第69話 使徒と娘とヴァイパイフォプス
『と、まぁだいぶ大雑把にはなったが、それがこれまでのお前の話だ。何か質問あるか? ま、ないわきゃあないと思うが……お前が帰ってきたとなりゃあ、連絡を入れなきゃならん奴らも色々いる。悪いが二、三個ぐらいにしてくれや』
俺が後ろを振り返ると、すでにマーズと姫とシエラはすぐ近くに来ていた。
「まず、相手がトンボに何をさせたいのかってのを聞いといたほうがいいと思うよ」
「それには姫も賛成。条件を提示してもらわないと対策も立てられない」
「あと川島ギルドの事も、もうちょっと詳しく聞いてみようか?」
「いいね、それでいこう」
シエラは顔を近づけてフンフンと鼻を鳴らしていただけだが、とにかく話は纏まった。
「あのっ!」
『いいぞ。何でも聞け、トンボ』
「ローディンたちは、俺に何をさせたいの?」
『あ? 別に、何も』
「えっ? 何も?」
『だって、俺はお前に巻き戻った後に帰ってきたらよろしくって言われてただけだしな。そっちの
「お、俺の言いつけ?……って何?」
「戻る時はサイコドラゴンという宇宙戦に乗って戻ると、お父さんが言ってました。事前に取り決めてあったビーコンの信号が先日からこのあたりに出ていたので、艦隊に探させていたというわけです」
「はあっ?」
「今日お父さまたちと生物兵器との交戦があった事で、詳しい位置がわかってこうして迎えに来られたのです」
「む、迎えに来たあとって、俺はどうしろとか言ってなかった?」
「いえ。別に、何も」
なんだか混乱する俺の背中を、ポンポンとマーズの肉球が叩く。
「トンボ、もしかして
「あ、なるほど。そういう考えもあるのか」
『どうしたよ』
「いやっ、そのぅ……
『売ってくれたぁ?』
「うん、故郷を襲った大蛇の素材と引き換えに売ってくれたんだけど……」
よく考えたら、サイコドラゴンが俺の手元に来る事が、最初から決まっていた事のだとしたら……
蛇と戦う前に手に入っていないと、色々と辻褄が合わない気もするんだよな。
『それ、相手はヒッチ家のティタか?』
「家名はわからないけど、たしかにティタって名乗ってた」
『そりゃあお前、
そう言いながら、ローディンはガハハと豪快に笑った。
使徒ときたか……たしかに、あなたのティタなんて言ってたっけな。
でも俺は神様になった覚えもないし、記憶にない相手から試される方はたまったもんじゃない。
しかしそうか、あのおっかない商会は、やっぱり俺と因縁があったって事か……
『そういやトンボ、今度のお前はなんで宇宙に出てきたんだ? お前お得意のアニメの真似事か?』
この人の中の川島トンボ像ってのは一体どういうものなんだろうか?
とはいえ、自分にそういう部分がないと言ってしまえばそれは嘘になるだろう。
俺は斜め後ろに立っているマーズに手を向け、彼にこう話した。
「実はさ、このマーズの地元が二つ隣の銀河にあって、どうしてもそこまで送っていってあげたいんだよね」
『なるほどなぁ。さしずめ、仮死状態のそいつが二つ隣の銀河から、交換スキル経由で送られてきたってとこか? そんで姿を見て同情して助けた、そんなとこだろう』
「えっ」
なんか……本当にこの人、俺の相棒なのかもしれないという感じがしてきた。
俺に対する理解度が高すぎる気がする。
『そんなもんをわざわざ助けちまうのも、お前らしいっちゃお前らしいが……今は無理だな』
「いや、それはもちろん、サイコドラゴンで行こうってわけじゃなく。ちゃんとでっかい船を作ってからって話になってて……」
『そうじゃない。おい
ローディンはそう言って、手元のグラスの中身を飲み干す。
彼に指示をされた
『今表示されている領域を、デイラン地方という。だいたいこの銀河の八分の一程度のデカさの地方なんだが……今ここは周りの地方から攻められてる最中なんだよ。それがどうにもならない限り隣の銀河どころか、観光旅行にも行けねぇ』
「え? それって何で?」
俺が尋ねると、ローディンは渋面を作りながら顎を搔いた。
『デイランにはヴァイパイフォプスっていうとんでもねぇエルフの修羅人がいてな。そいつが全方向に向けて喧嘩を売りまくったせいだよ。包囲されてるのもそいつ狙いでよぉ、うちを含めた他の連中はとばっちりなんだよ』
「でもさすがにその人も、包囲されるような数には勝てないんじゃないの?」
『わかんねぇ、ヴァイプは半端じゃねぇからな。デイランの勢力含め、周りは全部あいつの敵だっつーのにこれまで誰にも負けてねぇ。逆に負けた修羅人は全員ぶっ殺されて、その領域の現生人類から下位世界線の人間まで全部奴隷にされてんだ、最悪だよあいつは』
