II.
レンジャーの仕事は、刑事か探偵に近い。
他のチームには理解されないが、少なくともリエリーはそう考えていた。
現場に残された、普通の救助活動なら見過ごしてしまうかもしれないような、わずかな断片。そのわずかなヒントが、時に生死の境を決定する。そのことを、リエリーは歳のわりに豊富な現場経験から知っていた。
「どこにいるんだ……? 出てこい……」
マロカの
今、リエリーが通過したウッドが豪奢なエントランスには、飾り付けのフルーツバスケットが置かれてあり、それら果物は明るい色の光の輪郭を持っていた。
「これは……。血……!」
リビングに踏みこんですぐ、嗅覚世界の空間が濁りを持った。感覚的にも重苦しさを感じたリエリーが探すまでもなく、視界のあちらこちらに青い光点が散る。
点々と散るそれら青白い点を追っていくと、リビングの片隅、カウチが青い水たまりに没していた。横たわった人の輪郭は弱々しい光に包まれている。
「ロカ!」
『見えている。息はあるが、傷が深い。早く連れ出さないと危険な状態だ。ルヴリエイト、照会できるか?』
リエリーの思考に直接響いてくる、マロカの声。嗅覚地図はマロカの感覚を拡張したもので、言ってみればリエリーがそれを覗き見しているようなもの。だからリエリーの見えているものはマロカにも見えるし、意思の疎通に通信機は必要ない。
それはマロカの額の円環を介して同じ光景を共有しているルヴリエイトも同じだ。
『アレシア・ダンバース、28歳。7ヶ月前にベンチャーキャピタリストのサリー・ダンバースと婚約してるわ』
『ということは……ターゲットは、サリーか』
素直に考えればそうなる。想い合っている両者の一方が染まってしまうのは、よくある
それが黒狼化――インピュアスの、もっとも哀しく残酷な事実だった。
『リエリー、引き上げるぞ。突入して負傷者を救出する。お前はいつものようにサポートを頼む』
嗅覚世界から色が引いていき、周囲の輪郭が薄れていく。実世界より時間の流れが緩やかとはいえ、刻々と負傷者に死の足音が近づいていることには変わりない。
なぜか肝心のターゲットの姿が見当たらず、つかんだ情報は少ないが、それでも救助が必要な人物の存在は確認できた。
リエリーたちレンジャーの使命は、命を救うこと。
そこに差し挟む疑念を持たないが、何かがリエリーの動物的な勘を擦ってくる。それはまるで、うなじを髪が擦るような、無視できないこそばゆさを伴っていて――。
――サリーを……たすけ、て……。
「――待って!」
実世界へ感覚が引き戻される直前、確かにリエリーの耳を弱々しい声が叩いていた。
それは明らかに幻ではなく、明確な意志を持ってリエリーへ伝えられたものだ。
どうやって声がリエリーに届けられたのか、〈ハレーラ〉のエンジン音が聴覚を満たしはじめてきたリエリーにもわからない。が、声は、間違いなくリエリーに助けを求めていた。
そしてその声の意図は、リエリーにもはっきりわかった。
「どうした、リエリー――」
「――サリーじゃない!」
押し被せるように直感を吐き、リエリーは今一度、闇に沈むペントハウスを見下ろす。あそこに負傷者とターゲット、そして――。
「インピュアスは、べつにいるっ!」
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