初めての一目惚れ

ゆうさん

第1話 抑える気持ち

会社からの帰り道、閑静な住宅街の路地にひっそりとたたずむ喫茶「クラッスラ」。ここ数か月、私が通い詰めているお店で木目調の落ち着いた雰囲気の店内と見た目のごついオカマのマスターがお気に入りだ。だが、ここに通い詰めているのはそれだけではない。


 「あら、牡丹ぼたんちゃんいらっしゃい。今日も来てくれたのね。ありがとう。」


 「ここのケーキとコーヒーがすごくおいしいからですよ。いつものコーヒーお願いします。」


 「コーヒーね。ちょっと待ってて。」


マスターはミルでコーヒー豆を挽くと、丁寧にコーヒーを入れた。


 「はいどうぞ。どう?仕事の調子は。夏は忙しすぎて死にかけてたものね。」


 「まぁぼちぼちですね。繁忙期も過ぎたのでようやく落ち着いてきましたけど。」


マスターとそんな世間話をしていると、1人の男の子がお店に入ってきた。


 「おはようございます。って朝陽あさひさん来てたんですね。」


 「おはよう、みどりくん。」


 「おはよう翠ちゃん。着替えてきなさい。」


 「はい。ゆっくりしていってください。」


お店に入ってきた男の子は胡蝶翠こちょうみどりくん。将来、喫茶店を経営するためにここの喫茶店でアルバイトしている大学2年生。物静かな性格で大人びており常連客から密かに人気を集めている。


 「だめよ牡丹ちゃん。翠ちゃんがお気に入りだからってまだ手を出したら。物事には順序っていうものがあるのよ。」


 「出しませんよ。そりゃ翠君かっこいいですし会いに来てるのもありますけど、私と5つも年が離れているんですよ。」


 「わからないわよ。案外年上好きかも。それにあなた、親からそろそろ結婚しないのって催促されているって困ってたじゃない。」


 「それはそうですけど。」


 「翠ちゃんはかなりいい男よ。誠実で優しいし、話も聞き上手だし。アタックするなら言ってよね。全力で応援するわよ。」


私が翠君に惚れてないと言えば嘘になる。初めてこの喫茶店に入った時、翠君がコーヒーを入れる姿と優しい笑顔に一目惚れした。一目惚れなんて今までしたことがなくこの年になって初めてするなんて思ってもみなかった。でも、この気持ちを伝えるつもりはない。きっと彼に迷惑をかけるから。だから、この気持ちは自分の心に留めておく。


 「お待たせしました。ってどうしたんですか?」


裏から店の制服に着替えた翠君が出てきた・


 「なんでもないわよ。翠ちゃんってどんな女性がタイプなの?」


 「女性のタイプですか?そうですね。あまり考えたことないですけど、一緒にいて安心できる人と後はご飯を美味しそうにたべる人がいいですね。」


 「へぇ、そうなのね。まぁ結構大事な事よね、安心できるのとご飯をおいしそうに食べるって。」


 「はい。」


 「だってよ。牡丹ちゃん。」


 「ここで私に話を振らないでください。もぉ、翠君コーヒーお代わりらえる?」


 「はい、今入れますね。」


その後、私は翠君とマスターと世間話をしながらコーヒーとケーキを食べた。あっという間に時間が過ぎていき、日が暮れ始めたので急いでお会計を済ませた。


 「遅くまですみません。また来ますね。」


 「えぇ、いつでも来て頂戴。」


 「翠君もまた来るね。今日もコーヒーおいしかったよ。」


 「ありがとうございます。またお越しください。」

 

私は喫茶店を後にした。


 「一緒にいて安心できる人とご飯をおいしく食べる人ね。」


 「なんですかいきなり。」


 「いえ、家と大学とお店しか行き来しない翠ちゃんが一緒にいて安心できる人って誰を想像したんだろうなって。」


 「いいでしょ。それは。」


 「よかったわね。コーヒーおいしかったって。」


 「はい、よかったです。」


 「さぁ、冷えるから中に入りましょう。おいしく食べてもらえるようにお料理練習しましょう。」


 「はい、お願いします。」

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