2章 配達物:恋文
2−1
「なんとしても、なんとしてもこの思いを伝えたいのだ」
「さようでございますな」
ある邸宅。
そこの嫡男である男は、執事に対して熱弁をふるっていた。
「あの日、彼女の姿を一目見たときから私は恋に落ちた」
「さようですな」
「花のように可憐で、気品あふれる佇まい」
「さようですな」
「私は恋に落ちたのだよ!」
「さようですな」
「聞いてるのか?」
「さよ、もちろんです。お茶のお代わりはいかがでしょうか」
「ああ、頼む」
男はため息をつき、うなだれる。
執事は男のカップにティーポットからお茶を注ぎ入れ、話かけた。
「領主様のご令嬢は外出すらされないと聞いておりますね」
「そうなのだ。私も初めてこの前お姿を拝見した」
「お美しい方でしたね」
男が懸想する相手は、この町を治める領主の令嬢である。
令嬢は基本的に領主邸宅内で生活しており、外出しない。
男は先日領主邸を訪れた際、園庭で座って休む令嬢を目にしていたのだった。
顔をあげる男。
「そうなのだよ。一目で恋に落ちたのだ」
「さようですな」
「花のように可憐で、気品あふれる佇まい」
「さようですな」
「……はあ」
同じ話題のループに突入することに気づいた男はため息をつき、上げていた顔を再度うなだれる。
「なんとか、想いを伝えることはできないものだろうか」
「なかなか難しそうではありますね」
令嬢は基本的に外出せず滅多に見ることができない。
領主の過保護ぶりが噂されているのだが、美しく地位としても価値のある令嬢を狙っている者は多い。
その戦列に男も加わったのだった。
ぶつぶつと悩んでいた男だが、ふと思いついたように顔をあげる。
「そうだ、恋文を届けるのはどうだろうか」
「さようで、と恋文ですか?」
意外な単語に虚をつかれる執事。
男はうんうんと頷きながら力強く続ける。
「私の想いを恋文にのせて、あの方に伝えるのだよ」
「恋文を書いたことがおありですか?」
「いや、ない。ないが、心を込めて書けば思いが伝わるはずだ」
「さようですか」
名案を思い付いた、とばかりに男は恋文の制作に取り掛かる。
「愛しの君よ、あなたはなぜそのように美しいのか、いやここは捻ったほうが」
「シンプルに書いたほうが良いかと存じます。それと」
「おおそうだな、シンプルにな。君が好きだ!ちょっと直截すぎるか。ん?それと?」
「心を込めた恋文をどうやって令嬢にお渡しするおつもりで?」
凍り付く男。
領主の過保護による防衛ラインがある以上、手紙が令嬢まで届かないことは容易に想像がついた。
「そうだったな、渡す手段がないのだった。これもだめか」
「そういえば、先日お父上が商業ギルド長と会談した際、運び屋の話がでてませんでしたか」
「ん。そういえば何でも確実に届けるとか、そんな話だったな。何といったか」
「運び屋『兎』とお話に上がっていたかと」
「そうだ、確かそんな名前だった。ギルド長に話を聞いてみるか」
「それがよろしいかと」
「そうと決まれば、まずは恋文を書き上げんとな」
男は再び恋文に向き合い、執事は横に控える。
多数のリテイクを繰り返して、男なりの恋文が書きあがった様子であった。
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