第2話 土下座はどこに?
高いヒールを鳴らしながら城の廊下を歩く私を目にした者達は皆一様に端へ寄り頭を下げる。魔族にも人間と同じく身分というものが存在し、魔王様が王様だとするなら五大侯爵と称される家が領主兼貴族であり、各侯爵家の下に上級から下級貴族が、他は平民という括りだろう。
人間社会と違う部分があるとすれば、魔族は人間にように簡単に裏切ることはない。
魔力量が物を言う強さこそが絶対、脳筋バンザイ!それが魔族。
地位でも名誉でも金でもなく、圧倒的な強さにひれ伏す魔族だからこそ態度をコロッと変え背中から刺すことはないのだ。
そして、魔王様の次に魔力量が多い五大侯爵の中で頭ひとつ抜きん出ているのが我が家である。
長であるお父様の魔力量は魔族随一と言われていたが、私が生まれたことによって順位が入れ替わり、更にルトフィナ様が誕生したことで現在三番手となった。
魔力量が多ければ多いほど髪の色と容姿に違いが現れる。漆黒の黒髪と美しい容姿は魔力量の高さを示す。ルトフィナ様と私は漆黒、お父様は灰黒色で、他は結構様々な色だったりするのだが、この辺の曖昧さは乙女ゲームだからだろう。魔族が全員黒髪だと魔王様が目立たないし。
城内を出て訓練場に近付くにつれ、小さく見えていた人影がハッキリと主張しだす。
魔族師団というくらいなのだから必然的に皆魔力量が高いので美形揃いの脳筋部隊だ。
「先触れがきただろうから、準備は終えているのよね?」
訓練場に立って居たのは三人。
頭を下げる三人の横を通り過ぎながら普段通りに冷たく言い放つが、緊張、混乱、驚きで声が震えそうになるのを根性で耐えた私を褒めてあげたい。
「勿論、直ぐにでも移動できます」
三人を代表して返事をしたのは金髪の青年。彼の背後には白髪とグレーの髪の青年が立ち、彼等は私が指揮を執る魔族師団の隊長達で……そんでもって、魔王様と同じくゲームの攻略対象。
リシュナが適当に管理していた魔族師団は第一から第三までの部隊で構成され、カラフル頭の三人はその各部隊の隊長を任されている侯爵家の跡継ぎ達。
そして、ゲームの中で魔王様がヒロイン一行に差し向けていた配下でもある。
ゲームの世界ではありませんように……!とほんの少しだけ期待していた私の心は儚く砕け散った……。
「リシュナ様……?」
「んっ、んんっ……何かしら?」
此処は極寒の地かと錯覚するくらい冷たい眼差しを向ける三人を窺っていた私は、急に金髪に話し掛けられ妙な返しになってしまった。
「本日の視察は、貴方がお一人で向かうと言ってはいませんでしたか?」
言いました……邪魔だから着いて来るなとか、言いました……。
「そうね、でも、私の供だけではなく、城を留守にする間ルトフィナ様の警護も任せたかったのよ」
「では、私達はルトフィナ様のお側に。視察は貴方がお一人で向かえばよろしいでしょう」
私のお供という言葉は見事にスルーされ、一人で行けと笑顔でお断りされたのだけれど、何でこんなに嫌われているのか?とか疑問すら持たない。
だって、リシュナの人間性はとてつもなく酷いものなのだから……。
前世を思い出す前のリシュナは、上司と部下、或いは同僚という関係である彼等を下僕か何かのように扱っていた。五大侯爵家の長の娘であり魔王様の側近候補として輝かしい未来が待っていたリシュナは、自分達よりも年若いからと多少の傲慢さを我慢していた彼等を見て調子に乗り次第にエスカレートしていったのだ。
見目の良い彼等を用もなく常に侍らせ、機嫌を損ねようなら魔力で威圧。
今回の魔王様をお迎えするお役目も本来であればリシュナと共に彼等も壇上に上がりルトフィナ様をお迎えする予定であったのに、下僕と一緒など耐えられないという訳の分からない理由で階下に待機していた貴族達と同じ場所に追い遣ってしまった。
そんな我儘娘であるリシュナを諫めることができる者は居ない。だって魔族は魔力量が全てだから……。
「……」
視察とか警護とか、そんな話をする前に私が先ずやらなければならないことは彼等に土下座することではないだろうか……?
でも、急にそんなことをしたら何かの罠ではないのかと疑われる未来しか見えない。
「私の供にはヘイルを。残りの二人はルトフィナ様の警護に就きなさい」
仕方がなく命令になってしまったが、徐々に、これから徐々に上手くやっていこうとぎこちなく微笑む。
ここまで嫌がられているならお供なんて頼まなければ良いと思うだろうが、傲慢リシュナは消え、怖いことも痛いことも嫌いな平和バンザイ!の気弱リシュナが一人で視察とか無理です。敵対種族の中をウロウロできるほど肝が据わっていません。
「人間達には教会を通じて近々魔王復活するという神託がされ魔族は警戒されていますから、急に供をつけたくなったリシュナ様の気持ちも察してさしあげなくてはいけませんね」
私に指名された金髪の青年ヘイルは、大袈裟に肩を落として見せた。
「どういう意味かしら……?」
「別に」
ふわっと柔らかな笑みを浮かべたヘイルを睨むが、本人はどこ吹く風。絵本に描かれる王子様のような風貌であるヘイルが微笑むと、女性達は一目で彼の虜になると有名だ。中身を知らなければ私だって騙される自身がある。
今のヘイルの言葉を言い換えるなら「一人で人間の国にも行けないの?魔族師団の長のくせに怖いの?え、笑える」といったとこだろう、腹が立つわね……。
リシュナの性格が悪いとはいえ、年下の少女に対してあまりにも大人気なくない?
