『親友の彼氏の親友』

陸原アズマ

第1話

背後から聞こえてくる、軽快な足音と大声。資料室が並ぶ校内の特別棟の昼下がりはとても静かで、良く通る声が響いている。


「伊予ちゃーんんん!?」


もうあの子ったら、あまり笑わせないでほしい。呼ぶ声まで面白いだなんて。なんとか、なんとか微笑程度に留めて振り返った背後には、思い描いていた彼女の姿はなかったけれど。これもいつものこと。


「ひなた、大丈夫?」


声を掛けた先には、床に転がっている女の子が、柔らかそうな茶髪をまき散らして倒れている。さっきの足音や声が幻聴な訳はないから、前と同じように転んだのだろうと予想した通りに。でも、想像通りなのに、登場から予想外のリアクション芸を披露してくれるひなたは、やっぱり私の期待を裏切らない子だなぁ。


「ううう……伊予ちゃん……。うん、ここにいまふ……」

「っふふ。そうだね、見えてる」


私、笹木伊予の幼馴染の春風ひなたは、かわいい。

どこかとんちんかんな会話や慌ただしい行動も、見ていて飽きない。今日はどんな楽しいことを見せてくれるのかといつもドキドキしている、けれど。


「ふふふ、ひ、ひなた、それ……人?」

「?わ、わたひ、大丈夫だよ、伊予ちゃ、んんんん?下に何か……ある?」


ああ、爆笑を噛み殺して微笑に留めた努力が実っていると良いなぁ。でも流石にこれは……想定外かなあ。彼女が下敷きにしているのは、なんと男子生徒。私もひなたの行動に気を取られていて気が付いたばかりだけれど。どうやら、ひなたの行動が早速面白いことを呼び込んだらしいことだけは確実だった。


「はわ!?人!!わああああ!ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!」

「楽しいなあ」

「伊予ちゃんってば、私の失態笑わないで!?」

「ごめん。それより、保健室…………ふっ」


いつものことながら、私はこういう突拍子もないことは嫌いじゃない。ただ、楽しいことは見ているのが好きなので、率先してやるのはあんまり趣味じゃない。だから今日も、私は心の中の独り言を出さないようにするだけだ。これも意外と、面白くて難しいのだけれど。


「話逸らそうとして、笑い堪えられてないよ……って、それよりこの人」

「うん。起きないね」


しかし、人にスライディングで突っ込まれた上、これだけ騒いでも起きないだなんて彼もひなたに匹敵する強者じゃなかろうか。スヤスヤと気持ちよさそうに眠る無邪気な顔には、全く目を覚ます気配もないなんて。こんな人気のない廊下で寝そべっているなんて、なんて変わった子なんだろう。でも、これはこのまま放って置くわけにもいかないし、私が移動しておくのが良いよね。


「私が連れて行く」

「なら、私も……」

「ひなたは彼氏のとこ戻りなよ」

「え……でも、今日は伊予ちゃんも一緒にって」

「良いから。待たせているでしょ」


足元の男子生徒と私の顔を交互に見比べ、両手を忙しなく動かしてうんうん唸るひなたはまるでマグロか何かみたいだ。眺めているだけで常に楽しいだなんて、本当に面白い子だこの子は。


「うー……せっかく昼休みだから、伊予ちゃんを呼びに来たはずだったのになぁ」

「もう、ひなたが廊下を爆走してきたからでしょ?」

「うう、ごめんなさい。やっぱり……あいたぁ!?」


あ、と思う間に、眉根を寄せるひなたの頭へと手刀は綺麗に入った。あまりにも素直に頭を下げて反省するものだからつい。自分から頭を差し出したように勘違いしてしまうほどだったものだから……いや、保健室行かないといけないんだったっけ。


「良いから。私はまた今度声かけて。ね」

「手加減しなかったなぁ!?くそう、伊予ちゃんめっ……そう、か!そう言うことなのね!!」


涙を浮かべて睨んでいたひなたは、突然何かに思い至ったというような顔で虚空を見つめて叫んでいる。今度はどうしたのかな、この子は。


「大丈夫だよ、伊予ちゃん!!!口下手でも、私がきっちりフォローするからね!!!!」


と、思ったら今度は手を急に握られて熱弁ときた。しかも悪気なくディスられてない?確かに私が思考に比べたら口数が少ないのは事実ではあるのだけれど。

いや待って。もしかして私が心の中で独り言を言いながら、ひなたの行動を楽しんでるのが実はバレてる仕返し……とか??まあひなたの面白過ぎる考え方なんて、私にはきっと理解なんてできないだろう。


「そう?」


ともかく、このように表情だけじゃなく行動もクルクル目まぐるしく変わるところはひなたの魅力だが、どういうことなのかは私には一切分からない。だが、とんでもなく面白いことか突拍子のない勘違いをしているしているだけなので問題はないでしょう。まあ、つまりはいつも通りということだ。


「ひなた」

「うん!分かった!!じゃあ、行くよ!!まっかせてー…………おーりゃっ!」

「うん?ちょ、ひなた……お、重っ!?」


倒れていた少年は、軽々と持ち上げたひなたによって私の背中に振り下ろされた。まるで、手刀のお返しね……私を油断させるために奇行に走ったようにも思える流れ、恐ろしいド天然だ。さらに健脚な上に力持ちなんて流石ね、ひなた…………。


「ご、豪快、だね」

「行ってらっしゃーい!」


頑張ってね!!!!と言いながら握りこぶしを振るひなたのエールが、何に対してのものかは分からない。でもまあ、面白かったから良し。

さて、一先ずは背中に投げられた彼を運ぶとするかな。まだ寝てるけど…………ていうか、流石に寝すぎじゃない?

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