7 魔法をかけられて
歓迎会という名目だったカオスな時間は午後九時頃お開きになった。今日は私たち母子係だけでなく同じこども家庭課のこども家庭係(主な担当業務は児童虐待防止対策や里親事業など)の歓迎会もどこかで行われていて、そちらの有志と合流して二次会も予定されているようだ。流星と緒方主査の男性陣が二次会にも参加する。私は参加しない代わりに一万円を包んでご祝儀として緒方主査に託した。
遅い時間にもかかわらず、光夜は文句一つ言わずに車で迎えに来てくれた。光夜は朝の白いジャージでなくライトグレーのジャージを着ていた。ジャージが制服だと言い張るだけあって、上下おそろいのジャージを五着持ってるそうだ。
「おいしいお酒を飲めましたか?」
「いろいろあってびっくりしちゃって、結局一滴も飲めなかった」
「びっくり?」
「君と同い年の新採の男の子に告白されてさ。たぶん仕事してる私をそばで見ててかっこいいって勘違いしちゃったんだと思う。もちろん彼氏がいるからって断ったよ」
「僕は小百合さんの仕事してる姿を見たことないですけど、あなたの生き方はかっこいいと思いますよ」
「君は本当に――!」
「なんですか?」
「女をその気にさせるのがうまいなって感心した」
「下心からじゃなくて本心からそう思えたんですけどね」
光夜がモテる理由がよく分かった。イケメンだから。もちろんそれもあるだろう。それより話していて楽しいのだ。褒められているうちに彼に抱かれたいと思えてくる。今の私がそうだ。妊活関係なく私は今猛烈に彼に抱かれたい。この先にどんな絶望が待っていようとも、今この瞬間、すべての私の細胞が彼の与える快楽を求めていた。
それから三十分後にはもう私たちは一つになっていた。光夜は何度も何度も愛してると叫んでくれた。この上なくクールな顔をした男に愛してると情熱的に声をかけられて、私の女としてのプライドは完全に満たされていた。
流星とセックスしてもこうはならないだろう。かつての彼女と同じように流星はきっと私にも尽くしてくれる。でも私は尽くしてほしいのではない。見たことない魔法で私のすべてを包んでほしかった。私はもう魔法を知らなかった以前の私には戻れない。あなたの恋人でいるより彼のセフレでいたいと吐き捨てて流星を振った女の気持ちが少しだけ分かる気がした。流星には悪いけどね。
愛の強さと年齢に相関はないが、妊活するなら相手は若い男の方がいい。そんな当たり前の事実を再確認させてくれるほど、流星は私という使用期限の迫った壊れかけの器に繰り返し子種を注いでくれた。
「明日は土曜日だけど、やっぱり夜しか会えないのかな」
「すいません」
「光夜君が忙しいならマンションでも借りていっしょに住まない? もっと君と長くいっしょにいたい。ダメかな?」
「考えてみます」
あまり前向きでない回答が返ってきて正直ショックだった。私はそれを表情に出さず、
「そうして」
と笑顔で答えた。
二日ぶりに帰宅すると、午前一時過ぎなのに桜子も椿姫もまだ起きていた。
「歓迎会、一次会だけで帰るつもりが、二次会の最後まで帰してもらえなくて……」
「昨日は帰ってこなくて今日は午前様。真面目だけが取り柄の百合ねえが不良になっちゃった」
「しかも見え透いた嘘までついて。あんたもいい年なんだから、男と会ってたなら会ってたって正直に言えばいいじゃない。それとも私たちに言えないようなワケアリの男なの?」
「消臭スプレー振りかけたみたいだけど、男の精液のにおい全然隠しきれてないよ」
「待ってて! 着替えてくるから」
犬みたいにくんくんにおいを嗅ぎだした椿姫がうっとうしくて、いったん自分の部屋に逃げ込んでナイトウェアに着替えて、また二人の待つリビングに戻った。
「それで百合ねえの今度の彼氏ってどんな人? やっぱり癒やし系?」
癒やし系ではないな。一言で言えば鬼畜系? 心配かけるようなことは言わない方がいいよね。
椿姫だけでなく桜子の追及も容赦なかった。
「ちょっと心配だな」
「なんで?」
「だってあんた、ヤリモク男に騙されてるときの椿姫とおんなじ目をしてるもん」
「彼はそんな人じゃない!」
「じゃあ私がいくつかヤリモク男を見分ける基準を教えてあげる。――①三回目のデートまでにセックスした。②デートはいつもセックス中心。③歯の浮くような褒め言葉をたくさん言ってくる。④相手の家も職場も知らない。⑤男の方が5歳以上年下。⑥浮気の前科がある。⑦同棲を断られる。――まあ、この中で一つでも該当すれば要注意。三つ以上該当すればヤリモク決定。ヤリ捨てされる前に今すぐ別れな」
①出会って一時間後には私は非処女になっていた。
②というかホテルデートしかしたことがない。
③それが嘘なら私の恋も嘘になるんですけど!
④LINEをブロックされたら連絡しようがない。
⑤16歳差。彼が生まれたとき私は高校生。
⑥婚約者がいるのに親友の彼女とも関係していた。
⑦さっき提案したら保留にされた。
三つどころかその七項目の全部に該当してるとはとても言えない……
私はセックスだけが目的の男に魔法をかけられて、耳障りのいい言葉で心も体も酔わされて、お花畑の中をちょうちょみたいに飛び回ってるだけなの?
「子どもじゃないんだから心配しないで!」
怒って自分の部屋に戻ってきたけど、リビングを出るまで背中に突き刺さる二人の憐れみの視線が痛かった――
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます