第3話 いざ、敵情視察へ


「先ずは魔の森に一番近い街へ行くわ」


不可抗力とはいえ魔力で威圧してしまった私は混乱するあまり「あら、ごめんなさい」と普段通り軽く流し、文句や嫌味が飛んでくる前に魔族領と人間領の間にある魔の森の手前に転移し後から追って来たヘイルと合流した。

転移直後のヘイルは殺人鬼かと思うほど凄い形相だったけれど、今はあの王子様の仮面を付け大人しく私の隣を歩いている。


「その街には大きな教会があるから聖騎士が駐屯しているわ」

「聖騎士ですか……?」

「そうよ。聖騎士が扱う聖魔法は魔族の身体に簡単に傷をつけられるから正直厄介なのよね」


私とヘイルは太陽の光を遮るように生い茂った木々の中を歩いて進んでいる。魔法で街まで転移ができればかなり楽なのに、人間の国では登録された者達しか転移できないよう教会が結界を張っている。

魔族領でも同じように各領地の長が結界を張っているのだが、脳筋戦闘狂の長であった場合は結界なしのウェルカム状態だから民は苦労が絶えないらしい。

暗くてジメジメした魔の森も魔力は渦巻き転移が難しい場所なので歩いて進むしかなく、ぬかるんだ地面に足を取られる度にヒールの高いブーツから踵が低い皮のブーツに履き替えて良かったと心底思った。


「まさか、聖騎士の居る教会に向かうのですか?」

「教会がどの程度ルトフィナ様のことを把握しているのかが知りたいから。そもそも魔王様が赤子だと知っているのかしら?」

「魔族であってもいきなり成人の姿では生まれませんよ」

「人間は魔族を別の生き物だと思っているのよ?それに、前魔王様のことだって異形な姿の化け物だったと人間の国の書物には書かれているし、人間の寿命は短いから嘘や間違った解釈をされていてもおかしくはないわ」

「それを探ってどうする気ですか?」

「此方に都合の良いことはそのまま誤解させて、都合の悪いことは隠蔽する予定よ」


魔王復活という神託に恐れ怯え、魔族に手を出しづらい状況にできれば御の字だ。今のルトフィナ様は力が不安定で自己防衛などできないのだから。


「聖騎士はどのくらい力を持っているのかしら……魔の森の先は魔族領だから、街には聖騎士の精鋭部隊を置いている筈なのよね」

「……此方も我が家が防衛を担当しているくらいですから、かなり高位の聖魔法を扱える者達でしょう」

「破られては困る場所にはそれなりの防衛を築いているものよね……」

「当然のことです」


ヘイルの実家であるスラッツイア家が凄いという自慢なのだろうか……。

チラリと隣を歩くヘイルを見上げた。

漆黒、灰黒色の次に魔力量が多い髪色は金。そこから下はかなりあいまいだけれど、髪色が濃ければ濃いほど魔力量は多い。

元々魔力量が少ない人間にも稀に金髪はいるが、大抵は教会に属する聖騎士になっている。

人間で黒髪なんて前魔王様を倒した勇者くらいで、黒髪と黒目はこの世界で最高ランクの魔力量保持者となるのだから前魔王様が倒されたのも頷ける。

何故召喚されたときに勇者が魔族と間違えられなかったのか……それは瞳の色だろう。

魔族は皆瞳の色が赤く、例えるならピジョンブラットルビーだろう。

まるで血のように赤い瞳は残虐な魔族の証とまで言われ、魔族との混血の子供ですら必ず瞳の色は赤くなる。

この混血の者達は魔族領では珍しくはないが、人間の国では教会の討伐対象となっているので存在しない……というよりできない。


「さぁ、そろそろ森を抜けるわ。街に入る前に髪と瞳の色を変えないと」

「変装するのですか?」

「このまま街に入れるわけがないでしょ?」

「そうですが、随分と手慣れていますね……」

「人間の国に初めて行くわけじゃないもの」

「用もなく近付くのは禁止されている筈ですが?」

「……色々と用があるのよ」

「他から来た者が街に入るのに許可書等は必要ないのですか?」

「え、ヘイル、持っていないの?」


街に入る為には門で許可書か身分を証明できる物が必要となる。それがないと門前払いだ。


「まさか、持っているのですか?」

「許可書は持っていないわ」

「……は?」


何を言っているんだこいつは……的な顔をしないでほしい。

許可書って人間が発行している紙だよ?偽装出来ないように紙に押されている印に細工が施されているのにどうしろと?


