第9話闘技場

スラムという場所に明確な境界があるわけではない、しかし確かに空気は変わる。開放的な雰囲気の町から一気にまとわりつくようなどんよりとした空気へと。

そこら辺を歩いている人が着ている物も当然、きちんと清潔な麻の物ではなくほつれている物や破れている物が多い。別に町の中で悪目立ちしない格好をしているといえどもそんな雰囲気では私達に視線が集まる。しかし、上背があるアラン皇子とマレーヌがいることでどうにか絡まれずに済んでいる。呼んで良かったアラン皇子。相変わらず私に視線を合わせてはくれないが。アラン皇子とレイ皇子もあまりしゃべってはいないし場の雰囲気は少し気まずい。






マリーヌの足が止まったのは武器、とだけ小さな看板が掲げられている店の前だった。

「ここよ」

カーテンによって、店の中は完全に見れないようになっている。声もまったく漏れてっこないので”当たり”かもしれない。

「ここか、マレーヌは下がっておけ」

アラン皇子が腰から剣を抜いて一番前に立つ。私は守ってくれないのか。

「なんでよ、一番最初に殴りこむのはわ!た!し!」

それで素直に守られる彼女ではないか。結局前にアラン皇子とマレーヌ、後ろに私とその後ろにレイ皇子という布陣になった。

「しんがりは重要だからね」

レイ皇子はそう言うと、杖を取り出した。剣より魔法の方が得意らしい。

「じゃあ、行くわよ」

マリーヌは樫のドアに手をかける。

「3,2,1,」

軽そうなドアはいとも簡単そうにすっと開いた。

開けた瞬間、マリーヌとアイル皇子がすぐに走り出して入る。

「なにもないわね」

「この場所じゃないのか?」

続けて私とレイ皇子も入る。店はがらんとしていて、内装なんてものはほとんどなかった。何も装飾されていないカウンターと中身が入っていないワインボトルが飾られているワインセラーだけがある。カーテンで隠すようなものではない。

「この先に行ってみないか、僕の興味をそそるようなものも見つかるかもしれない」

「そうですね、何かあるかもしれません」

入った時と同じ並び方で前へと進む。

人気がまるでないのでおそらくいないのだが、一応最大限の警戒はして探索する。

「寂しい酒場ね、数十年全く使われてないのかしら」

「マレーヌ、あまり前に出すぎないでくれ心配になる」

「なによ、私の方があんたより弱いっていうの」

アレン皇子は別にそんなことは言っていないけど、という絶妙な顔をした。前に一回戦ったことがあるのかもしれない。そこで負けたとしても男として彼女の前に立ち守りたいのだろう。その気持ちは痛いほどよくわかる。

「おお!!!」

そんな話をしているとレイ皇子の一際大きな声が聞こえた。まさか何か敵に見つかったのかと急いで駆け寄る。

「なにかありましたか、兄上!」

しかし彼にも彼の周りにも何も変わった様子はなかった。目の前にはただ一つチェスの盤があるだけである。

「あんたまさか……」

他の全員があきれたような表情を浮かべる。

「これはあと少し指せばチェックメイトだ!」

レイ皇子は今日も通常運転である。本当にこの人の頭の中にはチェスしか入っていないみたいだ。

「チェスに比べたらどうでもいいことだがこの盤にはほこりがついていなかった。つまり、つい最近までこの盤でチェスを指していた人間がいたということだ。きっと途中でリザインしたんだな」

盤面をよく見てみると、パッとチェックメイトまでの道筋はわからなかった。これがわかるのは目の前の彼ぐらいのものじゃないか、この盤面で投了したというのは少し不思議だな相当な指し手が指していたのだろうか。

「それを早く言ってください、レイ皇子」

「やるわね、あなた」

チェスのことだけではなくきちんとここに来た目的も理解しているみたいだ。そしておそらく初対面であろうレイ皇子にも敬語を使わないマレーヌはもはや何者なのだろう肝が太すぎないか。

