第67話 松戸と姫と艦砲射撃
『取り付かれたっ! 艦載機は囮だったんだ!』
「撃って……って、ビームライフルが動かないっ!」
「射撃権限が船にあるんだ!」
「姫っ!」
『……やば……シス……侵……入……キング……ンボ……出……』
急に、姫からの通信がおかしくなった。
背中から急に汗が吹き出し、ヤバい予感が尻から頭の先までを駆け抜けた。
俺はサードアイの両手のライフルを投げ捨て、腰にあるビームソードの発生装置を掴んだ。
「二人とも!! 捕まってて!」
そう叫びながら、サードアイは黒い脚に向かって突っ込み……
振り抜いたビームソードは、空を切った。
何を感じ取ったのだろうか、蜘蛛は切られる寸前に脚を外へと引き抜いたのだ。
「かわされたっ!」
「どうする!? トンボッ!」
「打って出るしかない! こいつ絶対にヤバい!」
『……そ……ちゃ……ダ……砲撃……』
俺はそのまま後部ハッチの縁に手をかけ、サイコドラゴンの上に身体を出そうとした……
その瞬間俺の太ももに、シエラの爪が深く突き刺さった。
「いでっ!!」
思考操作で動くサードアイの身体が一瞬止まり、全周囲ディスプレイを白く塗りつぶす光と共に轟音が響いた。
「何すんのさ! シエラ!」
「なんか、危ないと思った」
生命維持装置が簡易バリアを張っているといえど、内側から攻撃されれば意味などない。
俺の太ももには赤い血が滲んでいた。
「えっ? あれ? これ、どうなってんの?」
ディスプレイは白く焼け付いたままで、その上に真っ赤な警告表示が大量に表示され、警告音が鳴り響いている。
『……ンボ……トンボッ! 出ちゃ駄目! 新手が来た! 戻って!』
「えっ? 新手ぇ!?」
「あーっ! トンボ! サードアイの頭がなくなってるって!」
「頭っ!?」
『いいから戻って!』
俺は姫に急かされるまま、外の様子も見えないサードアイをなんとか操作し、さっきと逆の動きを行った。
つまり、サイコドラゴンの後部ハッチの中に入るように動いたのだ。
『ハッチ閉めるよ!』
姫のその言葉と同時に、ガゴン! と音がした。
「姫! どうなったの!?」
『艦橋に戻ってきて……』
何がなんだかわからないが、とにかく戻った方がいいなら戻ろう。
そう考えてサードアイのコックピットハッチを開くと、俺はそのままコックピットの左側の壁に
生命維持装置に守られて怪我こそなかったが、本気でびっくりした俺はなんとか外へと這い出し……
状況を理解したのだった。
「あー」
「トンボ、今は艦橋に行かなきゃ!」
マーズに手を引かれながら、俺はもう一度だけサードアイの方を振り返った。
サイコドラゴンのカーゴエリアに力なく横たわったサードアイは、首の根元から上を焼き切られていたのだ。
もう少し身体を上に出していれば、コックピットもなくなっていただろう。
そう考えそうになった俺は、今だけはその考えに蓋をして、艦橋へと走った。
恐怖に追いつかれないよう、なるべく早く、必死に走った。
戻ってきた艦橋では、姫が困った顔でこちらを振り返っていた。
「ど、どうなった!?」
「まずあの蜘蛛は太陽系の外に飛んで逃げた」
「うん」
「そんで逃げた原因は、突然やって来たあの艦隊が砲撃して助けてくれたから」
姫が指差した前部モニターには、見るからにデカい砲塔が船体中についた重武装の宇宙船が、四隻で艦隊を組んで映っていた。
「うん」
「あの船からね、通信が来てるの」
「うん」
「開くね」
姫がそう言うと、艦橋に通信の音が流れだした。
『……こちらは川島ギルド所属、ユーリカ93。貴船はサイコドラゴンであるか? 繰り返す、こちらは川島……』
「うん?」
川島? サイコドラゴン?
