5 鬼畜と呼ばれた男


 落ち込んでいる私を見かねてか、光夜は自分の恥ずかしい過去も今聞いてほしいと提案してきた。

 「恥ずかしいというか、それを聞けばあなたはきっと僕を軽蔑するでしょう。それでよければ」

 「軽蔑しないよ。約束する」

 「恥ずかしい過去というか。恥ずべき過去です。僕は一人残らず友達を失い、鬼畜と呼ばれていました」

 目の前にいる男は私を救う英雄なのか、それとも女を弄び不幸にする鬼畜なのか。私はベッドの上で男の髪を撫でながら、過去に(現在も?)鬼畜と呼ばれた男の話を聞いた。


 大学三年生の冬の頃でした。これから出てくる登場人物たちは全員同じ大学の学生です。


 僕……大学三年生、当時バスケ部に所属

 A子……大学四年生、市役所採用内定

 B男……大学三年生、バスケ部に所属

 C美……大学一年生、バスケ部マネージャー


 バスケ部はお遊びのサークル系の同好会もあったけど、僕が所属していたのは体育会系のガチのバスケ部でした。僕が体育会系に見えない? 小百合さんは体育会系に偏見を持ってますね? 体育会系の部活やってた男が部下にいて、遅刻ばかりでだらしなくて仕事もガサツ? まあ確かにそんなやつもいましたね。B男がまさにそういう男でした。B男は大学入学以来の僕の無二の親友でした。

 僕にはA子という恋人がいて、僕も就職してるであろう三年後くらいに結婚しようという話になってました。A子は真面目な女で、見た目は違いますが雰囲気はなんとなく小百合さんに似てますね。

 僕とA子の関係はバスケ部の関係者ならみんな知ってたんですが、一月頃、マネージャーだったC美に告白されました。C美は金髪の、いかにも派手に遊んでそうな女でした。

 「光夜先輩のことずっと好きでした。一度だけでいいので抱いてくれませんか? 思い出にしたいだけで、一度抱かれたくらいで先輩の彼女づらしたりしませんから」

 軽薄な僕はそれまでもワンナイトだけの割り切った関係を女の子と持つことがありました。僕はC美の部屋で、同じような感覚でC美を抱きました。ワンナイトで関係したほかの女の子たちはそれなりに経験豊富で割り切った交際のできる人たちでしたが、C美はなんと処女でした。僕に抱かれるとC美は、A子と別れて自分と交際するよう僕に迫りました。

 「約束が違うよ。君とはつきあえない」

 「ただの遊びだったんですか? ひどいです。私の処女を返して!」

 話はずっと平行線でした。それ以降僕はC美を避けるようになりました。

 それからまもなくC美がB男に告白して、二人は交際を始めました。二人きりになったとき、僕はおめでとうとC美に伝えました。C美は笑顔でこんなことを言いました。

 「光夜先輩、キスしてください。そうしたら私は今夜B男先輩に抱かれます」

 それで僕から離れてくれるならと僕はC美にキスしました。翌日、B男からC美とホテルに行ったと報告されました。B男は照れながらも本当にうれしそうでした。実はC美の初めては僕がもらったなどと言えるわけがなく、全身から幸せオーラがあふれてるぞと彼を茶化すように言いました。

 B男がいなくなるとC美が現れて、またキスしてほしいと僕にせがみました。

 「キスくらいいいじゃないですか。してくれないなら、私たちの関係をB男先輩にバラしますよ」

 キスだけなら浮気じゃないと自分に言い聞かせて僕はC美とキスしました。C美は夜にB男に抱かれ昼は僕とキスをする、そんな毎日が続きましたが、いつまでも隠し通せるわけがありませんでした。最近の僕の行動を不審に思っていたA子に見られて、僕は頬を平手打ちされました。

 「結婚する前に君の本性が分かってよかった。君がモテるのは知ってるけど、私は君が浮気するのを許した覚えはないよ。君は自分の欲望を満たすためなら平気で恋人を傷つけ、友達を裏切れる鬼畜だったんだね」

 A子はC美がB男と交際していることも知っていて、C美の浮気も責めました。

 「浮気? 私の心も体も光夜先輩のものです。B男先輩にも抱かれたことの方が浮気です」

 どうやらC美は、処女を捧げても振り向いてくれなかった僕が、B男が絡むと言いなりにできると知って、それを最大限に利用して僕との関係を繋ぎ止めようと考えたようでした。

 B男に呼び出され、僕は半殺しにされるのを覚悟して彼に会いに行きました。

 「おれとつきあう前にC美がおまえに食われてたのは悔しいけどそれは目をつぶろう。だがな、おれとつきあってるのを知ったあともC美を手放さなかったのはどういうわけだ? おまえにはA子先輩という婚約者同然の恋人がいるじゃねえか!」

 言い訳のしようがなかったので、気が済むまで殴ってくれと土下座しながらお願いするしかありませんでした。

 「殴られたら罪を償った気持ちになれるのか? じゃあ絶対に殴らねえよ。おまえなんて殴られる価値もない。もう二度とおれの人生に関わってくるな!」

 そう言ってB男は去っていきました。

 僕はバスケ部を退部しましたが、当然それだけでは済まず、A子やB男だけでなく、僕が今まで関わったことのある学生全員から絶交され、裏で鬼畜と呼ばれるようになりました。絶交したからA子やB男のその後について僕は何も知らないし、彼らも僕が今何をしてるか知らないでしょう。その後C美だけが僕につきまとい続けましたが、卒業するまでの一年間、僕は一切相手しませんでした。


 光夜が話し終わったあとも、私は彼の髪を撫で続けていた。

 「私は今の君の話を二度と同じ過ちを犯さないという決意表明だと受け取った。君は自分の行動の何が悪かったか身にしみて分かったはず。だから私から君に言うべきことは何もないよ」

 「小百合さん……」

 「取り返しのつかない過去を持つ者同士、自分の犯した罪を忘れず謙虚に生きていきましょう」

 「はい……」

 光夜の声が少しかすれていた。もしかしたら泣いていたのかもしれない。

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