IV.

「――――」


 咄嗟にユニーカを解放したのは、培った経験のおかげだったのかもしれない。

 インピュアスの、物理的な風圧を伴った咆哮とほぼ同時、リエリーは自分と負傷者、それにその妻の前面を覆う風の壁を展開させていた。

 直後、その壁を押しつぶすほどの風圧が押し寄せ、壁を張っていなかった店内のあらゆるものが吹き飛ぶ気配が背中越しに伝わった。


「――っ! もうユニーカ覚醒したのかよっ?!」


 正面、暴風を投げつけた張本人――インピュアスが、こちらに向かって跳躍する。

 負傷者の止血は完全に済んでおらず、リエリーは手が離せない。先ほどの風の壁形成で、粗方の体力を使ってしまっていて、もう一度ユニーカを使うこともできそうもなかった。


「逃げろッ――」

 

 せめて負傷者の妻だけでもと、リエリーが咆えた直後――。


 ――インピュアスの首から血潮が噴き出し、地面へと叩きつけられていた。


「――は……っ?」


 唐突な展開を前に、リエリーの思考が一瞬の空白を得る。

 ギアに映るインピュアスは地面に伏して動かず、バイタルモニターが『心停止エイシストール』の文字を瞬かせていた。

 黒い体躯の下から赤い水たまりが広がり、もはや救う手立てのないことをまざまざと見せつけてくる。

 そうして動けないでいるリエリーの前へ、漆黒色のセダンが停車した。

 運転席から下りてきた二人の黒スーツ姿が油断なく周囲を見回すなか、リエリーは片方のスーツ姿が持つ禍々しい銀の長身を見て取って息が止まった。


対黒狼殲滅機銃シルバー・バレット……っ?!」


 スーツ姿が斃れたインピュアスへと近づき、その腕ほどもある巨大な銃身を突きつける。続けざまに銃弾が放たれ、地面に広がる赤い血だまりがいっそう大きくなった。


「何しやがるんだッ!!」


 負傷者の止血のことなど瞬時に頭から消え去り、リエリーはスーツ姿へ渾身のタックルを見舞った。が、まるでコンクリート壁へ突進したような反動が返り、全身の痛みと共に体が跳ね返される。


「――待て」という声が聞こえず、組み伏せられた自分の頭に銃口が突きつけられたことも、リエリーの思考には入らない。

 あるのはただ、同じく地面に斃れ、血を吹いて倒れ伏すインピュアスの姿だけ。

 そうして視界の隅に黒い軍靴が映り込み――。


「噂通りのお転婆娘だな。――史上最年少レンジャー、リエリー・ジョイナー」

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