見知らぬ船からいきなり出てきたその言葉に、思わずブリッジにいる全員で顔を見合わせた。
『川島ギルド所属、ユーリカ93。貴船はサイコドラゴンであるか?』
「こ、これ……話して大丈夫なやつ?」
「助けてもらったわけだし、仁義的にも通信開かないと海賊と間違えられかねないね」
まぁうちは海賊船なわけだけど、本当に海賊なわけではないからな。
「じゃあ、通信しよっか」
「了解……こちらは川島総合通商、サイコドラゴン。ユーリカ93の救援に感謝する、こちらに敵対の意志はない」
『……サイコドラゴン、確認したい。そちらに川島トンボ会頭はおられるのか?』
「…………」
なぜか出てきた俺の名前に、再び全員で顔を見合わせるが……
この場合、沈黙が答えになってしまったのだろう。
どうも相手は確信を持ってしまったようだった。
『……サイコドラゴン、誓って危害は加えない。近くに上役の船がいる、呼び寄せるのでしばし待って頂けるか?』
「ユーリカ93は当船について、何か知っておられるのか?」
『それは私の権限では答えられないが……慌てる事はない、すぐに来る』
「どういう事だよ……」
なんだか有無を言わせない感じで話が進んでしまったな。
とはいえ、待たされている間に、姫は情報収集をしてみる事にしたようだ。
「ユーリカ93、先程は救援して頂き助かった。あの蜘蛛の怪物は一体何だったのか知っておられるか? ハッキングされ、船を乗っ取られそうになったのだが……」
『あれはトルキイバの獣と呼ばれる、自己進化を繰り返す人造兵器群の一つだ』
「トルキイバ……? そういう勢力がいるのか?」
『奴らの心臓部にトルキイバ工廠と刻印があるそうだが、そういう勢力があるわけではない。恐らく下の世界からの尖兵だろう』
「ユーリカ93、他に注意することはあるか?」
『奴らはあらゆる機械を乗っ取る能力を持ち、自らの宿主として単独行動をする宇宙船を狙う。そして奴らは、レーダーを打たれた方向に獲物がいる事を知っている。こういう寂れた宙域では狙い撃ちにされかねない、次からは接近される前に大火力を投射されたし』
「ユーリカ93、情報を感謝する。それと……」
『……サイコドラゴン、どうやら上役の船が来たようだ。続きはそちらで』
俺はそんな姫と相手との会話を、太ももを消毒してでっかい絆創膏を貼りながら聞いていた。
そしてすぐに来る、と言った相手方の言葉の通り、上役とやらの船は数分もしないうちにやってきたようだった。
それも、遠くから近づいてきたのではなく、さっきまで何もなかった場所から……
サイコドラゴンの数百倍はありそうな、とんでもなく巨大な船がぬうっと姿を表したのだ。
「うわぁ……次元潜航艦だぁ……」
「え? それって凄いの?」
「バカみたいな高出力ジェネレーターが必要な代わりに、次元の狭間にある高速通路が使えるって船だよ」
「え? それって強いの?」
「こんだけ近くにいたら、主砲の余波だけでこの船はバラバラになっちゃうね」
とにかく、相手はとんでもない船らしい。
そんな船は腹にあるサイコドラゴンが百機は入りそうなハッチを開いて、そこをペカペカと光らせていた。
『こちら川島ギルド所属、千葉級二番艦、
「……あーっ、返事してないのにトラクタービーム撃たれた」
「まぁどっちにしろ逃げらんないよね……」
逃げたところで主砲を撃たれれば終わりだろうし、だいたい小舟と言ってもいいサイコドラゴンで、ワープみたいなものを使える船から逃げ切れるわけがないのだ。
「でもさぁ、ちょっとでいいから考える時間が欲しいよねぇ……なんで相手はトンボの名前知ってたんだろうね?」
「サイコドラゴンって名前も相手から出て来てるわけだし、やっぱ
なんだか物凄くローカル臭がする名前の船に引き寄せられながらも、姫とマーズはそう話しているが……
それには俺も完全同意だった。
「いきなり撃墜してこなかったから、悪い話じゃないと思いたいけど……」
「悪い話だったら?」
「トンボが前世で何かやらかしてて、見せしめに殺されたりするんじゃない?」
「うわぁ……それ、すっごいやだなぁ……」
マーズに脅された俺が頭を抱えていると、隣からポンポンと柔らかいもので横腹を叩かれた。
そちらに目を向けると、ピンとモフモフの胸を張ったシエラが、ムフーと鼻息を漏らしていた。
「大丈夫、シエラが守る」
「そういえば、さっきも守ってくれたんだよね、ありがとう……でもさ、いざとなったら死ぬのは俺だけでいいからね」
ぶっちゃけ現実感がなさすぎて、もうそこまで恐怖を感じていなかった俺は……
そう言いながらシエラの頭を撫でたのだった。
そうこうしているうちに、サイコドラゴンはでっかい船の腹の中に飲み込まれ、向こう側から下船OKのサインが出た。
「一応武装、は置いてくか……刺激したら即撃ち殺されちゃいそうだし、たいした武器もないしね。トンボは汎用翻訳機と生命維持装置だけつけといて。まぁ、いざとなったらトンボのジャンクヤードにも色々入ってるから、気だけは楽だね」
マーズはそう言って、腕につけていた輪っかを自分の席に置いた。
「シエラ、ショックバトンは置いてきな」
「武器、大事」
小さな指をピンと立てながら彼女はそう言うが、ショックバトンぐらいで勝てる相手ではないだろう。
「じゃあ俺が預かっとくから」
俺がそう詭弁を弄すると、シエラは素直に「じゃ、預ける」と言って俺に腕輪を渡してくれた。
そうして各自装備の最終確認を終えると、船から降りる前に姫による最終ブリーフィングがあった。
「トンボ、とりあえず向こうとはまず姫が交渉してみるからね」
「……お願いします」
「シエラも、姫かトンボが許可出すまで戦ったりしちゃ駄目だよ」
姫はそう言うが、シエラはチラッと俺の方を見るだけだ。
「シエラ、姫の言う通りにね」
「わかった」
「とにかく今からハッチ開けるけど……出た瞬間撃たれる可能性もあるから、最初は全員通路に隠れてて」
「外は見えないの?」
「一応銃は構えてないみたいだけど、欺瞞映像の可能性もある。ネットワークが完全遮断されてるから、今映ってる映像は信用しない。姫から出るから」
「いや、姫がいなくなったら全滅の可能性大だから、僕が出るよ」
そう言って、マーズは一人ハッチの前に立った。
「わかった、まーちゃんお願い」
「ま、副船長だからね……」
そう言って、マーズは音もなく開いたハッチから一人降りていき、後ろ手でこちらを招いた。
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