第2話 秋のひと時

ある日の平日、私は仕事のお昼休みになるといつものように喫茶店へ向かった。


 「こんにちは、マスター。」


 「いらっしゃい牡丹ちゃん。寒かったでしょう、早く入りなさい。」

 

 「もうすっかり秋ですね。風が冷たくなってきました。」


 「本当よ。この間まで半袖でいいくらいに暑かったのに、急いで冬服出したわ。」


 「マスターは筋肉もりもりであったかそうですけどね。」


 「あら、知らないの?牡丹ちゃん。筋肉ってすごく冷えやすいのよ。ハグでもしてみる?」


 「遠慮しておきます。ホットコーヒーください。」


 「遠慮しなくてもいいのに。」


マスターはそう言いながら少しすねた様子でコーヒー豆を挽く準備を始めた。


 「そういえば、翠君は今日来てないんですか?」


私がそう尋ねると、マスターは先ほどまでの拗ねていた様子から打って変わって顔をにやけながら振り向いた。


 「何?やっぱり翠ちゃんのことが気になるの?」


 「純粋な疑問なので茶化さないでください。」


 「耳まで赤く染めて何言ってるのよ。残念ながら翠ちゃんは今大学で授業を受けてるわ。今日来るのは夕方よ。」


 「そうなんですね。学生ってなんだか懐かしく感じますね。」


 「何が懐かしいよ。つい3年前まで学生だったでしょうあなた。」


そう言いながら、マスターは私の前にコーヒーと豆菓子を置いた。


 「いやー、働きだしたら時間の速さが無常だって実感しましたよ。学生の時は時間を持て余していたのに。」


 「まぁちゃんと社会人やっているようで安心したわ。何か食べる?まだお昼食べてないんでしょ。」


 「そうですね。今日のお勧めはなんですか?」


 「今日はね牡丹ちゃんが好きなビーフシチューがあるわよ。昨日作ったからきっとおいしいわよ。」


 「やった。マスターのビーフシチュー大好きなんですよね。じゃあ、それでお願いします。」


 「了解。ちょっと待っててね。温めてくるから。」


十数分後、私の前にビーフシチューとバゲットが置かれた。


 「やった、いただきます。」


私はビーフシチューを口いっぱい頬張った。それを見たマスターが微笑みながら


 「本当牡丹ちゃんってリスみたいに食べるわよね。おいしそうに食べるからこっちも作り甲斐があるわ。」


 「やっぱり、おいしいものは口いっぱいにしたいじゃないですか。」


 「それよりマスター。気のせいかもしれないですけど、このビーフシチューなんかいつもと味が違うくないですか?」


 「そう?いつもと作り方は変わってないのだけれど。気になる?」


 「いや、気になるとか美味しくないとかじゃなくてですね。なんだか、安心する味というかいつもより暖かい感じがします。」


 「そう。やっぱり、愛が入ってるからかしら。愛は最高の調味料だからね。」


 「愛を入れてくれたんですか?マスター。」


 「えぇ、たくさん入ってるわよ。ゆっくり味わっていきなさい。」


マスターは他のお客さんの対応に向かった。私は時間が許す限りゆっくりとビーフシチューを味わった。ビーフシチューを食べ終え、コーヒーを飲みほした私はお会計を済ませた。


 「マスターごちそうさまでした。とてもおいしかったです。これで午後からの仕事も頑張れそうです。」


 「それはよかったわ。午後からも頑張ってね。行ってらっしゃい。」


 「いってきます。」


お会計を済ませた私はいつもより軽い足取りで会社に戻った。





数時間後・・


 「おはようございます。マスター。」


 「おはよう翠ちゃん。経営学の勉強は順調?」


 「はい、なんとか。」


 「そう。あっそういえば今日牡丹ちゃん来たわよ。お昼食べに。」


 「そうなんですね。」


 「翠ちゃんが作ったビーフシチューおいしかったって。とても美味しそうに食べてたわよ。よかったわね。」


 「そうですか。・・・よかった。」


 「着替えてらっしゃい。今日も練習しましょう。」


 「はい。」

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