1−2

勢いよく商業ギルドのドアが開いて、衛兵に妹の救出を訴えた青年が中に入った。

商業ギルドの一階はロビーとなっている。

散在している机で、商談していたらしき商人たちが一斉にドアに振り向いた。


青年は向けられた視線に一瞬ひるみながらも正面にある受付に急ぐ。

受付にいる受付嬢が応対した。


「いらっしゃいませ。商業ギルドへようこそ。どういったご用件でsy」

「兎に荷物を届けてほしい!」


食い気味に叫んだ青年。

あたりの空気が凍りついた。

商人たちの中には、額に手をあて俯いたり、神に祈ったりしているものもいる。


一瞬の静寂のうち、受付嬢が尋ねる。


「こほん、失礼しました。兎ですか。料金がそれなりにかかってしまいますが、問題ございませんか?」

「はい。あ、いくらくらいでしょうか」

「条件にもよりますが、金貨100枚程度必要な場合もございます」

「金貨100枚、ですか、大丈夫です何とかします!」


この世界における物価は感覚として金貨1枚で日本円にして1万円程度である。

一瞬ひるむも即答する青年に、受付嬢が何故かため息をついて話をつづけた。


「かしこまりました。兎を呼んでまいりますので、奥の部屋でお待ちください」

「わかりました」


受付嬢は立ち上がり、奥の部屋に誘導された。



案内された部屋の入り口には、商談部屋と書かれたプレートがかけてある。

中に入ると机に椅子が数脚ならんでいるだけのこじんまりとした部屋だった。

青年はすすめられるがまま奥の椅子に腰かけるが落ち着かない。


「っ」


青年が無力感をかみしめ、焦りに支配される。

ドアがコンコンコン、とノックされたかと思うとするりと少女が入ってきた。


「こんにちは」

「あ、こんにちは」


挨拶されたので挨拶を返す。

年のころは15,6といった頃だろうか。

赤みがかった短髪に小柄で細身、中性的な顔立ちに動きやすい服装。

身体の前に、斜めにたすき掛けされた鞄をかけている。


「依頼人さん?」

「え、あの、兎さん?」


青年の問いかけに少女が答えるより早く、前にかけている鞄がひとりでに空いた。

鞄の中から耳の長い兎が顔を出す。


「!?」

「アリスのことじゃないよ。ちょっと今話するから大人しくしててね」


驚く青年を横目に、少女が兎に声をかける。

兎はプスっと鼻息を立てて鞄の中に再度入った。


「驚かせちゃってごめんなさい」

「いえ、あの兎さんですか?」


また飛び出てこようとする鞄の中身を抑えながら少女が答える。


「はい、兎とよばれています。運び屋のユウヒです」


衛兵や商業ギルド受付の話っぷりから歴戦の強者のような人物を想像していた青年は面食らう。

しかし、事態が一刻を争うものであることを思い出して声をあげた。


「そうだ、妹を助けたいんです!」

「えっと、ボクは運び屋なんですけど大丈夫ですか?」


戸惑うように話すユウヒ。

青年は言葉を端折りすぎたことに気づき背景を説明する。


「妹が山小屋に取り残されてて、ゴブリンに囲まれてて、助けに行きたいんだがこの町の衛兵は助けてくれなくて、隣町の衛兵に助けを呼びに行きたいんだ!」


全部まとめてしゃべろうとしてすごい剣幕で捲し立てた青年。

勢いにおされて目を白黒しかけていたユウヒだったが、青年が話し終えたタイミングで質問した。


「妹さんをこの町にお連れすれば大丈夫ですか?」

「……え?」


青年はユウヒの言葉が今一理解できずに聞き返す。


「お話聞いていると、妹さんを助けたいんですよね?」

「はい、そう、そうなんだよ」

「妹さんを現地で集荷、この町まで配送すれば助けたといえるかな、と思ったんだけど」

「え、ゴブリンに囲まれてるんだよ?」

「討伐の依頼じゃないですよね?人間一人運べばいいだけなら問題ないですよ」

「連れてこれるってこと?」

「はい、運び屋なので」


困惑する青年を余所に、平然とした表情で言い切るユウヒ。

鞄の中からは同調するように、プスっと鼻息が聞こえた。


「わ、わかった。それならお願いする」

「妹さんはどこにいるんでしょうか」


言いながらユウヒは鞄のポケットから地図を取り出す。

合わせて兎も顔を出すが、ユウヒは兎の頭を撫でて鞄の中に押し戻した。

広げられた地図を見て、青年は一箇所を指差す。


「ここらへんだ。街道から少し入ったあたりにあった山小屋だった」

「あの山小屋ですか。それならそんなに時間かからないです」

「いけるのか?」

「はい、往復半日くらいですかね。費用は金貨50枚でいかがでしょうか」

「本当に妹を連れてこれるんだな?」

「はい、成功報酬で結構です。ただ、妹さんがどのような状態でも連れて来れれば成功とみなしてもらいますけど」


青年は暗に手遅れになっている場合を示唆されてムッとするが、確かにそこはユウヒの責任ではない。


「わかった。頼む」

「妹さんの配送依頼、請け負いました。では早速行きましょう」


言うとユウヒは席をたつ。合わせて鞄から兎が顔を出した。

今度はそのままにしてさっさと部屋を出て行くユウヒ。

青年は慌ててユウヒを追いかけた。

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