第3話 一杯のカクテル
12月のある平日の夜。私はクリスマスに向けてのイベントの溜まった仕事を残業してこなし、時計の針は21時を回っていた。
「疲れたー。流石に仕事貯めこみすぎよ部長。」
そんな文句を言いながら自宅に向かっていると、いつもの喫茶店の明かりがついているのが見えた。しかも、『OPEN』の札も扉にかかっていた。
「こんな時間までやってるんだ。初めて知った。」
お店に入ると、いつもと雰囲気が違いマスターもいつものエプロン姿ではなくバーテンダーのような恰好をしていた。
「あら、牡丹ちゃんいらっしゃい。こんな時間来るなんて仕事してたの?」
「はい、残業してて。ここってこんな時間まで営業してるんですね。」
「牡丹ちゃんはこの時間に来るのは初めてだものね。そうよ、お昼は喫茶店で夜はバーになってるの。」
「おや、初めて見るお嬢さんだね。」
私が席に着くと、2つ隣に座っていた二回りくらい年上のおじさんが話しかけてきた。
「牡丹ちゃんはいつもお昼に来てくれるからね。牡丹ちゃん、この人は私の友人の屋敷さん。私とは小学生からの付き合いで今は現役の陸上自衛隊の隊員よ。」
「屋敷君。この子は朝陽牡丹ちゃん。イベント会社に勤めているOLよ。」
「そうでしたか。こんな時間までお仕事とはお疲れでしょう。よかったら一杯奢りますよ。」
「そんな。初対面の方にごちそうしていただくわけには。」
「牡丹ちゃん。こういう時は素直に甘えるのが社会人のルールよ。」
「そうなんですね。では、すみませんいただきますね。」
「えぇどうぞ。」
「何飲む?」
あまりお酒を飲まない私はメニュー表を見ても名前だけでは何のお酒かさっぱりわからなかった。
「じゃあ、飲みやすいやつでおすすめのカクテルを下さい。」
「あら、あまりお酒得意じゃないの?」
「あんまり飲まないんですよね。メニュー表見てもさっぱりで。」
「そう、わかったわ。そうだせっかくだから。」
そういうと、マスターは急に大声で
「翠ちゃん。ちょっといい?」
「どうしました?マスター。って朝陽さんじゃないですか。この時間に来るなんて初めてですね。」
「え!翠君?」
キッチンからマスター同様、バーテンダーのような姿をした翠君が出てきた。いつもとちがう格好にドキッとしてしまった。
「翠ちゃん、牡丹ちゃんにカクテルを作ってあげて。」
「わかりました。朝陽さんどんなのがいいですか?って大丈夫ですか?」
「え!あっうん。大丈夫だよ。あまり度数が高くなくて飲みやすいやつでおすすめください。」
「かしこまりました。少々お待ちください。」
翠君は慣れた手つきでカクテルを作っていき、あっという間に完成した。
「お待たせしました。ブランデー・クラスタでございます。」
「ありがとう翠君。翠君ってカクテルも作れるんだね。」
「マスターに色々教えてもらってますからね。一応資格も持ってますよ。」
その後、少しの時間翠君との世間話を楽しんだ。残業でかなり疲弊していたが、彼との何気ない時間で少し元気が出た気がした。
「マスター、もしかして翠君って。」
「あら、屋敷君もわかっちゃった?でも、言ってはだめよ。」
「あぁわかってるよ。いいなぁ若いって。」
「ちょっとやめてよ。同い年の私までおじさん臭くなるじゃない。」
「ごめんごめん。」
楽しい時間はあっという間に過ぎていく。翠君との世間話に花を咲かせている途中、時計を見るとすでに23時を回っていた。
「やばっこんな時間!すみません帰ります。屋敷さんごちそうさまでした。」
「いいんだよ。仕事頑張ってね。」
「はい。翠君カクテル美味しかったよ。ありがとう。」
「またお越しください。」
お会計を済ませ、走って家へ向かった。
「いやーまさか翠ちゃんがあんな積極的なんて思わなかったわ。」
「?何のことですか?」
「あら、知らないの?カクテルにも花言葉のようにカクテル言葉っていうのがあるのよ。ちなみに牡丹ちゃんに出したブランデー・クラスタのカクテル言葉は『時間よ止まれ』よ。余程、牡丹ちゃんとの会話が楽しかったようね。」
「マスターその辺にしてあげな。」
「いいでしょ!今日も料理の練習付き合ってください!」
「耳まで真っ赤に染めちゃって。はいはい今行くわよ。」
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