第66話 怪物と姫と幽霊船
「あれ、船?」
「船は船だけど、やっぱ廃船じゃない?」
前部モニターに映されたその
全長五十メートルあるサイコドラゴンの十倍はありそうな巨体を持つその船は、土手っ腹には大穴が空いた状態で、艦橋も半分吹っ飛んでいて、どこからどう見ても人が乗っているようには思えない。
無人船というよりは幽霊船と言ったほうがしっくりと来る、そういう感じの船だった。
「一応、通信は入れてみるね」
「じゃあステルス切るわ。さすがに
姫がそう言うと、前部モニターの右下にあった閉じられた目のマークが、開かれた目のマークに変更された。
「えーっと照会信号は多分どこの銀河でも同じでしょ。えー、本船は川島総合通商所属、サイコドラゴン、貴船の所属を問う。……っと」
「返事なし……」
「まぁそりゃそうだよね」
「ん……? あれ? これ……」
「どしたの姫?」
マーズが一番前の姫の席を覗き込むので、俺も立ち上がって覗き込もうとすると……
急に船の照明が緑色に変わり、前部モニターに剣のマークが表示された。
「廃船が進路変更! 近づいてきてる! あっちはこっちを認識してる!」
「えっ!」
サイコドラゴンが謎の船を迂回して向こう側に回ろうとすると、たしかに相手はこちらに向けて進路を変更し、全く速度を落とさないまま追いかけてきていた。
「問いかけに返事ないからスキャンするよ」
マーズが何かを操作すると、モニターに映る船の右上あたりにプログレスバーが表示され、数秒で消えた。
「どうなってんの? 幽霊船って事?」
「マジでそうかも、生態反応一切なし、ていうか熱源もほぼなし!」
「艦載AIの暴走かなぁ……?」
「今どきそんな事ある? ……ってヤバい! あっちのジェネレーター起動! 相手が砲門開いた!」
「全速回避!」
姫がそう叫んだ瞬間、相手の船からチカっと何かが光った。
「もしかして、ビームかなんか撃たれてんの!?」
「撃たれまくってるよ!」
「艦長っ! 主砲使用時の戦闘モード維持可能時間は十八分! 反撃許可は!?」
「許可します!」
「っしゃあ! くたばれ幽霊船っ!」
言うが速いか、姫の操るサイコドラゴンは、幽霊船とのすれ違いざまに主砲を打ち込んだ。
巨大な幽霊船の腹下から目を焼くような光と炎が噴き出し、すぐに消える。
もともと沈んでるような状態の船だから、効いてるのかどうかもわかんないな。
モニターの視界がグワングワン回り、その片隅にぱっと光が咲いては消える。
全く目では追えない戦いだけど、なんとなくあんまりこちらの攻撃が効いてなさそうな感じだけが伝わってくる。
それでもなんとか状況を掴もうと目を凝らしていると、右斜め前に座っているシエラが、前部のモニターに指を差してるのが横目に見えた。
「んー、あそこ、乗ってる?」
「え? 何? シエラ?」
「あれ、蜘蛛?」
「え? 蜘蛛!? どれ? どこどこ?」
ああ、あのモニターがもっと近くにあればな……
と、俺がそう思った瞬間、俺の手元に透明なタブレットのようなサイズのホログラフィが現れた。
「あ、これって思考操作ってやつか!」
俺は現れたそのホログラフィを両手で掴むようにして、シエラの元へと持っていく。
「シエラ、これに映ってる?」
「ここ」
そう言って、シエラが投影画面にずぶりと指を突き刺した先。
幽霊船の艦橋付近には、ただ漆黒だけがあるように見えた。
「拡大できないのかな?」
とぼやくが早いか、思考操作が働いたのか画面はどんどんズームされていく。
そして、その先にいたのは……
なるほどたしかに蜘蛛だった。
「げえっ」
それも、巨大で……漆黒で……いっそ美しくすらある、異形の蜘蛛だ。
ステルス機能でもあるのか、モニターの向こうでチリチリと揺らめくその蜘蛛は、本来蜘蛛の頭がある部分に、人の身体を生やした姿をしていた。
何かのゲームで見た事があったそれは、まさしく蜘蛛と人が混ざりあった
「姫っ! 艦橋の上になんかヤバいのがいるよっ!」
「見てる見てる。ああいう宇宙生物ってのは聞いたことないけど、もしかしたらアレがあの幽霊船を動かしてるのかも……」
「姫! 発熱感知! 対象多数!」
「誘導弾だぁ!!」
アラクネが乗った巨大な幽霊船の船体中から何かが発射され、モニターがそれを赤色にマーキングする。
次々にこちらへ迫りくるそれを曲芸のように避け続け、姫の操るサイコドラゴンはまたも幽霊船に主砲を叩き込んだ。
しかし、今度は壊れ切っていた場所に当たったのだろうか、爆炎すらも上がらない。
こちら側の攻撃は当たっているのだが、どうしても決め手に欠けているように思われた。
「姫、やっぱさっきの蜘蛛に当てなきゃ意味ないんじゃない?」
「やっぱそう?」
「トンボがやってるゲームだったら、絶対あの蜘蛛が本体だね」
「じゃあ、あれ狙おっか!」
視界はぐるぐると回りながら、さっき蜘蛛がいた幽霊船の艦橋に向けて動いていく。
艦首から主砲を撃ちまくりながら、サイコドラゴンが幽霊船の艦橋の上部に迫る。
そこにはやはり、漆黒の脚を船に食い込ませた異形の蜘蛛が鎮座していた。
そして、サイコドラゴンの主砲がそれを貫こうかというその時……
俺の座っている席の背後、後部モニターの方向から、けたたましい電子音が響いた。
「ロックオンされてる! 全力回避!」
ぐわんと景色が高速で流れ、ビームの発射光だけが網膜に小さく焼き付き、残像として残った。
「新手ぇ!?」
「新手っつーか……艦載機だよこれ!」
「あちゃー……空母だったのかぁ」
背部カメラが捉えたのは、グレーにオレンジ色のラインが引かれたボディの、
それが……何十機も集まって群れを成しているところだった。
「あんなにいるの!?」
「トンボ! まーちゃん! ちょっといい!?」
「はいはいっ!」
「砲門が足りない!
