第68話 修羅と娘とヤマタノオロチ

降り立った宇宙船の中には様々な人種の人達が壁を作るように並んでいて、その真ん中にいたのはロボットアニメの制服のようなものを着た女性だった。


そんな彼女はなんだか日本人のように見える……というか、なぜかはわからないが、個人的に非常に親しみがおける感じの顔のつくりをしていた。



「そちらの男性は川島トンボ会頭に間違いないか?」


「まず……」


「一言喋ればわかる、声を出して頂きたい」



何か言おうとした姫の言葉を遮って、ロボットアニメの制服のような服を着たその女性はそう続けた。


先頭に立っていた姫は後ずさってこちらに来て、俺に「何か言われても絶対に約束はしないで」と耳打ちをした。



「そちらの男性、川島トンボ会頭に間違いないか?」


「あ、あのぅ……私は川島翔坊トンボと申しますが……会頭ってのは……」



そう答えると、相手の女性は手元のデバイスに目をやり……つぶやくようにこう言った。



「確認が取れた、まず間違いがないだろう……会頭だ」



その言葉と共に、周りの人間たちから一斉に「おおーっ!!」と歓声が上がった。



「えっ、何?」


「我々はあなたをずっと待っていたんですよ。お父さま」


「はっ? おとっ? お父さま?」



混乱する俺に、女の人は近寄り……そして抱きついた。


そして、また歓声が湧き、口笛が飛ぶ。


俺は今、混乱の極地に達していた。



「どゆこと?」



俺の後ろで、そう姫が漏らしたその言葉こそが、この時の俺が感じていた全てなのだった。






見知らぬ女性に突然抱きつかれ、混乱の極地にあった俺だったが……


その女性に、松戸という船の来客対応スペースまで連れて行かれてからも、それは全く収まる事はなかった。


そこで話された内容は、本当に俺の頭の理解力のキャパシティを軽く超えた、とんでもない物だったからだ。



「私の名前は川島桃子ピーチ、あなたの娘です」


「娘って……え……? え?」



そもそも娘ができるような事なんて、身に覚えもないわけだが……


そもそも彼女は、今二十一歳の俺の娘にしては大きすぎる。


そんな考えが頭を駆け巡り、言葉にならずに消えていく。


彼女はそんな俺に、心を落ち着かせるような優しい口調でこう尋ねた。



「今のお父さまは何歳ですか?」


「おとっ……お父さんじゃないけど……二十一です」


「ではお父さまは、最後に会った時から四百年分ほど巻き戻っていますね」


「えっ!? よ……四百ぅ!?」


「待ったトンボ、とりあえず聞こう」


「話進まないから」



マーズと姫にそう言われ、俺は大きく息を吸い込んだ。


俺だって人の事ならそう言ったかもしれないが、それが自分の事ともなれば、黙ってもいられないというのが正直なところだった。


本当に見ず知らずの女にこんな事を言われたのならば、ちょっとおかしい人なのかなと思うぐらいなのだが……


そう思って自己解決してしまえない事情が、今まさに目の前にあった。


目の前にいる川島桃子ピーチさんは、ぶっちゃけ母方の叔母さんに激似なのだ。


否応なしに血の繋がりを感じる見た目の相手にそう言われると、心当たりなんかなくても心は揺れるものだ。



「今のお父さまは信じられないかもしれませんが、あなたは元々は私達の川島ギルドの会頭だったんですよ。そしてそれを全て捨てて、今の自分に巻き戻ったんです」


「その、川島ギルドって何なの?」



俺の後ろから姫がそう尋ねると、桃子ピーチさんは今度はうちの母にそっくりな様子で苦笑しながらこう答えた。



「お父さまの交換スキルを軸にした、互助会のようなものでしょうか。お父さんと幹部の人たちは、宇宙海賊川島ギルドだなんて言っていましたけど」



彼女の口から出た言葉に、一気にこちら側の緊張が高まった。


なぜならば交換スキルというのは、まさにこの場にいる川島家の四人しか知らない事だからだ。



「お父さまは……川島トンボさまは、十度の試練を乗り越えた屈指の修羅人であり、川島ギルドの会頭で、二十兆人の民を養う、魍魎もうりょう王と呼ばれる王でもありました」



情報が多すぎて何が何だかわからないが、唯一聞き覚えのある言葉があった。


それは修羅人だ。


以前マーズたちが、この銀河は『修羅人の庭』だと言っていた。


自分がその修羅人なのだとしたら、一体彼女が語る自分というのは何をしてきた人物なんだろうか?



