第十章 同罪
悠樹の逮捕の記事はネットニュースですぐにヒットした。
女子高生に淫行 大学生逮捕
○○県××署は2月7日、児童買春・ポルノ禁止法違反(製造)と県青少年健全育成条例違反(淫行)の疑いで、××市の大学生、黒瀬悠樹容疑者(22)を逮捕した。
逮捕容疑は、昨年12月24日、××市内の自宅で、同市の高校2年の女子生徒(17)が18歳未満であることを知りながら、みだらな行為をし、裸体をスマートフォンで撮影した疑い。容疑を認めている。
また、黒瀬容疑者は女子生徒を紹介した別の女子生徒(17)に対して危険ドラッグと見られる薬物を供与し、みだらな行為をしていた。余罪を追及している。
悠樹が逮捕されたことについては今さらまったくショックを受けなかった。でも沙羅まで悠樹の毒牙にかかっていたことを知って、どうしようもなく悲しくなった。
悠樹はかつてつきあっていた女性に暴力を振るい、子どもをおろさせている。沙羅はそれを知っていて、なぜそんなひとでなしを私に紹介したのか。
今やっと分かった。沙羅は悠樹に薬漬けにされていて、薬がほしければほかの女を紹介しろと悠樹に要求されて断り切れなかったのだ。もしかすると、暴力を振るわれて子どもをおろした女性とは沙羅自身であったのかもしれない。
クリスマスイブの日、もしパンケーキ屋の行列に和馬君がいなかったら――。私はいまだに悠樹に都合のいい女扱いされていて、沙羅と同じように薬漬けにされていたかもしれない。人生なんて紙一重だ。
そばに和馬君がいたから私は救われた。今、沙羅のそばには誰かいるのだろうか? それとも暗い闇の中で一人で震えているの? 想像して暗澹たる気持ちになった。
画像の拡散は悠樹本人ではなく中二の弟の手によるものだから、それは罪に問われなかったようだ。逮捕の日付を見て、来週はバレンタインデーだったんだなと思い出して、ネットニュースを閉じた。
さっき別れたばかりなのに、無性にまた会いたくなって和馬君にメッセージを送った。
最近私が来なくて君のお母さんが寂しがってるって羽海ちゃんから聞いた
私が遠くに行ってしまう前に、もう一度君のうちに行っておきたいな
十分しないうちに返事が来た。
いいね!
明日ちょうど日曜日でみんないるからうちでお昼を食べよう
11時に君のうちに迎えにいくよ
待ってる!
ところでさ、沙羅はまだ学校に来てる?
吉田さんなら突然退学したよ
仲間の人たちも何も聞かされてなかったみたいで困ってた
悠樹と出会ってしまってから、私はずっと自分のことで精一杯だった。
私の心にもう少し余裕があれば沙羅の苦しみに気づいて、相談に乗るくらいはできたかもしれない。
自分だけ救われて、自分より苦しんでいる友達を救えなかった。
自分の無力さを改めて思い知らされて、私は少し泣いた。
「奈津さんには感謝してるのよ」
翌日の正午、昨日約束したとおり和馬君の家に来た。食卓には前回と同じく、お父さん、お母さん、和馬君、羽海と本郷家の家族全員が勢揃いしている。
和馬君のお母さんは私の顔を見るなり満面の笑顔になった。
「和馬は難しい子でね、奈津さんとおつきあいを始めるまで、うちではまったく話さなかったんだから」
返事に困った。緘黙なのだから話ができないのは当然だもの。
「和馬は奈津さんとはスケッチブックを使っていっぱい話してるじゃない。このうちではスケッチブックだってなかなか使ってくれなかったから、何を考えてるんだかずっと分からなかった」
和馬君がお母さんと話をしなかったのは、かつて堕胎した子どもの分まで和馬君と羽海を幸せにするとお母さんが語ったことへの反発だろう。
「和馬の心を開かせるという私にもできなかったことをやってのけたのだから奈津さんはたいしたものよ。私はね、いくら和馬が緘黙だからって、誰でもいいから和馬の恋人になってくれないかしら、なんて思ったことはないのよ」
