第2話
結局、付かず離れずのまま、わたくしたちは学園に入学した。
入学式の日、わたくしは発見した。
ヒロイン! のような可愛い女の子がいるのだ。
髪はピンクでフワフワで大きな目に細い身体。他の子と違う色どりはヒロインに間違いない。この子に殿下を取られるのだろうか。
しかし、彼女は殿下にはあまり興味が無いようだった。
この世界は乙女ゲームなのだろうか、小説なのだろうか。やたらと美形が多いのだが。
わたくしたちより1学年上の公爵様の御子息とか、わたくしたちと同じ学年の宰相の御子息とか、騎士団長の御子息とか、他に魔術の教師とか──。
イケメンは目の保養になるので嬉しい。わたくしと関わり合いが無ければ。
わたくしと同い年のヒロインは、1学年上の公爵様の御子息狙いだった。
殿下狙いでないことに、ちょっとホッとしたわたくしは悪くないと思う。
公爵様の御子息は、殿下とは方向性の違う銀髪に紫の瞳の美しい方だ。でも婚約者がいらっしゃるのだけれど。
ヒロインは積極的で彼の所まで突撃する。そして昼時や放課後、お二人がイチャイチャしているのを見かけるようになった。
ああ、男の人ってやっぱり浮気するのだわ。
婚約者の彼女が泣いてるわ。お助けしたい。
放課後、ヒロインが公爵の息子に突撃しようとしているのを見かけた。
彼女を追いかけようとして殿下に引き留められてしまう。
「おい、どこへ行く」
「殿下」
相変わらず律儀な方だ。イヤなら止めればいいものをちゃんと迎えに来て下さる。殿下の爪の垢を件の公爵家の息子に飲ませたいものだわ。
「帰るぞ」
上から睨まれると怖い。
「はい……」
でもやっぱり気になるわ。
「殿下、公爵様ご子息の事ですが」
「アレがどうした?」
ひどい言い様だわ。気になっていたのかしら。
「気になるのです。わたくしの夢によく似ているようで」
「恋に落ちれば仕方がなかろう」
ああ、やっぱりそう思うのですか。
「だが順序を間違えた責任は重い」
あら、それはどういう事でしょう。わたくしは殿下を仰ぎ見た。
「先にけじめを付けるべきだろう」
「それはそうですが」
「別れた方が幸せという事もある」
「そうですけれど、別れて、離れて、苦しむ事もありましょうに」
もし前世のわたくしが死んでいなかったら、その後、夫と浮気をした相手と、物凄い修羅場を経験しなければならなかった筈だ。そんな目に遭う前に、この世界に来てしまったわたくしは、どうすればいいのか分からない。
殿下はわたくしの顔をチラと見たけれど何も言わなかった。
結局、彼らの婚約は白紙になって、別れられるようですが、心は何処にあるのでしょう。
公爵様御子息の心は? 婚約者のご令嬢の心は?
簡単に割り切れる人はいいけれど、本気で好きだったらとっても辛いわね。
泣いて追いかけて縋って取り乱して、それでも思い切れなかったら辛いわね。
ご令嬢は貴族らしく取り乱さなかったけれど、わたくしに出来るとは思えない。
***
「殿下はとても素敵ですわよね」
「学校では成績は常にトップですし、武術もお出来になるし」
「加えてあのご容姿、お綺麗でため息が出ますわー」
「お羨ましいですわー」
ご令嬢方のお茶会だ。公爵家のお誘いともなると行かない訳にはいかない。
「それで、あなたは何がお出来になるの?」
お茶会の席で高位貴族のご令嬢に言われた。
わたくしは言葉に詰まって、何も答えることが出来なかった。
彼女は第三王子狙いで何かとわたくしにきつく当たる。顔も意地悪そうだけど。
性格って顔に出るのよね、気を付けないと。
その言葉はじわじわと私の心を抉った。
殿下の隣に立つわたくしには、常に批判が付きまとう。十人並みとか大して頭も良くないくせにとかは聞き飽きたし、有名税と割り切るしかないのか。
わたくしに何が出来るの? わたくしには何も出来ないわ。
何もかも中途半端なわたくし、顔も頭も性格も凡庸の一言に尽きる。
でもなんか悔しいのよね。わたくし、折角前世の記憶がある筈なのに少しも役立てていないんじゃないかしら。ここらで一発頑張ってもいいんじゃないの?