「ここをこうして、……これチェックメイト」

レイ皇子がそう言って最後にクイーンを動かした。その瞬間、ゴゴゴゴゴゴゴ、と地響きのような音がその場所に響く。

「なんだなんだ!」

ちなみに一番うれしそうな顔をしているのはマリーヌである。何が起こるんだと完全にワクワクしている。

「マリーヌ!階段が現れたぞ」

アレン皇子の声が聞こえた。

声の発信源の方に向かうと、カウンターの後ろの方に地下へと向かっている階段が現れていた。暗くその先は見通すことはできない。

「いこう」

誰かがゴクリと生唾を呑む音が聞こえた。

「光よ、我が魔力を使い現出せよ」

彼の杖にほんのりと光が灯った。真っ暗闇が真っ白に照らされる。もはや真昼である。

「雰囲気なくなるわね」

マレーヌがボソッと呟いたのを私は聞き逃さなかった。最後尾のレイ皇子には聞こえていないのが救いだけど。

階段を数十分降りると何大きな部屋にぶち当たった。

「どうも、この先になにかあるようね」

「ああ、気を付けよう」

前の2人が静かにドアを開ける。

「いらっしゃいませ」

その瞬間私達四人にそう声がかけられた。後ろの2人も続いて入る。入った時まず驚いたのは受付と思われる女性と男性が仮面を被っていたことである。

「地下闘技場へようこそ、貴族の方は衛兵が来た時に備えて仮面を付けられることを推奨しております」

といわれて、三人は取りあえず仮面を付ける。私は黒いウサギの仮面を被った。レイとアレンはそれぞれオオカミとトラの仮面である。マリーヌはというと、

「なんで私がそんなものつけなくちゃいけないのよ、邪魔くさいじゃない」

彼女らしいと言えば彼女らしいこう言うことになった。受付もそんな彼女に少し困惑しているな。

「観戦でしょうか、持ち込みでの決闘でしょうか?」

持ち込みでの決闘?聞きなれない言葉を聞いた。けれどその言葉を聞いた瞬間、レイ皇子とアレン皇子の眼光が鋭く光る。二人とも武器を握る手に力がこもっているのがわかった。

「観戦だわ」

マレーヌがどうにかそれを言うことで場を収まる。

「では、こちらにどうぞ」

仮面を被った女に右側のドアから出るよう案内された。

「たっぷりとお楽しみください」

そう言われ、ドアを抜けた先にあったものは席に座って何かを見ている仮面を被った男女であった。

「はやくやっちまえ!!」

「そこよ!」

彼等はしきりに歓声を上げ、目の前の何かを見つめている。

「どういうことよ」

席に座り、仮面の彼らが見つめていた物は決闘であった。人間同士の。

観客席の一つ下の小さなフロアで斧を持った大柄な男とメリケンサックを付けて拳を構えている男がいた。どちらもすでにかなりの血を流していて、体には大きな傷がついている。その場所には大量の血がべったりとついていた。

「ショーも盛り上がってまいりました!さあ、皆さんどちらが勝つとお思いですか?自分が勝つと思った方に掛け金を!」

会場のどこからか、そんな声が聞こえてくる。その声に煽られて周りの観客たちはどんどんと熱気を帯び、贔屓の対戦者に金を投げうった。

「ゴードン、何を考えて私をここに招待したのよ」

そうだ、なぜ私たち二人をここに案内したのか、という疑問はまだ消えていない。ここまで来たからには呪いを使えるものに関する情報を集めなくては。

「アレン、見ろ」

アレン皇子とレイ皇子はここに入るなり真剣な顔で何かを話し合っていた。

ここでこの場にはガーン、という鈍い音が響き渡った。一部の観客たちから一斉に完成が上がる。思わず私もそちらを見ると、斧を持った方がメリケンサックの方の頭に斧をぶつけメリケンサックの方が倒れていた、今もうめいているそいつは置き上げる気配はない。

「「「「殺せ!殺せ!殺せ!殺せ!殺せ!殺せ!」」」」

観客たちから一斉に殺せ、とコールが始まった。会場全体が異様な一体感に包まれている。前も後ろも右も左も、みんな親指をしたに突き出しそう言っているのだ。私は今この空間にいること自体がおぞましいことに思えて、体に寒気がした。戦場にいる斧を持った男は少し迷い、一瞬同情とも悲しみとも取れない顔をしたが観客たちの声を聞いて斧をもう一度持ち直した。観客たちはこの一挙手一投足を注目してみている。

斧を振りかぶった時、観客たちのその声は既に止んでいて観客たちはその瞬間を静かに今か今かと待ち続けていた。

そして、振り下ろそうとしたちょうどその時。

「ちょっとまった――――!!!!!!!!」

メリケンサックの前に立ちふさがったのだ。私たちの知り合いであり世界一の怖いもの知らず、マリーヌが。
















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こんにちは、作者の何としても怯ませたいトゲキッスです。この物語はお楽しみいただけてるでしょうか。少し無粋なのですが皆さんに厚かましいお願いをさせていただきますと、星評価やいいねなどモチベーションがグーンと上がりますのぜひよろしくお願いします。以上です

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