第54話 その『能力』は

「何だよ……これ……」


 眩しい陽の光が草花を照らし、朝露にキラキラと輝く美しい景色の中、ポツリと建った小さな花屋。


 いつものように一輪のヒマワリを手にやってきたアッシュの目に飛び込んできたのは、灯りがついたままの店舗。そして、開いた状態の扉。 


「……っ! リア!!」


 いつもと違うその異様な光景に、まるで足元から地面に身体中の血が吸い込まれていく感覚に陥る。

 アッシュは慌てて店内に飛び込むと、中の状態を目の当たりにし、さらに事の緊急性が増した。


 荒らされている。逃げ惑うリアの姿が浮かぶ。


 店舗を隅々まで探し回るもリアはいない。何の手がかりもない。いくつかのプランターは倒れ、花が踏みつけられていた。


 アッシュは気持ちを落ち着けるように目を閉じると、大きく息を吸い込んだ。

 そして、ゆっくりと開くと、その瞳を光らせる。


 先ほどとは違い、コツコツと靴音を立てて店内の花々を優しく撫でるように丁寧に見つめていく。


「そうか……なるほど。わかったよ、ありがとう」


 誰もいない店内に、アッシュの囁きが響き渡る。

 客用の長椅子にドカリと腰をかけたアッシュは、まるで胸の奥で黒く燃え始めた火種に空気を送るかのように、息を吸う。


「許さない――今度こそ、絶対に」


 ギュッと拳を握りしめ、黄金色をした瞳をキラリと光らせた。


 アッシュの能力は――『読心』。

 ヘーゼルの瞳を黄金色に変えたとき、心が読める。


 床に散りばめられた花々をそっと拾い上げると、アッシュは店内を片付け始める。黙々と手を動かしながら、脳内ではこれからの計画を立てていた。



 ◇◇◇◇



「――盲点だったのだ、ウィステリア」


 後ろ手に縛られたまま、ゼフィランサスの執務室に連れてこられたリアは、床に膝をつき、頭を垂れていた。


「お前には『魔力』はなくとも『能力』があったのだろう?」


 リアは無表情を貫いた。

 アッシュやジャックの前では豊かになってしまう表情も、相手が変わるとこんなにも変わってしまうのだということを知る。


 むしろ、こちらは条件反射のようなものかもしれないのだが。


「アーネスト侯爵閣下。大変申し訳ございません。おっしゃっている意味が分かりません」


 仮面のように動かないリアの表情に、ゼフィランサスは苛立った。今は亡き、2番目の妻リアトリスを思い出す。


「お前の『能力』は、何だ? ある、ということはすでに分かっている。今、正直に話せば、娘として大切にしてやろう」


 リアは「ふう」と小さく吐息を漏らす。


「私には何の力もございません。それは閣下もよくご存知でいらっしゃるはず、でしょう?」


 ゼフィランサスは眉間に皺を寄せた。今まで一度たりともウィステリアと正面から向き合おうとしてこなかった。ずっと、避けてきたのだ。

 それが今、こうして己の身に返ってきている。


「お前は――『予知』ができるのか?」

「まさか」


 微動だにしない表情のままリアは視線を落とす。


「お前の我が儘の先にはいつも。それがすべて偶然だった、とでもいうのか?」


 リアは鼻で短い息を吐き出した。――今さら気がついたのか。だから連れ戻した。昨年度の報告書を見て思い至ったのか。1年前から変化したことが、一体何だったのか、と。


「それはただの我が儘にすぎません」

「では……お前が除籍されるまでの1年、なぜ私に一切、我が儘を言わなかったのだ」

「必要がなかっただけ、ですわ。すべて自分で用意できましたもの。その方がわざわざ侯爵様をお通しするより早いですし」


 リアはクスリと笑ってみせた。

 それでもゼフィランサスは納得しない。


「では、なぜハートラブル公爵がお前を贔屓にしているのだ!」

「私を、ではなく、エルダー園芸店を、贔屓にしてくださっているにすぎません」


 ゼフィランサスの顔が、一気に歪む。

 そこまで見て、リアに衝撃が走った。気がつけばリアの身体は床に倒れていた。左の頬が――熱い。


「今後、口答えは許さない」


 今まで生きてきて、初めてのことだった。

 蔑まれはしても、忌み嫌われはしても、手を上げられたことはなかった。


 頭を上げたリアにゼフィランサスの苦痛に歪んだ顔が映る。それでも躊躇ったのだろう。利き手ではない甲を使ったのか、右手で左を抑えている。


「お前は一生、ここで暮らすのだ。このアーネスト侯爵家で……!」


 睨みつけた瞳の奥を見つめて、リアは断言する。


「残念ですが侯爵様、あなたの望みは叶いません」

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