第2話

背中の重さの分、普段より重みを感じなる保健室の扉を開く。あっさり開いた扉の先には保険医の先生が一人と、ベットや棚が並ぶよくある室内だ。背中の違和感があるから、開けた瞬間に変わったことが起きてもおかしくはないとは思ったけれど、こういうのは連続ではそうそう起こらないらしい。


「失礼します。ベットお借りしたいんですが」

「ああ、また南雲ね。ベット空いてるから、寝かせたらこの用紙書いて置いてね」

「はい」


南雲?ああ、彼が校内でも有名なあの南雲青空なんだ。

学校中のどこでも寝られるとか、屋上のフェンスの外側で寝てたとか、そもそも起きているところを見たことが無いとか言われていたっけ。噂の真偽は知らないけれど、この様子を見ると事実でもおかしくなさそうだけれど。


「はあ。重い」


しかし、いまだにまるで起きる気配がないなんて、なんて自由な人なんだろうか。まあ本性を隠すのは楽だし、無理に出すよりは余程いいだろうとは思う。たとえ思いっきり表に出したとしても、ひなたみたいな子なら否定はしないだろうけれど、それでもだ。


「よ……っと」


いや、これ以上楽しくもないことを考えるのはやめておこう。ああ、ひなたと話していたときは浮き立った気持ちが嘘みたいに重くなっていく。これは早々に彼をベットに置いていって……


「わ」


どうやら、ベットに下ろした瞬間にちょうど寝返りをうった彼がようだ。意外と強い力で腕を引かれてしまえば、重力に従ってそのまま一緒にベットへと乗り上げてしまうのは不可抗力じゃないだろうか。でも、そう。この体制。私のせいじゃないのに、これではまるで……


「痴女」


みたいな……?


「……襲ってたの?」

「ぎゃあああああ!!」


あ、危ない。素が出てしまうところだった…………。え、もう出てたって?いや、そんなことはないまだ大丈夫、なはず。繕える。


「いいえ」


顔面に力を込めるため、意識を集中させる。今の表情ならさっき慌てていたことも誤魔化せるに違いない。保健室にきたときの悪い予感がこんな形で当たるなんてどうにも腑に落ちないけれど、今はここを乗り切ることが先決じゃないだろうか。うん。


「決してそんなつもりはなくこれは単なる事故でありやましい気持ちなどはこれっぽちもないことを証明させていただきたく」

「……」


しまった。言い訳がましいことを言ってしまうなんて、逆に怪しまれた……?


「そっか」


あ、笑った。よく見たら綺麗な顔をしているし、開いた目の色は色素が薄くて透明感があってどことなく神秘的で美しい。

かわいいかも…………じゃなくて。


「きみ、聞いてた感じとちがう。楽しいねー」

「はあ……。あの、とりあえず放してもらっても?」


私のことはどうやら知っているみたい?でも初対面な気がするんだけど、どこかで会ったことあったのだろうか。


「おい、大丈夫……あ」


うん。どうして、ひなたの彼氏がここに?そう言えば東野君と南雲君は幼馴染だときいたことがある。やばい。これでは幼馴染を彼女の親友が襲っているように見えるではないか。一番見られたら面倒な人に見られた気がするんだが、これはどうすればいいのだろう?


「ひなたから聞いて……なんか、ごめんね」


ひなたの彼氏である東野嵐君は、もじもじしながら視線を合わせてくれない。どうみても完全に勘違いをしているような。お願いだから、せめて黙ってないで何でもいいから何とか言ってくれないだろうか……。


「違うから。何もないから」

「?廊下に寝てたのを運んでくれたんでしょ?笹木さん、ありがとね」

「……東野君、エスパーなの?」

「そんなんじゃないよ。こいつ俺の幼馴染だからさ」


よく廊下で寝てたって聞くから、と話す東野君が来た理由は分かったけれど……いや、だからって普通すぐに幼馴染の状況分かる?