「分かります」
「奈津さんは昨日の朝刊を見たかしら?」
と言いながら和馬君のお母さんが見せた記事は悠樹の逮捕の記事だった。
「逮捕された大学生も淫行した相手の女子高生も全員市内の人ですって。それはおいといて、もし和馬がこの記事の女子高生とつきあいたいなんて言ってきたら、私は自殺してでも阻止するわ」
「でも、女子高生は被害者だろう?」
とお父さん。せっかく真面目に言い出したことを茶々を入れるように否定されて、和馬君のお母さんは爆発した。
「何言ってるの? 容疑が強制性交じゃないでしょ。一途で純情な奈津さんや和馬の前でいうことじゃないけど、この女の子は自分の意志でこの男の性欲のはけ口にされたの! 見てよ、淫行した日付がクリスマスイブよ。よっぽど浮かれてたんでしょうね。セックスさせた上に裸の写真まで撮らせるなんて。写真が拡散されたらって考えないのかしら? もう一人の女の子なんて、ドラッグをもらう引き換えにセックスさせてたっていうじゃない。ちっとも被害者じゃない! むしろ加害者と同罪だと思う。この子たちが処罰されないのは法律の方がおかしいんじゃないかしら? 同じ市内にそんなふしだらな女の子が何食わぬ顔して今も住んでるというだけで気持ち悪いのに、そんな頭のおかしい女の子が息子の恋人としてこの家に出入りするなんて、考えただけで気が狂いそうになるわ!」
一瞬、全部分かってて私を責めてるのかと頭が真っ白になった。何も知らずに言ってるのだと分かったあとも全然気が晴れなかった。
和馬君のお母さんが言ったことは特別なことでもなんでもなくて、世間一般の人の普通の考えだ。深く考えずに悪い男の性欲のはけ口にされて写真まで撮らせた馬鹿な女を自分の息子の恋人に望む母親なんていない。
彼女の言うとおり私も捕まった悠樹と同罪だと思う。私は何も強制されていない。愛のないセックスも行為中の写真を撮影させたことも全部自分の意志でしたことで、ただ十八歳になっていなかったから法律で守ってもらえただけだ――
目の前の和馬君のお母さんの顔がぐにゃりと歪んでいく。なんだか息が苦しい。過呼吸が始まってしまったようだ。
和馬君の家族の人たちにはなんとか私の過去を知らせずに通したかったのに。よりによってこんなときに過呼吸の発作を起こしたら、記事の女子高生は自分だと認めたのと同じだ。
もう和馬君ともお別れだ。沙羅と同じように私も一人ぼっちになってしまった。これから私は誰も私の過去を知らない場所で過去を忘れて生きていくしかない。薄れゆく意識の中で、ごめんね和馬君と謝った。
発作が収まったあと、和馬君のお父さんの車で私の家まで送ってもらった。なぜか和馬君は家に残るように言われ、車に同乗してはいない。
本当は和馬君に送ってもらって、送ってもらう途中ホテルに誘おうと思っていた。私が遠くに行ってしまう前に彼との愛を確かめておきたかったから。でもそれどころではなくなってしまった。
マンションの前で車が止まり、私が車を降りると、和馬君のお父さんもついてきた。そのときようやくお父さんの考えていることが分かった。
呼び鈴を押すとお母さんが玄関に出てきた。和馬君のお父さんが頭を下げた。
「本郷和馬の父です。突然訪問して申し訳ありません」
「奈津の母ですが何か……」
と言いながら何を言われるか予期したように唇が震えている。
「奈津さんとうちの和馬が交際しているのはご承知だと思いますが」
「存じていますが……」
「勝手を言って申し訳ないが、縁がなかったということにさせていただきたい」
「本人同士の気持ちはどうなんですか?」
「和馬には私と妻から言い聞かせます」
「分かりました。奈津には私たちから……」
お母さんは言葉につまり、私を家の中に入れると、ばたんとドアを閉めた。
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