6章幕後

6章 幕後

自分の住む街に戻ってきたユウヒ。

城門前でカバから降りると、カバにお礼を言って召喚を解除した。

警備にあたる警備兵達に挨拶しながら、街中へ歩く。


報告する必要がある領主邸宅や商業ギルドには向かわず、街中の露天で花を買ってさらにテクテクと歩いていく。


進んでいった先は墓地だった。


墓地に着くとなれた様子で奥に進み、一つの墓の前に立ち止まる。

花をそえると、ユウヒはその墓の前に座り込んだ。


「アサヒ、生きてたよ」


ポツリとつぶやくユウヒ。

墓に眠るのはユウヒとアサヒの両親だ。

借金返済のためにユウヒは運び屋の仕事を選んだが、高額の運び屋など需要は高が知れている。

二人で運び屋をやるより早く稼ぎたかったアサヒは別の手段として傭兵という仕事を選んでいたのだった。

傭兵としての仕事を求め、家を出ていったアサヒとは数年会えていなかったのである。


「ムーンも元気だった」


ユウヒはポツポツと墓に話しかける。

ぴょこんと頭を出してプスプスと話しかけに兎も加わる。

ユウヒの契約している召喚獣と、アサヒの契約している狼は契約を譲り受けたものだった。

元の契約主は、この墓に眠るユウヒの母だ。


「よかったあ」


大きなため息と共に言葉を吐き出すユウヒ。

病に倒れた母と、治すために全てを注ぎ込んで倒れた父。

ユウヒにとってたった一人の肉親であり、分身である。

彼の無事を信じていたが、ずっと心配しているのだった。


「あれれ」


溜まっていた心配が水滴としてあふれ、こぼれる。

何度も拭うが、止まらない。

その様子を見て、兎がぷすぷすとユウヒを鼻先でつついた。


「アリス、大丈夫。アサヒも大丈夫だったね」


河馬・梟・亀はユウヒが受けつぎ、狼はアサヒが受け継いだ。

兎に関しては、二人で受け継いでいる。


兎との契約は常に一緒にいること。

一緒にいる対象はユウヒだけではなく、兎が家族とみなしている者。

この世の中で兎が家族とみなしていたのは4人いたが、今では半分になっていた。


落ち着くまでしばらくの間、ひとしきりその場で涙を流すユウヒ。

兎もその横でユウヒに寄り添うように体をつけて座っている。

涙が止まり、乾くまでの間そこでじっとしていた。


しばらくして、ふっと顔を上げて立ち上がるユウヒ。


「今度はアサヒとこれるといいな」


墓に声をかけて、その場を立ち去っていった。



墓地を出て、今度は領主邸宅に向かうユウヒ。

門に到着すると、門番と挨拶を交わす。


「こんにちは」

「怪しいものはいないな、通ってよし」


お互い笑い合って門を通してもらうユウヒ。

以前梟に催眠術をかけられて通してしまった門番ともこの通り軽口を叩ける関係になっていた。


そのまま邸宅内に入るとメイドの案内で、まずは領主の執務室に向かう。

そこには領主と、以前海中に取り残された女商人がいてユウヒを出迎えた。


「おお、兎、無事だったか」

「ユウヒ、大丈夫だった?」

「大丈夫だよ、心配性だなあ、お姉さんは」


女商人は勢いよくユウヒに抱きつき涙ぐむ。


「どうだった、容疑は晴れたか」

「あ、多分大丈夫です」

「スムーズに解放されたのならもっと早く帰ってくるだろう?何があった?」


領主に聞かれて隣街で起きたことを一通り話すユウヒ。


森を荒らした件は問題ないこと。

荒らしたところを綺麗にしながら山小屋に兵士達を送り届けたこと。

山小屋には以前女商人を海底に沈めた男と、隣街の領主夫人に薬を届けていた商人がいたこと。

ゴリラのゴーレムがいたが、山賊っぽい人たちを捕まえたこと。

アサヒがいたこと。


相変わらず要領を得ない会話を二人が辛抱強く聞き出して、一通りの内容を聞いた。

そしてその上で、領主はユウヒに向かって軽く頭を下げる。

合わせて女商人も頭を下げた。


「すまんな、容疑を晴らしてもらうだけのつもりが、色々と助けてもらったようだ」

「船を沈めた連中を捕まえてくれたのね。薬をこれから広めていくのに助かるわ」

「お仕事しただけだから大丈夫。アサヒにも会えたし」


二人が言葉を聞いて顔を上げると、ユウヒが軽く微笑む様子が見てとれた。

その様子を見た女商人が微笑みながら話しかける。


「兄妹なのね、よかったわね」

「うん、ムーンにも会えたし、いろいろ嬉しかったよ」

「ムーン?」

「アサヒの召喚獣。銀月狼」

「銀月狼、ってまたすごいのを召喚獣にしてるのね」

「うん、ムーンはすごくかっこいいんだよ」


今度こそ笑顔で話すユウヒに領主が話す。