そう言いながらも、ローディンはなんだか楽しそうに笑った。
『デイランの中でも、手ぇ組んでヴァイプを倒そうって動きもあるが……まぁ凡百の修羅人が何人集まったって勝てねぇだろうな』
「そんなに強いの?」
『天下の魍魎王様だって、ヴァイプ本人とは真正面からやり合わなかったぐれぇだよ。まぁでも、修羅人の強さってのは単純なもんじゃねぇからな。上手くやれば案外あっさりと勝てるかもしれん』
彼は肩をすくめてそう言い、笑顔でこう続けた。
『つーわけで、近々でっけぇ戦があるかもしれねぇが……まぁなるようになる。お前はもう修羅人じゃないんだ、どっか隠れてな」
つまり、それが収まるまでは大人しくしていろという事だ。
「ちなみに、どんぐらいかかりそう?」
『まぁ百年も見ときゃいいんじゃねぇのか?』
「ひゃ、百年……」
時間間隔が違いすぎる……
そんな事を考えていた俺の背中を、肉球がポンポンとタップした。
あ、そっか、他にも聞いとかなきゃいけない事があったな。
「あ、あと……もう一個質問いい?」
『言ってみな』
「川島ギルドって、結局どういう集まりなの?」
『えっ? なんだろうなぁ……』
俺がそう聞くと、ローディンは視線を上にあげ……
右手の人差し指と中指で、コンコンと自分の顎を叩きながら考え込んだ。
『うーん……互助組織……いや、はみ出しもの……有象無象の集まり所帯……あ、そうそう! お前がよく、こう言ってたっけ』
「俺が?」
『そうだ。宇宙海賊川島ギルドってな』
彼はそう言って、なんとも上機嫌そうに笑ったのだった。
結局ローディンとは「そのうち会いに来い」と言われ、通信コードの交換をして通話は終わった。
後に残されたのは混乱した俺たちと、なんだか嬉しそうな顔をした桃子さんだけだ。
「それで……お父さまたちは、これからどうされますか?」
「えっと……」
「一旦星に帰りたいんだけど」
マーズのその言葉に、彼女はニッコリと頷いた。
「ではそのようになさってください。何かあれば、おじさまと同じくいつでもご連絡を」
どうやら、桃子さん側にこちらを拘束するつもりは一切ないようで、あっさりと離艦許可が出た。
彼女からすれば、本当に言われていたから迎えに来た、という以外の意図はないんだろう。
どっと疲れた身体をなんとか動かし……
俺達はサイコドラゴンへと戻ってきた。
相手に引き止める意図がない以上、出られるうちにさっさと出てしまった方がいい。
なのでこの船から繋がっている姫のネットでの調べ物が終わり次第、出発する事に決まったのだが……
戦闘やら会見やらで身も心もクタクタの俺たちはとても座っていられず、艦橋の床に行儀悪く寝転がって、クリスマス用に買い込んだ料理をパクついていた。
「ていうか、どうしよっか? 宇宙船ができてもマーズの故郷にすぐには行けなさそうだけど……」
「いやいや、それより近くのヤバいやつが連合軍と戦争中ってのが問題じゃない? トンボの星も巻き込まれかねないんじゃないの」
「いやなんか、正直話がデカくて現実感なくてさ……めちゃくちゃ強いエルフがいる言われてもって感じで……」
「エルフ、怖いやつら」
「まぁ、長生きな人たちだもんね……」
有名な専門店のフライドチキンを食べながらそんな事を話していると、ずっと腕を組んで黙っていた姫が「うん」と声を上げた。
「だいたいわかった」
「え?」
「ざっと調べ終わったから、とりあえず船出すね。そろそろ帰らないと、カワシマ・ワンの方も心配だし」
と、言うが早いか、寝転んだ俺達を乗せたサイコドラゴンは動き出した。
行きに入ってきたハッチは開かず、小さい通路のようなものへと誘導されているようだ。
船はペカペカと光る誘導灯を辿り、至極あっさりと次元潜航艇松戸の外へと出た。
多分行きに使ったハッチは、本来はもっと大きな船を入れるために使うものだったんだろうな。
「おっ、通信」
「松戸から?」
「そうみたい」
『こちら川島ギルド所属、千葉級二番艦、松戸。サイコドラゴンのご安航を祈る』
「こちら川島総合通商、サイコドラゴン。感謝する、こちらも貴艦のご安航を祈る」
通信が切れ、艦橋の照明が緑色に変わった。
全速力の戦闘機動で、サイコドラゴンが地球に向けて飛び始めると……
姫は張り詰めていた空気をようやく緩め、ふうっと大きなため息をついた。
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