィナ様の許可なく身体に触れることなどできない。

これは早目に専属侍従を選ばなくてはと慌てて私が抱き上げれば、頬を膨らませながら何か抗議をするかのように唸っていたルトフィナ様は私の腕の中に納まった途端に笑顔になる。


可愛い、連れて帰りたい……あ、私がこの部屋に住めばいいんじゃない!?


ルトフィナ様を抱っこしながらニヤニヤしていた私は、数時間後に魔王様の居室に私物を持ち込み居座るという暴挙にでるのだが、またリシュナの我儘かと誰に咎められることなく成功させるのであった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る