「了解ぃ。トンボ、行くよ」
「アイアイ!」
凄まじい機動戦の最中でも全く揺れない艦橋から出ると、壁面にカーゴエリアに向けての矢印が表示されていた。
幽霊船に比べりゃ小さな船だけど、視野が狭まる非常事態の中、案内があるのはありがたい。
俺とマーズは矢印に沿って、とにかく走った。
「忙しかったけど、サードアイの修理しといて良かったね」
「ほんとだよ」
「ほんと」
俺達を追ってきたのか、後ろからはシエラもついてきていた。
「シエラは艦橋で待っててもいいんだよ?」
「トンボ、危ない」
「いや、こればっかりはほんとに危ないからなぁ……」
息が上がる前に辿り着いたカーゴエリアは、外から見るより遥かにデカく見え、サードアイを直立状態で出せるぐらいの天井高もあった。
これも空間拡張技術ってやつのお陰なんだろうか?
「ここが外から見るより広いのってやっぱ宇宙技術なの?」
「この船全部が宇宙技術だよ、いいから早く乗って!」
マーズに急かされながら、膝立ち状態で取り出したサードアイのコックピットによじ登る。
そして操縦席に腰を下ろし、ハッチを閉めると……
顔の前に薄緑色のホログラフィが表示され、そこに文字が流れた。
『起動シークエンス開始、母艦との接続を確認、射撃統制システムを使用します』
前とは違って、今度は母艦であるサイコドラゴンの支援が受けられるようだ。
サードアイの右手にライフルを持たせ、後部ハッチに向けて歩き出すと、コックピットに姫の声が響いた。
『トンボ、ライフルは両手に持たせて』
「あ、そっか」
「今回は固定砲台だからね」
『こっちでロックオンから射撃までやるから、権限を明け渡して!』
「オッケー」
マーズが俺の膝の上でタブレットを操作する中、俺はサードアイを後部ハッチに近づける。
『いい、トンボ? 今からハッチを開けるけど、絶対操縦席から出ないでよ!』
「出ないよ!」
そう答えた瞬間、ガゴンと音がしてカーゴエリアの艦橋側に隔壁が降りた。
そして後部ハッチが開かれ、その先には漆黒の宇宙が待っていたのだった。
「なんっにも見えないよ?」
「僕らナチュラルだからねぇ……機械化もしてないし神経も視覚も強化してないし、しょうがないよ」
マーズはなんだか、いっそ気楽そうにそう言った。
「当然こんな状態じゃ高速戦闘にはついてけないからさ、これよりもっと新しい戦闘ロボは神経接続必須なんだよね」
「たしかに、こんな状況じゃ戦いにはついていけないね」
そんな話をしていると、全周囲ディスプレイの俺の視点の先に文字が表示され、敵のものであろう爆炎の光がチカっと煌めいた。
文字はどんどん上に追加されていき、そのたびに光が煌めく。
光に眩む目を凝らして文字を読むと、どうやら『ビームライフル発射』というログが表示されているだけらしい。
「撃ちまくってるみたいだけど、敵ってどっかに見えた?」
「見えない見えない」
「シエラはちょっと見えたぞっ」
彼女はそう言いながら俺の膝の上で手を挙げるが……
グルングルンと超高速で視界が回り続け、太陽か幽霊船かが見えない時は方向すらわからない戦場においては、正直敵の姿が見えたからどうなのだという感じもある。
もう、この超高速戦闘はそういう次元を超えている感じがする。
……なんか、想像してた宇宙戦争とは全く違うなぁ。
見えた瞬間には敵が爆散しているというビームの撃ち合いは、なんとも心躍らないものだった。
「これって、なんでこっちが撃ち勝ててるんだろ?」
「そりゃ姫が敵の動き全部把握して動いてるからでしょ? あのタイプの義体、マジですんごい計算能力なんだから」
「ビームって見てから避けれるんだ」
「まぁ結局そこも計算能力が物を言う世界にはなってくるんだけどね。やっぱハイエンド義体のスペックってとんでもないんだよ」
『義体が凄いんじゃなくて、使いこなしてる姫が凄いんでしょ!』
そんな話をしながらも、姫が操るサイコドラゴンとサードアイはガンガン敵を撃墜していく。
俺の目の間に表示されているログも、だんだん追加される感覚が空いてきた。
どうやら雲霞の如くいたように見えた戦闘機も、もう残り僅かとなっているようだ。
『よし! あと三、二……ゼロ! 残りは蜘蛛だけ!』
「はぁーっ……一時はどうなる事かと思ったよ……」
「船乗り的にはどれぐらいの危機?」
「荷物諦めるレベル」
「え? それってどれぐらい?」
なんて、気の抜けた会話をしていたのがいけなかったのだろうか。
俺達は、宇宙の漆黒の闇に紛れて来る物を、見落としていたのだ。
『幽霊船、ジェネレーター停止。あとは蜘蛛を……って、いない!?』
「トンボッ! 撃って! 眼の前!」
「えっ?」
俺が間抜けにもそう聞き返した瞬間、ガッシャアン!! という轟音と共に、サイコドラゴンが揺れた。
その震源は、後部ハッチからこちらへ突き出した……
真っ黒で、艷やかで、とんでもなく巨大な蜘蛛の脚だった。
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