エピローグⅠ


 卒業式のとき咲いていなかった桜もちらほらと咲き出していた。入学式の頃は満開だろう。

 今日は入学前のオリエンテーション。教科書や学校指定のジャージや上履きなどを買ったりした。たくさんの荷物は親の車に積んで家に持ち帰ってもらった。

 時期的にほとんどの生徒が注文した高校の制服をまだ受け取れていないという理由で、今日は出身中学の制服で高校に登校することになっていた。三年間着古した制服を着るのも今日が最後だ。

 桜並木の中を歩いて帰る途中。隣には違う中学の制服を着た男子生徒。まだ少しあたしの方が背が高い。でもそんなこと、あたしも彼も気にしてはいない。

 お姉さんやアニキも学校の行き帰りにこの道を歩いた。あたしたちも同じ道を歩いて同じ学校に通う。なんだか不思議な気持ちになった。

 あたしたちは一年前の駅での出来事を思い出していた。

 「あのときは楽しかったな」

 「アニキは必死だったよ。なにより親に逆らったのはあれが初めてだったから」

 「あのあと君の親の監視がさらにきつくなったんだっけ?」

 「でも、あたしのスマホを使ってお姉さんとLINEしてたから、監視といってもザルだったけどね」

 お姉さんがこの町からいなくなって一年が経った。アニキは志望校に合格し、四月から東京にある国立大学に通う。学校まで歩いて通える距離にある賃貸マンションの契約も済ませている。

 「和馬さんの卒業式、とてもよかったけど、和馬さんの前で泣きじゃくってた女の人はなんだったの?」

 「アニキの友達みたい。友達といってもアニキに告ってフラれたから友達になっただけで、本当は恋人になりたかったみたいね。でも、その人が友達になってくれたおかげで、お姉さんがいなくなったあともアニキは一人ぼっちにならずに済んだから、あたしは感謝してるよ」

 「その人は四月からどうするの?」

 「この町に残って美容系の専門学校に通うんだって。そういえば、お姉さんも専門学校だっけ?」

 「看護系な。看護師になるんだって。不登校になって転校はしたけど和馬さんと同じタイミングで卒業できてよかったんじゃないかな。順調に行けば、和馬さんより早く働き出すことになる」

 「お姉さんに注射打たれたい。病気になったら、お姉さんが勤務する病院に行くよ」

 「姉ちゃんは東京の学校に通ってそのまま東京の病院に就職するから、この町に住んでる羽海が通院するのは無理だよ」

 「冗談で言っただけだから、真面目に返されても困るんだけど。雄太の融通利かないところは相変わらずね」

 「そうか? 羽海と出会ったときよりはだいぶマシになったと思うけどな」

 「そうね。一年前の雄太なら上京するお姉さんについていって、一緒に住むんだってダダこねてたはずだもんね」

 「姉ちゃん、おれと同居してたら和馬さんと会いづらいだろうからな。一年以上山奥の寂しい生活に耐えて、やっと和馬さんの大学の近所にある専門学校に入学が決まったんだから、それくらいは我慢する」

 「不治のシスコンなのに頑張ったね。よくできました!」

 「馬鹿にするな!」

 雄太の唇にちゅっとキスをした。雄太には告白されていて、つきあうかどうかは保留中。

 「初めてだったんだけど……」

 「だから何? あたしだって初めてだったんだけど。いらないなら返して!」

 「返すってどうやって?」

 「今度は君からすればいいんだよ」

 「それはこの前した告白の返事はOKという解釈でいいの?」

 「そうね。たださ、雄太が前みたいなダメ人間でもただの友達だったら別にいいんだけどさ、あたしとつきあう以上、人間的にもっともっと成長してくれないと困るからね!」

 「努力します……」

 絶対に何か言い返してくると思ったのに、ずいぶん素直だなと思った。

 あたしは、お姉さんとアニキが通い二人が出会った高校に四月から入学する。制服は買ったと親には嘘をついて、大好きなお姉さんのお古をもらっていて、それを着ることにしている。身長は今の時点であたしの方が少し高いけど、制服のサイズはちょうどぴったりだった。あたしの成長が中学までで止まってくれればいいのだけど。まあなんとかなるだろう。

 雄太はずっと不登校だったくせに、三年生になって突然学校に行き始め、それから一年間皆勤で中学校に通った。ずっと学年トップの成績を誇り、四月からあたしと同じ高校に入学する。ただ、体の大きさが違いすぎてアニキの制服を使い回すのは無理だった。

 「学校に行くやつは何も考えてない愚図だってさんざん馬鹿にしてたくせに、結局どうして学校に通うようになったの?」

 「羽海と同じ学校に通いたかったから」

 「そんなに前からあたしのこと好きだったの?」

 「悪いか?」

 「悪くないけど、うちの親が怒るかもね」

 うちの両親は相変わらずアニキとお姉さんの交際に断固反対している。まだ反対してはいるけど、アニキが家を出てもう監視もできなくなるから、場合によっては認めるしかないかと半ばあきらめかけてることも知っている。

 しかも、アニキの緘黙はこの一年で着実に改善した。うちでは相変わらずまったくしゃべらないけど、LINEでお姉さんと話すとき、アニキは普通に声に出して話している。アニキの変化にうちの親も薄々気づいている。気づいているけど、お姉さんとの交際を認めたくないから知らない振りをしている。

 その上、あたしがお姉さんの弟の雄太と交際を始めたと聞いたら、どんな反応をするんだろう? ちょっと怖いけど早く見てみたい気もする。

 「怒られたらやめるのか?」

 「無理。あたしも雄太が好きだから」

 雄太が今になってさっきのキスのお返しをしてきた。お姉さんがアニキとキスするのを二回見たことがある。そのとき見たキスと同じようなキスを、あたしは雄太とした。

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