「その、修羅人というのは……?」


「あっ、少々お待ちを……」



彼女はそう言ってこめかみのあたりを右手の親指で押さえ、俺の質問は宙に浮いた。



「お父さまの右腕であった、ローディン副会頭に連絡が付きました。続きはおじさまも交えて……」



彼女がそう言うと、すぐに部屋の壁に映されたホログラフィに人の上半身が浮かび上がった。


そうして現れたのは、つややかな黒髪を全て後ろに撫でつけた、渋い微笑を称えた壮年の男だ。



『こちら川島ギルド、旗艦キングクーシー、艦長のローディンだ。どうした桃子ピーチ


「副会頭、こちら無事に会頭と合流しました」



ローディンと名乗ったその男は俺の顔を指差して、まるで少年のように破顔した。



『あ……? おおっ! ほんとにトンボじゃねぇか! お前宇宙そらに上がってきたって事は、地元チバは救えたのか!』


「え? え……?」


『そうか、そういや巻き戻ってんだったな。俺はローディンだ、お前の相棒にして、戦友にして……部下にして、友にして、おまけに義息でもある、そういう男だ』


「えっと……ローディンさん?」


『……おいっ! トンボ!』



突然画面の向こうから大きな声で凄まれて、俺は思わずビクッと身体を震わせた。



『俺をな、二度とさん付けで呼ぶな。敬語もいらん!』


「あ、はい……」



何か地雷があったのだろうか、まるでナポレオンのようなジャケットを羽織った彼は、不快そうにフンと鼻を鳴らした。



『まぁいい。話を進めるか。いいかトンボ、俺はな……巻き戻る前のお前に、こう頼まれた』


「は、はぁ……」


『もし全てが上手くいっていれば……俺はサイコドラゴンという宇宙船でもう一度宇宙に上がってくる』



彼の言葉に、胸がドキッとした。


俺は今まさに、サイコドラゴンで宇宙へと上がってきたからだ。


心臓をバクバク言わせている俺の前で、片眉を上げたローディンはこう続けた。



『そして、巻き戻った自分はきっと、頼りない小僧になっているだろう。だから、お前の方でよろしく引き回してやってくれとな』



なんだか、巻き戻る前の自分ってやつが信頼できるような気がしてきたな。



『他ならぬお前からの頼みだ。忙しい俺ではあるが、叶えるに苦しい所はない……とはいえ、何もかも忘れちまってるってんなら、まずは状況を知りたいってとこだろう? そっちのお仲間さんたちも』


「あ、はい。いや……うん」



そう、しどろもどろに返事をした俺とは違い、俺の後ろにいる三人は堂々としたものだった。



「ぜひ知りたいね」


「あたしたちこっちの銀河の出身じゃないから、一回星間ネットに繋がせてもらいたいかな」


「…………」



ローディンは「そうかそうか、今度の仲間ははぐれ者か」と大げさに頷いて、ポンと手を鳴らした。



『だが、ちと長くなる。桃子ピーチ、そっちの別嬪さんにはネットを手配して、他には酒でも出してやれ』


「いや、飲み物はこっちで用意するよ。ね、トンボ」


『あぁ?』


「おじさま。お父さまたちも、まずは信を得てからでなければ口にはなさらぬかと」


『トンボがこの俺を信用しないなんて事、ありえるのか?』


「全て忘れていらっしゃるのです」


『なぁ、ありえるかって。お前に言ってんだよ、トンボ』



ローディンは、なんだかおっかない顔でそう言うが……


俺からすれば、さっき会ったばかりの相手なのだ。



『ションベン漏らしながらヴァイプの炎の下を駆け回った事も、お前の孫の仇を取りに銀河警察ぎんけいの支部までカチコミに行った事も……エルフ共をだまくらかしてこのキングクーシーをぶん取った事も、本当に全部忘れたっつーのかよ』