「……魅了の魔法は使えない筈です」

「門番が魅了対策しているのは知っているわよ。しかも、今から行く街の門に立って居るのは聖騎士だし」

「では、どうやって入るつもりですか?門を聖騎士ごと吹き飛ばすつもりで?」


何でそんなに武力行使に走りたがるのか……。

侍従やヘイルといい、私を何だと思って……あぁ、傲慢我儘娘だった。


「ちょっと待って、ん……コレ持っているから、私は」

「プレート……?それは何ですか?」

「これも知らないの……あんた普段何をして生きているのよ」

「人間に興味など欠片もありませんから、貴方みたいに日頃からふらふらと遊びになど行きません。で、それは?」


ソレと指差された私の首元に掛かっているネックレスには小さな四角いプレートが付いている。服の下から引っ張り出して見せてあげたのだが、このお坊ちゃまはこれの存在自体知らないらしい。


「ギルドカードよ」

「……何故魔族である貴方がソレを持っているのですか」


得意気に教えてあげたら返ってきたヘイルの凄みのある声に肩が微かに跳ねた。

プレートは見ても分からなかったのに、ギルドカードの存在は知っていたんだ……。


「ギルドに登録したからよ。これがあると色々と便利なのよね」

「待ってください、そもそもそれを作る為には街の中に入ることが前提ではないですか。どうやって……」

「魅了対策が施されているのは門周辺だけなの。だったら離れた場所におびき寄せてから魅了の魔法を使えば良いだけじゃない。あぁ、教会に属するお堅い聖騎士相手では流石に無理だから、此処からかなり離れた街で作ったの」

「お得意の色仕掛けでしたか……」

「……」


蔑むように言われた言葉に反論などできない。ヘイルが言うように、リシュナの一番得意な技が色仕掛けだから……。

街娘の恰好で門から少し離れた場所で悲鳴を上げれば、警戒しつつも門番の一人くらいは様子を見に来る。そこで美女が泣きながら助けを求めていれば警戒心などどこかに置き去りにされてしまうもの。だって、門番は男だから。

リシュナほどになれば触れなくても目を合わせるだけで魅了できてしまう。

更に、魅了された門番が女性を一人連れて戻ってきたところで、残っていた門番は女だからと侮り見過ごす。これは魔族領から離れた街であるほど簡単に使える手である。


「ギルドカードがあれば連れも一緒に街に入れるわ。どうせだからヘイルも作れば?」

「必要ありません。一人でこのような所に来る予定はありませんので」


そうですかー……と森を抜ける手前で魔法を使う。

私はダークブラウンの髪に青い瞳、服装は城を出る前に冒険者風の物に着替えてある。ヘイルも私と同じ色彩に変え、自身の服を見下ろしたあとジャケットを脱ぎ捨て中に着ているシャツのボタンを数個開け、高価な装飾品を外し髪も少し崩す。

普段きちんとしているヘイルにしては頑張ったほうだけれど、どう見てもだらしのない貴族の坊ちゃんにしか見えない……。

こんなこともあろうかと、鞄代わりにしている腕輪からフード付きのローブを取り出しヘイルに投げ渡した。


「……これは?」


汚い物を触るかのように指先で摘まむのをやめなさい。


「色々と詮索されたくなかったら羽織っていなさい。じゃあ、行くわよ」


森を抜ければ街までは一本道で数十分も歩けば着く程度の距離。

街に入ったら先ずは教会に向かい、そのあとはギルドに顔を出して壁に貼られている討伐書の確認。聖騎士も……確か攻略対象に一人居た筈なので、実在しているか確認しておきたいところなのだが何処に居るかも分からないのでほぼ無理だろう。

今からささっと回れば日が暮れる前にはルトフィナ様の元へ戻れ……いや、時間がなければまた後日にして帰ろう。そうしよう。


「……門に聖騎士が居ますね、本当に大丈夫ですか?」

「大丈夫よ、多分」

「多分……?」

「私、この街には足を踏み入れたことがないのよ。ほら、聖騎士面倒だし、これといって目立った装飾品やおと……装飾品がなかったから」

「良い男が居なかったのですね」


途中で言葉を切ったのにバレた。

聖騎士がウロウロしている街で男漁りなんて面倒だもの!とリシュナはこの街を敬遠していたので、ついこの口が……。


「何かあれば逃げる時間くらいは稼いでください」

「あんた、護衛でしょ……」

「リシュナ様のほうがお強いので」


緩く首を振り「さぁ、どうぞ」と手を門へ向けたヘイルに殺意が湧きつつ、聖騎士の鎧を纏う門番に近付き話し掛けた。


「街へ入りたいのだけれど」

「失礼ですが、許可書もしくはギルドカードの提示をお願いいたします」

「これで構わないかしら?」

「確認いたします……っ、Aランクの方でしたか。このままお通りいただいて構いませんが、そちらの方は?」

「こっちは田舎から出て来たばかりなの。私が身分保障人となるわ」

「では、そちらの方は軽く質問に答えていただいたあと街へお入りください」

「……よろしく頼む」


聖騎士に囲まれ若干緊張しているヘイルにヒラヒラと手を振り待ちの中へと足を踏み入れた。



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