第26話 ふりかけと猫と化粧水

24年1月16日より、Ver.1を削除してVer.2への更新を行っております。

2月9日に発売される書籍版第01巻の続きはVer.2準拠で更新していきます。

書籍には書き下ろしが沢山載っておりますので、どうかよろしくお願い致します。






----------







自衛隊との交渉が前向きに片付き、晴れて自由の身になった俺達はまた地の底にいた。


場所は東京第四ダンジョンの第一中継地点Aベースである、地下湖前広場の壁際。


トイレも休憩所も灰皿も用意して準備万端なのだが……


知り合いがいないせいか、パワードスーツを着込んで黄色い布を巻いた姿が異様すぎるせいか、未だ一人も客は近づいて来ていなかった。



「暇だね」


東三とうさんだって最初はこんなんだったでしょ? 我慢我慢」



新作ソーシャルゲームのガチャを回すマーズの耳をじっと見ていると「あっ!」という声が聞こえた。


顔を上げると、金拵えの刀を腰に二本差しした冒険者がこちらに駆け寄ってくるところが見えた。


彼は元東三のメンツ、ハーレムラノベ主人公の雁木がんぎさんだった。



「調達屋来てんじゃん!! SNSで東四で営業再開って言ってたの本当だったんだ!」


「雁木さんお久しぶりです。東京に戻ってらしたんですね」


「あー、やっぱ地方は不便でさぁ……通販もすぐに届かないし。承諾もしてないのに見合いさせられるし」


「兄さん、地元でもモテるんだねぇ」


「モテるとかそういうのじゃないんだよね。最後に来たのなんか十四歳の子だよ? さすがに逃げ出してきたよ……俺の持ってるスキルなんか大したことないのになぁ」



雁木さんの持ってるスキルは『抜刀』だったかな?


東三で手に入れたスキルオーブで『料理』も覚えたとか言ってたけど。



「あれ? そういえばお仲間のお二人は……?」


「あ、あの二人は地元戻って結婚しちゃった。恵比寿と仲良かったから、色々思うとこあったらしいんだよね……」



恵比寿というのは、東三のドラゴンのせいでダンジョンに取り残されたパーティ『恵比寿針鼠』の事だ。


その内二人を生き埋めにされ、残りは瀕死の状態にまで追い込まれた彼女達はパーティを解散したのだが、その余波は思っていたよりも大きかったらしい。



「あ、でもまた新しいパーティ組んだから紹介するね。おーい! 佐藤さん達!」



雁木さんが呼び寄せたパーティは、三人とも美人の妙齢の女性だった。


おいおい……ハーレムが増強されたな……


俺はなんとなく釈然としない気持ちを持ちながら、新しいお客さん達と挨拶を交わしたのだった。


俺達が雁木さん達としばらく話している間に、SNSを見て来てくれたというバラクラバの気無きなしさん達のパーティも合流し、店の前はいつの間にやら東三の同窓会状態になっていた。



「ぶっちゃけ、お前ら逮捕されたんじゃないかって噂になってたよ」



バラクラバを半分めくってタバコを吸いながら、気無さんはヘラヘラ笑ってそう言った。



「え? なんでですか?」


「そら自衛隊の奴らがお前らの事を聞き回ってたからな」


「そうそう、さすがに階級章ぶら下げたりはしてなかったけどさ、あの人達姿勢からして違うから見ればすぐわかるんだよね」


「僕達そんな悪い事しないですよ」


「迷宮でモグリの売店やってる奴が何言ってんだよ、納税もしてねぇくせに」



そう言いながら舌を出して笑う気無さんに、俺は右手の親指で着ている作業服の胸元をトントンと突いてみせる。


そこには金糸で『川島総合通商』と刺繍がされていた。



「ああ? なんだそりゃ」


「法人化したんですよ、法人化」


「えっ! じゃあマーズ君、社長になったの?」


「いや僕です僕、マーズは専務なんですよ」



そりゃ皆そう思うわな。


俺は苦笑しながら自分を指差し、二人もそれを見てニヤニヤと笑った。



「マーズの方が貫禄あるように見えるがなぁ」


「あれ? ていうか大学は? ついに中退?」


「してませんよ、ちゃんと卒業しますから」


「君らさぁ、あんまうちの社長イジらないでくれる?」



マーズはめんどくさそうに首を曲げてそう言った。


まあ、俺の社長就任は川島家で話し合って決めた事だしな。



「ごめんごめん」


「しかしよぉ、なんで法人化なんかしたんだ? せっかく税金払わなくていい商売だったのに……」


「ま、仕入れ先の関係とかだね。トンボのつけてる強化外骨格レイバーユニットとか、他にも色々調達できるようになったんだけど、その分これまでみたいにはいかなくなってね」


