第6話おてんぱな女の子
「この度はどうもありがとうございました」
私が少し呆気に取られている間にもエリックの両親からの挨拶があった。
「いえいえ」
彼女の両親は私に本気で感謝をしている様子である。直角よりも深いお辞儀をして、下のジュリーという子も私にペコリと頭を下げた。
「もう元気そうでなによりです」
笑って談笑しながらも横目でロレーヌの顔を窺う。彼女は頭を下げながらも私のことを疑うような目で見ていた。
「もし、こんなものもよろしかったら……」
エリックの両親はそういって、紙袋に入った何かを渡してきた。中は少し暖かいくいい匂いがする。
「これは?」
「うちはパン屋をやっておりまして、そのパンです。よろしくければ是非お食べください」
ありがたく受け取っておこう。
「では、失礼致します」
そういって、その家族たちは出ていった。
「お邪魔します」
およそ五分後、もう一度ドアがガチャリと開けられた。私への礼儀など考えちゃいない乱雑な開け方だった。後ろを振り返ると剣呑でない表情でマリーヌが立ち構えていた。
少しの沈黙の末、先に口を開いたのは私でもなくマリーヌでもなく、ロレーヌだった。
「紅茶、のまれますか」
そう言いながらも席に着くように促した。
「ええ、貴族の家で飲む紅茶は大好きなの」
にっこり笑って座ると彼女は図々しくも机の上に置いてあるお菓子を食べ始める。貴族の前だといっても、全く物怖じしているわけではない。私は今まで彼女に嫌がらせをしていたらしいがそんな相手に単身で乗り込むなんて豪胆な女性であると私は感じた。前に皇子と一緒に歩いていた姿とイメージは全く違う。
「食べないの?」
心底不思議そうに彼女は聞いてくる。
「え、ええ」
想像していた彼女とは全く違う性格につい戸惑ってしまう。しょうがないので目の前に置いてあるお菓子を私もパクパクと食べる。案外うまいかもしれない。
「あんた、急にどうしたのよ?」
紅茶がエリーゼによって注がれると彼女はそうやって切り出した。
「どうした、とは?」
ゆっくりとした口調で話すことを意識する。
「とぼけないで、あんたはそもそも人助けするタイプじゃないでしょ。ましてや庶民なんか、なんて言ってたじゃない」
また前のローラの評判が下がっていく、今の所良い噂を本当に聞いたことがない。残念なお嬢様である。
「そういうことが少しぐらいあってもよいでしょう」
煙に巻くような言葉を返すしかない。
「その言葉遣いもそう、今まで人を見下しているような言葉遣いだったじゃない」
ギクッとする。これに関しては前の状態と同じ言葉遣いにしなかったエリーゼの責任であるのでエリーゼを軽くにらんでおいた。
「人は変われるものなのよ」
どうにかこの一辺倒で彼女の目をごまかすしかない。
「別に皇子にやってたことがばれて反省したとかではないのよね、だってそれからもう半年も経っているし」
ここも無言を貫いていく。
「ここの紅茶おいしいわね、王宮に負けず劣らずだわ」
「お褒め頂き光栄です」
彼女の良いところはこうやって、何事も正直に行動するところなのだろう。平民だからといって貴族にへりくだることもせず、臆せず発言している。それが前のローラと大変相性が悪いことは間違いなさそうだ。
「別にあんたがやってきたことは大したことがないと言えば、大したことがないわ。着替えがないのを知っていて水をかけたりとか、テスト前に筆記用具を隠したりとか殺したくなるようなものはいっぱいあったけどね」
ええ、私がやられたら殴り込みに行っている気がする。
「まあ、何を考えてたのかわからないけど嫌がらせの分はもうチャラにしてあげるわよ、何って経ってうちの妹の命を救ってくれたんだからね」
こう、明朗快闊な正確なだけあって彼女の選択は大変素早かった。ほとんど考えることもなく、そう私に言う。
「いいんですか?私はあなたに相当な嫌がらせをした……てきたみたいですが」
私は思わずそう確認してしまう。
「なんでそんな他人定規な言い方をするのか、いまいちよくわからないけれど良いわよ別に。相当お金はかかったみたいだし、仮にも妹の命の恩人に対してひどい仕打ちはしたくないしね」
その言い方には全く未練だとか後悔だとかそういう類のものは見つからない。日本でも見つからないほどなかなか気持ちのいい性格をしているな。これで私の家の取りつぶしがなくなるならそれに越したことはないのだが。
「でも、これで終わりにするって言っても癪ね。少し手伝ってもらいたいことがあるの、それが終わったらお家取りつぶしはなしにしてあげる」
おっと、何か余計なことを言ってしまったか。なにか面倒なことに駆り出されそうだぞお家取りつぶしが何とかなった後はゆっくりと生きていようと思っていたのに。
「今この国で起きている異変、知ってる?」
異変?いや知らない。私はこの国のことを大体しらない。
「知らなそうな顔をしてるわね、授業聞いてないからそうなるのよ」
それは余計なお世話である。第一、自分がローラになってから比較的授業は聞くようにしているぞ。
「有力な貴族達が殺されているのよ、その犯人を見つけるために協力してほしいの」
有力な貴族達?もしかしてこの家は有力な貴族じゃなかったから殺されなかったのか、それは幸運だ。
「まあ、これが終わったら解放してあげるから精々頑張りなさいよ」
一難去ってまた一難、私のトラブルはまた続きそうだ。
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