第5話迫る〇〇
「お嬢様、学年末考査が一週間後に迫っています」
穏やかな昼下がり、チェスを指しながらどうするかなあと思っているときだった。
「学年末考査なんてお家取りつぶしに比べれば些細な問題じゃない?」
「ええ、しかしお嬢様は今までの成績が学年最底辺であられますので今回もまた同じような点数を取られますと退学処分になります」
退学かそれはまずいな。学年末考査が終わった後も学園生活はきっと続く。ここで退学になるわけにはいかない。
「内容は?」
「実技試験と筆記試験。主に魔法の実技と魔法史です」
どちらもこの頭には入っていなそうだ。
「諦めた方がいいと思うんだけど」
「だめです、お嬢様のメイド兼家庭教師として今日から私がきっちりとお教えしますので一週間覚悟しておいてください」
その日からエリーゼの鬼特訓が始まった。
「火よ、私の魔力を原料として現出せよ」
何も起こらない。
「火よ、私の魔力を原料として現出せよ」
こんどもまた何も起こらず。
「もっと、具体的な想像をしてみるんです。自分の身体から何かを取り出して指先へと持って行き指の上に火がともる」
自分の身体から魔力を取り出して指の上に火をつける。
「火よ、私の魔力を原料として現出せよ」
つかない。
エリーゼに魔法を教わったのはいいが、全く経験がないのもあって実行をする段階で
一日かかっている。そんなもんですよ、と気まぐれ程度にエリーゼは慰めてくれたが少しへこむ。
「少し休憩にしましょう、もう三時間ほどやっています」
とりあえず、座って目を瞑るがなかなか体に効いているということを実感させられる。魔法史はなんとか二日で合格点まで行けるところまではした。あと実技なのだが、、、基礎の基礎さえもできない。
「エリーゼ、そもそも私には前あなたが言っていた『素質』がないんじゃないの?」
前に彼女はそんなことを言っていた気がする。
「素質……そんなことを言っても単位が足りないことに変わりがないのでどうにかするしかないのですが……ええ、いいことを思い出しました。火だけが魔法ではありません。今度は水をイメージしてみましょう。水が指から出る感じで」
水が指から出る、こんな感じだろうか。眼を閉じてそうイメージしてみる。
「ほら、できな」
膝に生暖かい液体がこぼれていた。目を開けてみれば、私のドレスは少し濡れている。
「どうやらお嬢様は、水属性に適性があるようですね」
エリーゼはそう言っているけれども私はいまだこの物理現象に反しているとしか思えない出来事を信じられなかった。
「ねえエリーゼ、魔法って無制限に使えるのかしら」
「魔法というものは体に備わっている魔力というものを消費して使われます。なので魔力が切れたら自動的に使えなくなるのです。しかし稀に、魔力が多すぎていつまでも魔力が切れない者もいます。天才魔術師と呼ばれている人たちですね」
無制限に使えなかったとしても、水がこれだけ出せるということはこの世界で飲み水の不足という事態はなかなか起こらないのだろうか。もしそうだとしたら、とてもいい世界だな、何かが不足しているという状況はいつも人の不和を引き起こす。
「ぼおっとしないでください、まだこれは初歩の初歩ですから訓練は続きますよ」
試験当日、学校はにわかに騒がしく友達と騒ぎ合うもの、静かに教科書を読むもの、諦めたのかもう遊んでいる物など十人十色の時間を過ごしていた。私はというと、エリーゼから最後の詰込みを受けていた。
「魔法史は、なんといってもマケドニア王政の成り立ちは必ず出るでしょうからそこをしっかりとるようにしてください。魔法の成り立ちについて問われたときは完全に捨ててしまって構いません。その分、自身がある記述に時間をかけてください」
圧倒的な文字の羅列にうんうん言いながらも魔法史についての復讐をざっとやっていく。ここまで頑張ったからには何としても留年をするわけにはいかない。
「開始!」
一斉に羊皮紙に文字をつづる音が聞こえる。大門の一つ目はエリーゼの予想通りマケドニア王政の問題だった。確かこれがこいつで、、、と確かめながら記述していく。
「やめ!筆記用具を置きなさい」
予想は七十点ぐらいか。事前に想定していたほどギリギリではなさそうなのでほっとした。
「次は実技試験だ。体育館で呼ばれるまで待機していろ」
「ローラ・エウレカ」
小一時間待った後、私の名前が読み上げられた。
「では、まず初級魔法を見せてみなさい」
「はい」
エリーゼとやったようにイメージをする。
「水よ私の魔力を原料として現出せよ」
指の上に水の塊が出現する。
それを見せた時点で試験官の先生は激しく驚いて目が見開かれる。
「どんな心境の変化があったのですか、今まで全く出来ていなかったのに」
「少し、いろんなことがありまして」
「そうですか。私は少し感動して涙が出てしまいそうです、あなたがまさか魔法を使っている姿を見ることができるなんて」
目の前のおばあちゃん先生の目は既に潤っていた。
「試験は合格でいいですよ、校長には初級魔法を使えたなら合格にしてよいと言われましたから」
よく考えたら貴族の子供たちを簡単に留年にするわけにもいかないか、と思いながら私は簡単に実技試験の内容を振り返っていた。
「意外と簡単でしたわ、よかった」
部屋で独り言のように呟いた。その時、ドアが静かに開けられる。
「なあに、エリーゼ」
「ローラ様、ジュリーの件は誠にありがとうございました」
予想に反してその声は子供のような高い声だった。振り向くと、チェス大会の一回戦の相手であるエリックが立っている。ジェリー、ああ彼の病気の妹がそんな名前だったか。
「ああ、全然いいよ全然」
殆どエリーゼがやったから私は何もやっていないようなもんだし。
「つきましては、お礼のためにわたくしの家族が会いたいと言っておられますがお会いになられるでしょうか」
家族に会う、この家の評判を上げるためにはまあアリではあるか。
「わかりました、会いましょう」
「ありがとうございます」
緊張していたエリックの表情が一気に笑顔溢れるものになった。打算的な行動なのでそこまで嬉しがられると少し罪悪感が残る。
約束の期日になった。一応貴族として会うため、エリーゼと私は正装をして出迎える。
「お入りください」
エリーゼがドアを開けると精一杯着飾ったであろうエリックの父親、母親、エリック、おそらく病気で会った妹。そして事前に聞かされていなかったエリックの姉であろう人物が入ってきた。その人物の顔には不安と緊張と疑惑が入り混じっていて、私を静かにじっと見つめている。
思いもよらなかった人物の来訪に私も少し身構えることになってしまった。なんであなたがここにいるのだ、そう問い詰めたくなったがそういうことなのだろう。
「マレーヌさん、どうしてここに」
来たのはアイル皇子の今の恋人マレーヌであった。
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