……うん、分かるな。ひなた関係で突然呼び出されたとしても、私も納得する自信がある。まあ東野君が何か勘違いしている気がしたのはどうやら私の勘違いっぽいので、気にしなくても……


「何かあったら協力するよ」

「……なるほど?」


協力っていうのが、一体なんのことだかは見当もつけたくない。やっぱり何かしら勘違いはしているようだった。なんならそれなりに盛大な勘違いにみえるし、このデジャブ感はさっきも感じた。もうここは面倒だし、悪いことじゃないと考えておくことにしておこうか。ひなたといい東野君といい、私が退屈しないならかまわないし、図らずも親友の彼氏、親友の彼氏の親友と仲良くなったらしいというのもそう良くないことでもないだろうから。


「だから笹木さん……良いよね?」

「と、言いますと?」

「これはもう笹木さんしかいない……いや、君こそが適任に違いないんだ!俺の代わりにこいつのこと、見てやってくれないかな!?」

「……そう言われましても?」


こういった意味の分からないノリ自体は嫌いじゃない。どことなくひなたにそっくりだし。夫婦は似るというが、彼氏彼女も似るんだろうか。何のことを話しているのかは、まあ全くもって分からないけれども。


「よろしくね!!!」

「よろしくねー……?」

『起きてた!?』

「あの、保健室では静かにしてね……?」


保険の先生のことをすっかり忘れていた……声が大きかったのは大体東野君だった気がしないでもないけれど、存在を忘れていたこと込みってことで謝っておこう…………


『すみませんでした』


死んだように眠っていた南雲君に視線を戻す。目を離した一瞬で南雲君は、まるで死体のように寝ていた。


「こいつが学校で起きてるなんて、ましてや喋るなんて珍しいんだよ!」

「そうなんですか」

「だから、笹木さんにどうしてもお願いしたいんだ!!」

「私の影響ということでしょうか?勘違いでは……」

「そんなこと言わないでとにかくやってみて!お願い!!」

「それは今日この場だけではないということですよね……」

「うん!でも、お試しで良いから!」

「はあ」


そう言われても、廊下でしょっちゅう寝てしまうような人のフォローを急に頼まれてもどうしたら……


「お願いします!!ひなたといる時間を増やしたいんだ!!」

「分かりました」


だけど、ひなたのためと言われてしまえば断れない。仕方ないから、できる限り学校で南雲君の面倒は私が見るとしよう。


「そう言わずに……」

「だから、分かりました。お引き受けします」

「へ……本当!?ありがとう!!!本当にありがとう!!!じゃあ今日から、よろしくね!!!」


バックステップなのに、やたらと素早い動きが面白い。その私の内心は、彼の様子を見る限り、何とか我慢できていたようで安心だ。そんなに親しいわけでもないし、爆笑なんてして親友の彼氏に引かれるのも嫌だ。でも、ひなたにちょっと似ているだけに、素を出しすぎないように注意は今後も必要……かな。


「ひなたのこと、お願いします」

「勿論だとも!!!」


とても良い笑顔で自信満々、という体で言い切った東野君は、やっぱり運動神経が良さげなところも、テンションが高いところもやっぱりひなたに似ている。流石にひなたほどにはお喋りじゃないみたいだから、勘違いしてもどこでどうしてそう思ったのか予測するのは難しいかもしれない。これからは前もって用心して、言動には特に気をつけなければね。


「目付け役、か」


とはいうものの、学校にいる間だけならなんとかなるでしょう。せっかくだから、今日の昼休みは南雲君の整った寝顔を鑑賞するとしようか。面倒ごとが起きた気がしないでもないけれど、東野君と意思疎通が必要ならひなたにも一緒にいてもらえば下手な勘違いも起きることなんてないだろう。大丈夫きっとそうに違いない。それに、南雲君は寝てばかりいる子なのだから、安全が確認できれば常に傍にいなければいけないということもなさそうだし。

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