第3話

寝ている南雲君の近くに常にいる必要はないだろう、という考えは甘かったらしい。


「んーー……」


何故なら、屋上に呼び出された私は現在、昨日の今日なのに寝ている南雲君の横に座っているから。


「東野君」

「うん」

「一体どういうことなんです?」

「それはね……」


まずは、ひなたが席を外している間に、さっさと東野君を問い詰めるとしよう。


「昨日の話では、ひなたと東野君が偶には二人で過ごせるよう、私は視認できる距離から南雲君の様子を確認しておけばいいのかなと思っていたんですが」

「それじゃ、ちょっと困るかなぁ……」

「ではその理由を聞かせてくれますか?」

「うん。実はね……」


ひなたがいるときはしゃいでるようだった東野君の瞳が、遠い目で語り出した過去はそれは中々のものだった。放っといたら溶鉱炉で昼寝とか、真冬のマラソン中に遭難とか結構シャレにならないのでは。


「私はずっと傍についてる必要はないと思ってましたよ……」

「面目ない……」

「だから、改めて君にお願いします!!偶にでいいので、学校にいる間は僕の代わりに、青空の面倒を見てやってください!」


頭を下げる東野君の横で、南雲君は船を漕いでいる。私の表情がそれ程酷かったのだろうか。東野君が南雲君を揺り起こさんばかりに揺さぶった。


「おい、青空もウトウトしてないで!」

「んあー…………」


頭をはたかれて前のめりになった南雲君から、ぼそぼそと小さな声が聞こえる。いつの間に?……本当はいつも起きているんじゃないだろうか、この人。


「えっとー……伊予ちゃん」

「……なんでしょう」

「この前は、ありがと」

「お気に、なさらず」


のん気な人だな、と思っていたらあんまり綺麗に笑うものだから。なんだか、絆された気がして悔しい……かもしれない。


「よろしくおねがいしまぐぅ」


って寝るんかい……ってちょっとまって。だけどよく考えたら、こうなったのは東野君がこれに負けてきた証明では?ああ、もう彼らの相手なんて真面にするのが馬鹿馬鹿しくなってきた。私も寝てしまおうか?


「ねえねえ、俺も伊予ちゃんって呼んでいい?」

「南雲君にも許可した覚えはないんですが……」

「南雲の顔好きだったりする?」

「私は別に好きな訳じゃ……」


この状況じゃ、どんな答えでも肯定しているように聞こえそうで嫌だ。ああ、ひなたのためでなければこんな能天気さんたちのことなんて放って置くのになぁ…………


「ッは!?じゃあ、もしかして、俺が、好きなの……?」


……彼は今、何を言っているんだろうか?私の態度が雑になったのを軟化したとでも思ったのかもしれない。でも、まともに取り合うと疲れるし、もう放置で良いのでは……ここ二日で、この二人を同時に相手にすることはやめた方が良いことは身に染みている。やっぱり、実害がない限りは黙っていようじゃない。


「ごめんねっ、僕は………なんて言ってはいけないことを言ってしまったんだ……これは罪深いぞこれは」


ブツブツ言っているからほぼ聞こえないというか聞きたくないけれど、虚空に向かって独り言を話す東野君はかなり不気味だ。放置しておきたいところではあるけれど、そろそろ止めないとひなたが戻ってくるかもしれない。


「伊予ちゃんごめんね、俺は君の気持には答えられないんだ……」


今度は大声で何を言い出すのか、全く。もう、日本語でお願いしますと言ってしまおうか。こんな話、根も葉もないのにひなたに聞かれたらどうす……


「ひなた」

「ももももしかして、い、伊予ちゃんも嵐君のこと、好きだったんだね」


くだらない悪ふざけみたいな勘違いが、こんな面倒な勘違いを呼ぶだなんてそんな。そんなこと、あって良いわけが……


「…………」

「私も一緒にいればみんな一緒にいられるじゃない!ということでお呼び出しをしちゃったんだけど……」


あった。バカみたいな、嘘みたいな勘違いが、今ここにあるなんて信じたくない。満面の笑みが引きつった様な顔をしているひなた、それは全部勘違いなの。勿論、私も南雲君と二人でいるよりは気が楽ではあるからその提案はありがたかったのだけれど、こんな状況になってしまうくらいなら一人で押し付けられた方がましだったわ……これはまずい。非常にまずい。


「ご、ごめんね、わたし、彼氏ができて浮かれちゃったみたいでっ、伊予ちゃんの気持ちも考えずに……」

「ひな、」


違うから!!気にしないで、それ勘違いだから!!とにかく、どうにかして泣きそうな顔をしているひなたに、一刻も早く勘違いだと分かってもらわないといけない。もしひなたに逃げられたら捕まえるの大変…………


「暫く一人で考えさせてくださいぃ! !」


ひなたの走り去る後ろ姿を眺めていることしかできず、屋上の扉がけたたましい音を立てて軋んでいた。


「……どうしてこうなった」


これは彼らの暴走をさっさと止めなかった私の過ちだ……こんなことになるなら、さっさと東野君を黙らせるべきだった。逃げるひなたを捕まえるのは私では至難の業だ。どうしたら……


「伊予ちゃん」


……今は彼の声なんて聴きたくないけれど、何か意見があるのなら聞いてみたい。彼の方がひなたに近い思考だろうし、私が思いつかない策を見つけられるんじゃ、


「どどどどどどどおどどどうしよう」


うん、無理ね。青ざめた顔とブルブル震える足が何よりも厳しいと物語っている……しかし、冷静になったら少し腹が立ってきた。くだらない勘違いであの子を悲しませるなんて。あんな面白い子と一緒にいられなくなるなら、わざわざあなた達に協力してあげようとした意味が全くない。そんなの冗談じゃないわ……!


「もうここまで来たら当たって砕けろ、よ」

「い、伊予ちゃん?」

「気安く呼ばないでください」

「あの」

「早いところひなたを追いかけてください。昼休みが終わってしまいます」

「でも」

「あの子と同じくらい運動神経が良いあなたじゃないと追いつける訳がないでしょう。」


そうよ。どうせ策がないのなら、うだうだ言わずに追いかければいいのよ。


「というか元々あなたのおかしな発言のせいで勘違いされたんでしょう、違う!?」

「はい!すみません!!」

「さっさと誤解を解いてきなさい!!ひなたを連れてこないと承知しませんから!良いですね!?」

「キャラ変わってるよぉ~」

「やかましい!早く行きなさいっ!!」


全く手のかかる人だわ。やっと一人屋上から追い出したところなのに、もう一人にも同じことを一々しなくちゃいけないのか。


「伊予ちゃ」

「何をしているんです」


東野君も南雲君も、のんびりした人で本当に困る。


「私たちも探しに行くのよ!!」

「うん。ごめんなさい」


…………笑顔で素直に言うこと聞いたって、許してあげるわけじゃあない。全くこの人、そのあたりちゃんと分かっているの?

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