第8話夜でも赤い武器屋

満月が光る夜になった。マリーヌと少し仮眠をとると街を歩いて『夜でも赤い武器屋』を探している。

「私、夜の街は散々歩いてきたけど、夜でも赤い武器屋なんて聞いたことがないのよね」

夜の町は昼の町とは違う意味で騒がしい。客引きの店員や酒に酔った男と女、果てはお忍びで来ている貴族まで全員どんちゃかどんちゃかとわめきあっている。女さん人で歩いているとあって酒の酔った暴漢に襲われないか少し心配だ。

「お父上、お母上への連絡はしておきます」

そう言ってエリーゼは帰っていったので、ここに来ているのは本当に私たち二人だけだ。といっても、マリーヌは夜の街に臆している様子はないし私も若い頃はこうだったなあと懐かしむばかりなのだが。

街の中には飲み屋の他に八百屋、肉屋、鍛冶屋、ectect

「そもそもなんで鍛冶屋じゃなくて武器屋なんでしょう」

ギルドリーダーの言い方によるとそこに鍵が隠されているような気がする。

「そうね、普通なら鍛冶屋っていう気がするわ」

「あっちはまだいってないから、あっちにいってみましょう」

その日中、私たちは武器屋を探し続けたが結局赤い武器屋は見つからなかった。





「夜でも赤い武器屋、ねえ」

暇つぶしにエリーゼとチェスを指しながらもずっとそのことを考えていた。

「エリーゼはなんか心当たりない?夜でも赤い武器屋」

「夜でも赤い武器屋、ですか。私は知らないですね。もしかしたら一般庶民の中でだけ流行っている何かの隠語なのかも知れません」

そうか、ギルドリーダーは庶民だったな。

「エリックを呼んできて」

「わかりました」


「夜でも赤い武器屋、ですか」

私がそういうとエリックは何か考え込んでいる様子だった。

「一つだけ、心当たりがあります」

「ほんと!教えてほしい」

わたしはそう言ったが、どうもエリックの歯切れが悪い。

「その前に教えてください、なぜお嬢様はそこに行きたいのですか」

エリックに本当の理由を教えておくべきかは迷うところである。姉であるマレーヌの因縁なのだが、話すなら彼女自身からの方がいいのではないか。

「ちょっとね。ある事件の捜査で……」

私の方も歯切れが悪い返事である。

「まあ、いいです。これはスラムの友達が言っていたことなんだけど、どこかの武器屋で違法な闘いが行われてるっていう噂があるみたいです。それ以上は僕も知らないです。行くにしても気を付けてくださいね」

違法な戦い、か。そもそもこの国では貴族が正式な手続きを経て対戦するものどちらもが戦うことに同意して初めて決闘を行うことができる。庶民が勝手に決闘を行うのは禁止なのだ。

「ありがとうエリック、もちろん気を付けるわ」




「エリックがこんなことを言ってたわよ」

昨日言われた内容を彼女に少し報告すると、珍しく目の前の彼女の顔は曇った。

「エリック、変なことに巻き込まれないでしょうね……」

弟を思う気持ちは彼女にももちろんあるみたいだ。

「でも、そこに行くとしたら間違いなく危険だわ。もちろん、ドレスで行くわけにもいかないから変装していきましょう」

このお嬢さんには危険だから行かない、という選択肢はないらしい。

「衛兵に連絡して逮捕してもらうのは?その上で何か知っていることはないか、尋問してもらえばいいんじゃない?」

試しに一番安心だと思われる選択肢を彼女に提示してみる。

「あんた、事情を知ってるやつに逃げられたらどうすんのよ」

それはそうなんだけど。危なくないか。

「腕っぷしが強い奴を連れていけばいいわ!私が一人連れて行くからあなたも一人連れていきなさい。場所の調査期間も含めて三日後に出発よ!」

私はほとんど何も決めていないのに、三日後にスラム街に行くことが決定してしまった。









「エリーゼ」

「いやです、予定があります」

駄目かあ、エリーゼは強そうだから頼めるかと思ったんだが。

「お嬢様がお忍びでそのようなところに行ったということを知っていてご主人様に知らせなかったと分かれば、ご主人様に叱られてしまいます」

私の父か、百五歳の爺さんだったのに不思議な言葉である。そういえば私は一人っ子らしい。父は都の王宮で貴族の仕事をしているため滅多にこっちの家には帰ってこない、母もそんな父と一緒に王宮で暮らしているためいまだに会ったことはないのだった。前のローラはこのような孤独な家庭環境もあって、少しひねくれてしまったのではないか、この老人から見ると気の毒な子供である。