でも、わたくしに何が出来るだろう。
わたくしにあるのは美形鑑賞と食い意地ぐらいか。うーん。
ちょっと俯いてしまう。溜め息も出てしまう。しかし──。
前世から行動力はある筈。
「殿下、わたくし市場に行きたいのでございます」
取り敢えず市場調査よね。基本だわ。何か日本食になるような物があればと思ったのよね。そういう所に行く場合、ちゃんと断っておかないと。
前世のわたくしは逃げ出して死んでしまった。やり直すからには及ばずながらも戦ってみようではないか。
「一体どうした?」
殿下は不信感も露わに問う。そりゃあ食ってばかりのわたくしが突然言い出したら、何事かと思うわよね。
「わたくし、突然閃きましたの」
「夢とか閃きとか──」
憮然とした表情でわたくしを見る殿下。わたくしは譲らないわよ。
「まあ良い。私も行ってやろう」
「いえ、とんでもございません」
許可を得るだけのつもりだったのに、藪蛇だった。
「今度の教育の日を振り替えて、午後からでよいか」
侍従に予定を聞いている。行動も早かった。
「ではそういう事で」
あああ、決まってしまった。一緒に行ってどうすんの?
いや、物事は前向きに考えないと。
安心安全で市場を見学できるのだ。
そういう訳で市場調査用の平民っぽいドレスを贈られて、その日、屋敷に帰った後、着替えて待っていると、殿下が目立たない馬車で迎えに来てくれた。
万事にそつがない。泣きたい。
殿下はいつものキンキラキンの衣裳ではなく、騎士が普段着を着たらこんな感じかと思うような、シャツにベストにトラウザーのラフな格好だった。
剣を腰に下げ、長い足も引き締まった逆三角形の体躯もカッコいい。思わずボケらと見惚れてしまった。泣きたい。
王都の広場と商店街とに挟まれた一角に市場がある。
馬車は噴水のある広場の手前の、車止めに止まる。
馬車を降りて噴水広場を横目に見ながら市場の方へと歩く。
危ないからと手を繋いでくれて、まるでデートのようだ。ヤバイ。
市場は賑やかで、これと同じ規模のものがあと2か所あると聞いた。
「行きたいなら、そちらも今度連れて行ってやろう」
「はい、お願いします」
市場調査は大事なのよ。デートじゃないのよ。
わたくしは自分に言い訳をする。
市場にはお米があったし、調味料には醤油もカレー粉もあったけれどお味噌はない。市場じゃなくて、商店に聞いた方がいいだろうか。
あら、小豆があるわ。安いし、どら焼きを作ろうかしら。
他にも説明を聞きながら色々な物を少しづつ買う。
殿下も興味深げに見ている。食べる物は大事なのよ。
とても有意義な半日だった。
帰りにレストランで食事をした。
予約してあったそうで、別の入り口から特別室に案内された。
今世、こんなお店で食事するのは初めてなので、店内をじっくり見回していたら殿下にクスリと笑われた。
「わたくし、まだ社会見学の最中ですわ」と睨んだ。
「いや、面白くて」
何が面白いんだ。何かの動物と間違えてやしないか?
食事はとても美味しかった。仔牛のロースト、野菜サラダ添えは絶品で、癖がなく口の中で蕩けるようなお肉は、サラダと一緒にいくらでも食べてしまえる。
「よく食べるな」
「はい」
何とでも言って下さい。美味しいは正義です。
学園がお休みの日に、屋敷で頑張ってどら焼きを作った。
ムフフ、これこれ。あんこの塩と砂糖のバランスがばっちり。
お鍋にフライパン。小豆と塩、砂糖、小麦粉と卵。調理器具も材料もあまり要らないのがいいわね。
美味しいわ。料理人と一緒に作ったんだけれど好評だった。
殿下がわたくしの家にお茶にいらっしゃった日に、お茶請けにお出ししたら、
「お前のような菓子だな」と、言われてしまった。
どういう意味でしょう、それは。
もしかしてポケットを持ったアレに、似ているとでも──。
似ていないことも無いのが悲しい。泣きたい。
「姉上にお似合いのお菓子です。どうして殿下はこんな姉と婚約したのか謎です」
わたくしの手作りのどら焼きをムグムグしながら悪たれの弟が言う。
こういう場合は拳骨一個だ。
ゴチン!
「イタッ! 姉上なんか、早く断罪されろ」
わたくしの心を込めたどら焼きを食べて、後ろ足で砂をかける真似をする弟は万死に値する。
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