「…………」


「おじさま、わかっていた事ではありませんか……」



桃子ピーチさんにそう言われたローディンは、なんだか不満そうに顎を擦りながら首を回し……


まぁ、しょうがねぇかと呟いた。


俺はなんとなく、気まずい気持ちにはなったのだが……


なぜだろうか、彼に関しては凄まれても不思議と怖いという気持ちにはならなかった。


ただ彼から伝わってくる、言い知れぬ寂しさのような物を、少し感じただけだ。



「ええと、ネット接続は……」


「こっちこっち。あたしユーリ。桃子ピーチさん、よろしくね」


「こちら公共回線のアクセスキーです」


「あんがと」



姫たちがそんなやり取りをしている間に、一応俺もみんなの前に飲み物を出しておく。


地球じもとで一番有名な、昔は薬としても飲まれていた清涼飲料水だ。



『それじゃあ、今なんでこうなってるのか、という経緯から話すぞ。事の始まりは、巻き戻る前のお前が、今のお前と同じぐらいの年の頃の話だ』


「うん」


『以前のお前は、サイタマという土地にヤマタノオロチってのが襲来して……そのままお前の地元のチバや国の首都を焼け野原にした、と言っていた……』



彼は昔話を思い出すかのように、視線を彷徨わせながらそう話し、その途中で「あっ」と声を上げた。



『そうだそうだ! 結局どうだったんだよ? おめぇの地元は守れたのかよ?』



ローディンはなんとなく気遣わしげな顔をして、俺にそう尋ねた。



「あ、まあ……一応……蛇は倒せました」


『おっ、そうかそうか! 守れたか! やったじゃねぇか! ……いやー、それは良かった!』



彼はまるで我が事かのようにそう喜び、本当に嬉しそうに笑った。



『お前はなぁ、昔っからずーっと地元を救いたいって言ってたんだよ。スキルで手に入れたっていうオモチャみてぇな船で宇宙に出てきて、帰る場所なんかないって言いながらも……ずっとそれを諦めてなかった』


「…………」


『妹はチェリーって言うんだろ? チェリーを東京の大学に呼んでればって、酔ったらそればっかり言ってたよ』



さっき彼は関東圏が壊滅したというような事を言っていたが……


たしかに妹の千恵理チェリーが千葉に残ったままで、あの蛇があのまま千葉へと進んでいれば、そういう後悔をする事もあったのかもしれない。



『時間を巻き戻す方法ってのを知ってからは、それ一直線でよ。何百年もかけて準備をして、積み上げたものを全部投げ捨てて、俺達との記憶を失ってまで、お前は時間を巻き戻したんだ』


「覚悟はしていた事ですが……お父さんがいなくなった事によって川島ギルドの支配領域は三分の一にまで縮み、民もだいぶんバラけてしまいました」


桃子ピーチ、そんなこたぁいいじゃねぇか! 男が夢を叶えたんだぜ?』



なんかそう言われると、なんとなく尻の座りが悪いような気もしてきた。



『まぁ魍魎もうりょう王のトンボ様が消えて、もう四十年経つからなぁ……後を継いだお前の息子の美張ビーバーも頑張ってたけどよ、所詮徒人ただびとが修羅人の後を継ごうなんてのは無理があったのさ』


「え? 息子? 徒人? ちょっと待った、情報が多くて……」


『あー、話がとっ散らかったな。とにかく四百年前、故郷を焼かれたお前は修羅人になって修羅道にやって来たわけだが……何だよ?』



俺は通話画面の向こうのローディンに手を上げて、なんとか話を押し留めた。



「その、さっきから話に出てくる修羅人ってのは、結局何なの?」


『そりゃあ……読んで字の如く、修羅として生きる人間だよ。立ちふさがる者全てをぶっ殺してでも、どうしても欲しいものがある連中、単純に人をぶっ殺すのが大好きな連中、そういう奴らが修羅道って異世界に引き込まれて殺し合い、その生き残りが修羅人になんだよ』


「はぁ……い、異世界?」


『ま、修羅道ってのはよ、誰かが作った俺達修羅人の修練場みたいなもんだ。修羅人は修羅道にて他の修羅人をぶっ殺し、力をつけてまた修羅道を抜けるのさ。お前はゲームになぞらえてレベルアップとか言ってたっけな』



たしかに、聞いていてもなんとなくゲームっぽい感じはする。


修羅道というのも、勝ち抜き式の戦争ゲームのようなものにしか思えない。



『そんでまた修羅人は修羅道へ行って殺し合いをして、どんどん強くなるわけだ。だがまぁその過程でだいたいの奴がおっ死ぬ、これが大多数の修羅人の一生なわけだが……そんな中、十回も修羅道に入って抜けたとんでもねぇ男がいる。誰だと思う?』


「え? ローディン……の事?」


『お前だよお前、川島トンボだ』



そういえば、さっき桃子さんがチラッとそんなような事を言っていたような……



『とにかく、四百年前宇宙に出てきたお前は、ひょんな事から修羅たる資格を得たわけだ。そしてお前は泣けるほど強い修羅人どもを殺して殺して殺して、宇宙を捻じ曲げるぐらいの力を手に入れた。そんで四十年前にそれを全部注ぎ込んで、故郷を救うために時間を巻き戻したんだよ』


「……その、疑問があるんだけど」


『なんだ?』


「時間が巻き戻ったなら、ローディンたちがその事を覚えてるのはおかしくない?」


『そりゃあお前が巻き戻せたのが、故郷の星のある惑星系だけだったからだろ。いくら極まった修羅人と言えども、全宇宙を思いのままにできるわけじゃないからな』


「な、なるほど……」



もしかして、俺が子供の頃に話題になったっていう、一夜にして星座の位置が変わっていた『地球大移動』なんていう定番オカルトネタは、俺が生み出してたかもって事か?

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