「こんな風に笑えるのだな。よかったな、兄妹と会えて」

「はい」

「アサヒ、だったか?彼はどうするのだ?」

「隣街に傭兵の報酬もらいにいくみたいです。仕事があるといいなあ」

「隣街も人手は足りてないだろうし、仕事は見つけられそうだが。もし仕事がなくてこちらの街に来たのであれば、私のところにくるように伝えてくれ」

「お仕事くれるんですか?」

「商隊の護衛とか、いくらでも仕事はあるからな」

「わかりました。アサヒにあったら言っておきますね」


珍しく元気よく答えたユウヒに、領主は言いにくそうに追加の頼みを切り出そうとした。


「それと、もう一つ頼みたいことがあ」


その言葉を言い終わるか否かの時に、ドアが荒々しくノックされた。


「お父様!ユウヒが帰ってきているのですよね!」

「あー、入りなさ」

「失礼します!」


領主が入室の許可を出し切る前に食い気味にドアを開ける領主令嬢。

先ほどユウヒを執務室まで案内したメイドに手を引かれながら、中に入ってくると声を上げた。


「ユウヒ、無事ですか!?」

「あ、大丈夫だよ、ほら」


ユウヒから令嬢に近づいていき、令嬢の手を取った。

令嬢はユウヒの体をペタペタとさわり無事を確認する。


「よかったですわ……容疑者として隣街に運ばれてしまったと聞いて不安でしょうがなかったんですの」

「あ、うん、あってるかな」


運んだのが自分自身だが、文字面としてはあっている。

涙ぐむ令嬢を目の前にして、ユウヒから令嬢に話しかけた。


「心配させちゃったかな?」

「当たり前ですわ!友達ですもの!」

「そっか、そうだね。友達だもんね。心配かけてごめん」

「いいですわ、いいですわ。無事だったんですもの」


二人がお互いを思い、声を掛け合うシーンの横では、必死に声を抑えながら号泣する領主とそれにそっとハンカチを差し出す女商人の姿があった。


令嬢との再会、領主への報告を終えて、領主執務室を退去するユウヒ。


「また来てくださいね」

「ああ、今度は仕事じゃなくてな」

「また商業ギルドに行くからその時にお話ししましょう」


令嬢と領主、女商人の3人に見送られて執務室を後にするユウヒ。

ユウヒの顔には笑顔が浮かんでいた。



ユウヒは領収邸宅を出ると、真っ直ぐに商業ギルドに帰る。


商業ギルドのロビーでは、容疑者として隣街に行ってしまったユウヒの身を案じ帰りを待つギルド長や受付嬢、顔見知り達の商人の姿があった。

城門で挨拶をした衛兵がいち早く商業ギルドにユウヒの帰還を知らせていたため、今か今かと帰りを待っているのだった。


そんな風に待たれていると露とも知らないユウヒが商業ギルドのドアを勢いよく開けた。

ロビーにいるみんなの視線が集まる。


「ただいま」


ユウヒの声は、商業ギルド内の歓声にかき消された。

そんな中、受付嬢がユウヒに駆け寄る。


「ユウヒ、大丈夫なの!」

「大丈夫だって言ったじゃん」

「あなたの大丈夫は、信用できないのよう」


その場で泣き崩れる受付嬢の背中を大丈夫と言いながらたたくユウヒ。

ギルド長もユウヒに声をかける。


「大丈夫だったかい?」

「うん、大丈夫。あ、アサヒと会ったよ」

「なんだって!本当かい?無事だった?」

「うん、元気だった。お父さんとお母さんにもさっき話してきたよ」

「そうか、よかった」


遠い目をするギルド長。

妻を救うために命も含めて全てを投げ打った昔の友人に思いを馳せる。

ギルド長が友と約束した双子の無事を見守ることは、飛び出していってしまったアサヒについては約束を果たせていない。

アサヒの消息はずっと気がかりだったのだ。


「よかったな、アサヒも無事で」

「うん、よかった。借金返せたら、一緒に運び屋やるって約束してきたよ」

「そうか、それはよかったな」


その一言を絞り出してギルド長も喋れなくなってしまう。

泣き崩れる受付嬢と言葉が出ないギルド長に、もう一度ユウヒが声をかけた。


「大丈夫だよ、ただいま」


二人は涙ながらにユウヒに頷き返すのであった。



ひとしきり商業ギルドの受付で話した後、自室に戻ったユウヒはベッドに身を投げ出した。


カバや梟、亀に兎。

友達と一緒に運び屋のお仕事での配送履歴を思い出す。


「いろんなお仕事やったな」


人も手紙も空気も運んだ。

ついにはアサヒとも会えた。

運び屋の仕事にとても満足感を感じていた。


「これからも、いろんなものを運びたいな」


呟いて、目を閉じた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る