「そもそも、何故人間の国へ?」
「視察よ」
「視察……?遊びに行くの間違いだろう」
私とヘイルが見えない火花をバチバチさせていると、それまで黙って聞いていた白髪の青年ラウスが口を開いた。
私を睨みあからさまに嫌悪感を見せる姿はいつものことで、魔族の中で異質な白という色を纏う彼は魔力で威圧されることを恐れず何かにつけてリシュナに反抗的な態度を取る。
「遊びだなんて失礼よ。魔王様が誕生されたのだから、あちらに先手を打たれないよう色々と調べておく必要があるでしょう?」
「人間ごときに何ができると?」
「その人間ごときが呼び寄せた勇者に、前魔王様は討たれたのよ」
もう忘れたのかと呆れて見せると、ラウスの眉間の皺が深くなる。
「でもさ、魔族がウロウロしていたら今以上に警戒されて色々と勘繰られるかもしれないよね?」
気の抜けた声を出す人物に視線を向ければ、グレーの髪の青年トイスが首を傾げたままヘラッと笑う。
「何もしなくても神託はされているのだから、いずれ何か仕掛けてくるわ」
「うーん、でも、だったら今じゃなくても良いよね?ルトフィナ様の警護にはより優秀な者が就いたほうが良いし」
「だったら、ヘイルじゃなくてトイスが私に同行しなさい」
「は、どうして俺が……!?」
「三人の中で上から順に魔力量のある者を残すなら、一番魔力量のない貴方が適任じゃない」
「無理、はい、いってらっしゃい、ヘイル」
ヘイルやラウスと違い、トイスは必要最低限でしかリシュナと関わらないようにしている。リシュナが癇癪を起すと二人に押し付けいつの間にかその場から姿を消すことが多い。
この一癖も二癖もある三人は魔王様に命じられるままヒロイン一行を何度も襲撃し、彼女の持つ優しさや高潔さに触れ心惹かれていく。各自心の闇を吐露し救われるというお決まりのイベントをクリアしていけば、人間の国に移り住みヒロインと幸せに暮らすというエンディングになる。
魔王様が消滅エンドなのに狡くない?そもそも魔力量絶対が愛に負けるとかアリなの?
因みに、ヒロインに嫉妬し命令もなく単独で襲撃していたリシュナは誰のルートでも破滅して終わる。ゲームの外側に居たときはざまぁだと笑っていたが、今はヒロインとの友情エンドくらい用意しておいてほしかったと切実に思う……。
「ルトフィナ様がお育ちになられるまでは何もしないほうが良いのでは?」
「神託とはいえ確かな日時までは分からないはずだしな。下手に動くべきじゃない」
「まだ赤子だしね、隠しておこうよ」
「そうですね、暫くは城から出ずに様子をみましょう」
「魔王様が誕生したことも民には知らせないほうが良いんじゃないのか?」
「箝口令を敷く?」
私はあと数年でヒロインが召喚され魔王討伐パーティが結成される未来を知っている。
そして、城から出ることもなく、愛というものを知らなかった魔王様のことも……。
「貴方達は、高貴な存在であるルトフィナ様に隠れて静かに過ごせと言うの?」
感情の起伏と共に勝手に放出された私の魔力に、目の前に立つ三人の顔が苦痛に歪んでいく。
「誕生を祝われることなく、静かに、息を殺して部屋の中に居ろと?」
ゲームの中での魔王様は一人静かに城の中で過ごしていた。
魔力の塊から生まれる魔王様には家族と呼べる者はなく、常に魔王様の側に居る側近達が彼の家族のようなものだろう。
けれど、最側近であるリシュナは高い地位に驕り傍若無人に振る舞い魔王様を蔑ろにしていたのだけれど、魔王様がヒロインに魅かれていることに気付き過度な執着を見せる描写があったから蔑ろにしていたわけではないのかもしれない。
兎に角、そんなリシュナの所為でこの三人も魔王様から距離を取り、命令にだけ従っていた。
魔王様の最後のセリフが忘れられない。
他の者達が当然のように貰っていた家族からの愛を、魔王様に与える者は誰一人としていなかった。
寂しかったのではないだろうか?力を合わせ助け合うヒロイン達を羨ましく思ったのでは?
「人間の子であっても生まれ落ちたその日に誕生を祝うものよ。私が動くことでルトフィナ様の誕生が知られるのであれば、この世界に盛大に広めてやるわ。それによってあのお方に害を及ぼす者が現れたら」
あの愛らしい天使を傷つけ、危害を加える者なんて……。
「この手で、慈悲すら与えず……抹殺してやるわ」
私の指をキュッと握り締めにっこりと笑ったルトフィナ様を思い浮かべ、あの天使が害される姿を想像しビシッと足元の地面に亀裂が入る。
それと同時に崩れ落ちるように地に膝を突いて声を押し殺す三人の姿が視界に入り、慌てて放出されていた魔力をしまい込んだ。
やばい、やってしまった……。
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