「誰に頼もうかなあ」

今の私にはろくな友達がいない、ましてや用心棒を頼めるようなものなんて。いや、私には一人だけそういう友達がいることに気づいた。しかし、そんなこと頼んでもいい身分じゃないような……しょうがない。私には彼しかいないんだ。玉砕覚悟で頼んでみよう。






「というわけなんです、レイ皇子。ついてきてくれませんか」

ちなみに彼はどのくらい腕っぷしが強いのだろうか。皇子だからといって、そういう方面の英才教育を施されていることを期待しているのだが彼のことだ。チェスの方が楽しいと言ってそういうものを一切拒否していてもおかしくはない。ただ少なくとも腰に差した剣は本物だ。

私の提案を聞いたレイ皇子はあっけにとられた様子で口をあけてポカーンとした様子で口を開けていたが、すぐに腹に手を当てて笑った。

「お前はやはり面白いな」

チェスの時のように考える表情をすると彼はこういった。

「いいだろう、少しは庶民の生活を見てやるのも王族の役目か」

「レイ様!だめです、騒ぎになってしまいます」

彼が了承仕掛けてところで止めたのは彼のメイドのソフィアだった。当たり前か、皇太子をそんな危険なところに行かせるわけにはいかないな。

「別にいいだろう、私の顔なんか皆知らぬ」

「それはレイ様がそう思っているだけです!誘拐でもされたらどうするんですか?」

ごもっともな不安である。誘った私が全面的に悪いような気がしてきた。

「行かせてくれたら、皇位の仕事を少しはやってやろう。ソフィアに言われたと言ってな」

彼がそう言うと、ソフィアさんの顔もがらっと変わる。というか、彼は今まで一回も皇位の仕事をやったことがなかったのか。どうりで他の貴族達から放浪皇子だの、チェスが婚約者だの、怠け者皇子だの好きかって言われるはずである。

「わかりました!では、もう知りません。勝手に行ってきてください。でも、帰ってきたらたっぷり仕事は用意しますからね!」

想像よりもあっさりと許可は出たようである。

「ローラさん!あなたが守るんですからね、頼みますよ!」

終わり際にソフィアさんに頼まれた。護衛を連れていくはずだいつの間にか護衛になっていたようである。

「そうとなると、服装はこれじゃない方がいいな。呉服屋にでも行くか、、、」

レイ皇子はもう既にノリノリで行く気満々の様子だ。






当日、集まったのは四人。私、マレーヌ、レイ皇子、そしてアレン皇子。全員が全員いつもの格好ではなく庶民的な格好をしている。

「話には聞いていたのだが、お前も一緒なのだな。変なことをするんじゃないぞ」

出発前に早速、顔を布で軽く隠し髪形を変えたアレン皇子からジャブを打たれる。まあそうなるよな、という反応である。彼からしたらまだ恋人に変なちょっかいをかけていた女なのである。

「アレン、お前もか」

レイ皇子は今回相当乗り気のようで髪形も今庶民の間で流行っていると言われている物である、服装も少し派手な赤色の物である。町にいたら近寄りたくないタイプだ。

「……レイ兄さまも参加されるとは。髪形もよくお似合いですよ」

沈黙からこういうのに乗り気な自分の兄に少し引いているのがわかる。私も身内がこういう格好をしたらいやだから極めて分かる。

「そろったわね、ではいきましょう」

ある目的のために集まった不揃いな四人はスラムへと出発した。


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