第8話 小さな1歩

神楽の提案に翠君が乗って私は困惑していた。


 「いや待って翠君。協力してくれるのは嬉しいんだけど、本当にいいの?」


 「はい、もちろんです。朝陽さんが困っているのにほっとけません。それに、俺はまだ学生ですから親御さんもすぐに結婚とはならないと思います。」


 「そうねぇ。確かに翠ちゃんの言うことは間違ってないかもね。すぐに結婚してほしいといっても相手が学生だったらご両親も卒業まで待つと思うし。せっかく翠ちゃんが協力してくれるって言ってくれてるんだから素直に甘えなさい。」


 「ですが・・・。」


翠君はまっすぐ純粋な目で私の方を見つめた。あまりのまっすぐな視線に私は翠君の協力を受け入れることにした。


 「じゃあ迷惑かけると思うけどお願いね翠君。」


 「!はい!」


 「それで牡丹ちゃん。早速翠ちゃんを親に紹介するの?」


 「いや、まだしないです。すぐに紹介すると嘘の関係ってばれるかもしれないので翠君が春休みの入るまでは待とうかなって思います。」


 「そうですね。俺もそうしてくれると助かります。テストなんかもありますし。」

 

 「そう、あなたちがそう決めたなら私は何も言わないわ。・・・それより翠ちゃん。」


 「はい?」


マスターの顔を見ると何か企んでいるかのような笑顔をしていた。


 「今この瞬間、仮とはいえ恋人関係になったわね。」


 「そうですけど・・・。」


 「だったら、今までみたいに牡丹ちゃんのこと苗字では呼べないわよね。ご両親に疑われちゃうわよ。」


 「ちょっ、マスター。」


 「ほら、今のうちに呼んで慣れておきましょ。」


 「そうですよね。わかりました。・・・ぼ、牡丹さん。」


翠君は耳まで真っ赤に染めながら恥ずかしそうに呼んだ。そんな彼を見て、私まで恥ずかしなり、マスターはにやにやしながらこちらを見ていた。


 「いやー若いっていいわね。そんな2人にお姉さんからプレゼントよ。」


マスターは私たちにチケットの入った封筒を手渡した。


 「なんですかこれ?」


 「元旦から営業しているテーマパークのチケットよ。屋敷君にもらったんだけど、私、三が日は友達と富士山に登る予定だからいけないのよね。チケットの期限が3日までだから2人で行ってきなさい。」


 「ありがとうございます。翠君は大丈夫?実家に帰省とかは。」


 「大丈夫です。年始は流石に人が多いので少し時期をずらして帰ろうと思ってましたし。」


 「よかった。じゃあ一緒に行こうか。」


 「はい是非。」


 「あっそうそう。牡丹ちゃん、このお店明日で仕事納めで5日まで休みだからね。だから・・・。」


マスターはまた何か企んでいるかのような笑みを浮かべ、自身のスマホを指さして


 「翠ちゃんと連絡先交換しましょうか。これからのために。」


 「いや待ってください。連絡先交換しなくてもここで予定を決めれば。」


 「言ったでしょ、明日でいったん休みに入るって。明日は早めに閉めるから翠ちゃんは来ないわ。だから、連絡先を交換しないと予定がたてられないわよ。それに・・・。」


マスターは私に手招きをして耳打ちで話した。


 「欲しくないの?翠ちゃんの連絡先。少しは近づくチャンスだと思うわよ。」


マスターの言葉に私は欲と倫理観の間で揺れ悩んだ結果


 「翠君がよければ。」


自分の欲に負けた。


 「もちろんです!交換しましょ。」


翠君は満面の笑みでスマホを差し出した。その後、連絡先を交換した。

 

 「それでは、後程連絡しますね。あさ、牡丹さん。」


 「えぇ。」


店の外を見ると、すっかり暗くなっていたので私は家へ帰った。


 「やった。」


 「良かったわね翠ちゃん。私のおかげでしょ。」


 「はい、ありがとうございます。」


 「ほんと、いい顔するわね。元旦楽しんでおいで。」

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