レンジャーチームの一日
I.
意外にも、要救助者から家の修理代が請求されることはなかった。
あれだけ派手に破壊を振り撒き、ターゲットよりも盛大に大暴れした結果にしては僥倖と言える。一応、レンジャー活動保険には加入しているが、あの大破壊を、厳格で名高い査察官が通常の業務の結果と判断してくれるとは思えなかったから実にありがたかった。
それもこれも、迅速な救助活動を完遂した
『――あんな暴挙はもうコリゴリ。これからは控えてよね。いい?』
「仕方ないじゃん、ルー。ターゲットは真下にいたんだし、最短で救うにゃ、あれがいちばんだって。な? ロカ」
「ああ。間違いない」
『間違いない、じゃないわよ!』
と、白真珠色の筐体表面を波打たせて、ピシャリとルヴリエイトが言う。
人間の表情にあたる部分がないものの、ほのか桃色に染まった
『あのまま落下してたら、怪我どころじゃ済まなかったかもしれないのよ? いくらエリーちゃん、アナタがもう一つユニーカ使えるからって……』
「まあまあ、ルヴリエイト。負傷者は大事に至らんで、ターゲットも回復の兆しがみられるんだ。それでよかったじゃないか」
口の中のベーコンを飲み下し、今度はマロカが宥める声を掛ける。相手は当然、テーブルの向かいに浮かんだ正十二面体――ルヴリエイトだ。
場所は飛行救助艇〈ハレーラ〉機内。
一家の住居を兼ねる船の、そのカウンターキッチン。
マロカの体躯が空間を手狭に見せるが、それでも両隣には2名ずつ座れる余裕がある。壁をくり抜いたような丸窓から朝陽が射し込み、白基調のシックな装いで統一された室内を明るく照らし出している。
「そうそう、よかったんだよ」
家の長の言葉を復唱し、はしたなくフォークの先を歯噛みするのは、束ねた髪を無造作に解いているリエリーだ。
昨晩の“ペントハウス事件”から夜が明け、寝起きのリエリーはマーブル模様のキャラクターTシャツをダボッとまとい、完全にリラックスした装いだ。
その姿でティアドロップを装着したまま、レンズに映るレンジャー関連動画へと目を通していた。
『エリーちゃん。食事中にMeTubeは見ない約束だったわよね?』
「んー……これ、情報収集だから……。あっ、ちょ、ロカ!」
上の空気味に返事したリエリーの顔から、マロカのカギ爪が器用に容赦なくギアをもぎ取る。抵抗してみせるリエリーだが、マロカの視線に促されてそちらを見やったリエリーは「やべっ」と肩を縮こませた。
正十二面体のルヴリエイトの筐体。それが、角を生やしたように変形し、ドクドクと脈打っている。見慣れた、爆発の前触れだ。
「ごほんっ……。それはそうと、リエリー。負傷者に突っ掛かるのは感心しないな。彼らを守るのも、俺たちの仕事のうちだぞ」
「だってアイツ――」
『――リエリー……ジョイナー……?』
一段と低い声がフルネームを呼び、リエリーは慌てて「あの人は」と言い直す。
「インピュアスを化け物、って言ったんだよ? 知り合いをそう呼ぶなんて信じらんない」
「お前が“彼ら”の味方なのはわかるが、リエリー。負傷者だって恐ろしい目に遭っているんだ。それに怪我もしている。強く当たるのは、筋違いだと思わないか?」
「知ったことか、そんなの。インピュアスの苦しみに比べたら、ちょっと血ぃ出たくらい、怪我のうちにも入らないよ」
顔を逸らし、吐き捨てるようにリエリーが言う。その朝陽に照らされた横顔はどこか寂しげで、年齢より幼く見えた。
そんなリエリーには見えないよう、アイコンタクトを交わしたのはマロカだった。
目配せの相手、ルヴリエイトの頷きを待って茶黒の巨躯が自然に立ち上がると、入れ替わるようにキッチンへ向かい、代わってルヴリエイトが浮遊しながらリエリーの傍へ近寄った。『ねぇ、エリーちゃん』とカウンターチェアに筐体を載せ、
『“彼ら”の苦しみは、アナタが誰より知ってる。身体的変化だけじゃない、ここの部分までね』
そう言って、機械の指がリエリーの心臓を指さす。
リエリーのユニーカ〈激情固定〉は、行使の対象の精神と一時的に同期する。その際、対象の感情と、時にその記憶まで垣間見えることがある。
それは荒波に生身で放り込まれるようなもので、ユニーカを使う度、リエリーは黒狼化した相手の激情と記憶――多くの場合、哀しみの記憶を目の当たりにしてきた。
黒き獣に身をやつしてしまうほどの、激情と共に。
『だから、アナタはレンジャーになったんでしょう? “彼ら”を誰より知るアナタが、レンジャーになったのは何のため?』
「……救うためだよ。みんなみんな、アタシが救ってやるんだ」
『じゃあ、その「みんな」には周りの人も入ってなきゃね。でしょ? 未来のエースさん』
明るく言って、ルヴリエイトがマニピュレータでリエリーの肩を叩く。ピクセルドットで表された目がキッチンを向き、フライパンを洗うマロカを映した。蛇口を捻り、食後の片付けをする姿は名のあるレンジャーというより、ごく普通の父親にしか見えない。
「ルー。洗剤が切れた。ストックはどこにあるんだっけ?」
『まったく、もう。いつも同じところに置いてあるのに』
ため息が聞こえてきそうな愚痴を漏らし、ルヴリエイトが席を離れる。リエリーはそちらには目をやらず、カウンターから離れた窓をぼんやりと見つめていた。知らず、「救えているのかな……」と口についていた。
『エリーちゃん、今日レイモンドさんのお手伝いじゃなかった?』
「あ! いっけね」
ルヴリエイトに言われ、リエリーはリビングの掛け時計を秒速で振り仰ぐ。寸分の狂いを知らない原子時計が、遅刻寸前の時刻を報せていた。
一家で何かと世話になっている老人――もとい、レイモンドはとにかく時間に厳しい。それを知っているからこそ、リエリーも時間には気をつけていたが、ついぼーっとしてしまった。
皿に残った朝食を掻きこみ、喉を通るのとほぼ同時にもう一つのユニーカを発動。リエリーの身体の周りを風の渦が包む。
「ユニフォーム取ってきて! 〈風陣来仁〉!」
『あ、こーら! ユニーカを使い魔にしない!』
「ロカ、あとはよろしく!」
同じ風の力で食器をマロカのほうへ投げつけ、小さなつむじ風の分身を寝室へ差し向ける。ルヴリエイトのお叱りが耳を掠めたが、いつも通り聞こえないフリをしておいた。
そうしてユニーカで取り寄せた茶黒いパーカー兼ユニフォームに素早く着がえ、部屋着はまたユニーカに運ばせる。
「じゃ、いってくる! 通報あったら呼んで!」
『連日の出動はいけませんっ!』
まさしく風のように慌ただしく玄関へ駆けるリエリーの背中へ、「リエリー、忘れているぞ」とマロカの声が飛んだ。
「おっとっと……。サンキュ!」
放物線を描いたティアドロップを、振り返ったリエリーが危なげなくキャッチ。颯爽と装着し、サムズアップを残してリエリーは〈ハレーラ〉のメインハッチをくぐった。
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