「ほーっ、色々ねぇ」


「そうそう、ずっと聞きたかったんだけど……そのトンボくんがつけてるのって何なの?」


「これですか? ふふん、これはですね……パワードスーツです!」



雁木さんが俺のパワードスーツを指差すので、俺はギッチョンギッチョンと音を立てながらその場でくるっと回ってみせた。



「パワードスーツ?」


「ちょっと見てくださいよ」



俺は一歩後ろに下がって、ピョンと垂直にジャンプした。


雁木さん達の頭よりも高くまで飛び上がり、フワッと地面へと戻る。


きちんとダンパーが作動しているので、足も全く痛まない。


そしてそれを見ていた人達が「おおーっ」と感嘆の声を上げた。



「そのガン○ム、売り物なのか?」


「これは高いよ~」


「いくら? ていうかちょっと試しに乗せてくんない?」



バラクラバの向こうの目を少年のように輝かせた気無さんは、両手をわきわきとさせながらそう言った。



「試乗? いいよ。トンボ」


「あ、はいはい」



俺が首元のボタンを押すと体中のロックが外れていき、下はゴツゴツした岩場だというのにパワードスーツはきちんと直立した姿勢のまま静止した。


その状態の見た目はほとんど人形ひとがたの骨組みで、五センチメートルほどの厚さの固定具ビンディングに乗れば自動でフィッティングをしてくれるようになっていた。



「これって、この足マークのところに立てばいいのか?」


「そうそう、その固定具ビンディングに乗って。首元のボタンを押す」


「おおっ! すげぇ!」



パワードスーツを装備した気無さんはキレのある動きで突きや蹴りを繰り出し、天井スレスレまでジャンプして戻ってきたかと思うと、おもむろに地面に転がっていた岩を持ち上げた。



「うおっ! 全然重くないぞ! マジのガン○ムじゃん!」


「気無さん! 俺も! 俺も!」


「久作! 俺も乗りたい! 変わって変わって!」


「すごーい! 私も乗ってみたい!」



岩を下ろした気無さんに周りの人達が群がってきて、彼は首元のボタンを押されて無理やりパワードスーツから降ろされてしまった。



「わーっ! 夢にまで見たパワー▢ーダーだ!」


「次俺! 俺だからね!」


「レディーファーストでしょ!?」


「嬢ちゃん、こりゃあブランド品じゃねぇんだぞ?」



まあ、テンション上がる気持ちはわかるけどね……


無理やり降ろされた気無さんはスーツの取り合いを見ながら釈然としない様子で頭をかき、生身のままさっきの岩を持ち上げようとして、途中でやめた。



「あのさぁ……あれっていくら?」


「今んとこ二千万ぐらいかな」


「ぐ……まぁそれぐらいするか。電源は?」


「フレームの中に細かい流体が入ってて、それが動き続けて自動で発電されてるよ」



これは宇宙の汎用技術で、正直枯れすぎて時代遅れなぐらいの技術らしい。


だがそんな技術でも、地球では十分トンデモだ。



「え? 何それ? すげぇ技術じゃん」


「最近開発されて取得された特許技術らしいよ・・・・



目を見開いて驚く気無さんに、マーズはとぼけた様子でそう説明した。



「ふーん、他には何かいい商品とかってある?」


「色々ありますよ! たとえばこれ、何にでも合うふりかけなんですけど……」


「ふりかけ?」


「もうマジで凄いんですから! この万能ふりかけ『勘太郎』は何にかけても……もうめちゃくちゃに美味しいんですよ!」



このふりかけは、マジで……もう一度言うが、マジで美味かった。


別に大食いでもない俺が、炊飯器で炊いた三合の米を一気に平らげてしまったぐらいだ。



「こんなもんを凄いって、お前さぁ……」


「いやいや、試供品で一つお渡ししますんで! 絶対美味しいですから!」



一度使えば絶対に良さがわかる。


先週サンプルを送ったうちの実家からも、もうすでにリピート要請が来ているぐらいだ。


言い方は悪いが、食べる麻薬みたいなものだ。


これでごく普通の原料しか使われていないというのが信じられないが……


姫曰く、どうも本当らしい。



「わかった、わかったよ……」


「あ、あと試供品ついでにこちらの得用化粧水『プルプル』もお渡ししておきます、ぜひ奥さんに。こっちはまだ認可下りてませんけど、うちの女性副社長が太鼓判を押す性能ですよ」



こっちも成分的には地球上のポピュラーな物しか使われていない製品なのだが……


異世界人が異世界の物を持ち込みまくって無茶苦茶になった結果ザルになった食品関係と違って、まだまだ検査が厳格な化粧品は認可にちょっと時間がかかっていた。



「認可下りてないって、それ大丈夫なのか?」


「輸入元じゃロングセラー商品ですから、大丈夫ですよ。僕もパッチテストしましたし」


「まあじゃあ、一応……」



怪訝な顔の気無さんにふりかけと化粧水を手渡すと、誰かにちょんちょんと肩をつつかれた。


俺がそちらを向くと、雁木さんのパーティのお姉さん達三人が掌を出してニコニコ笑っていた。



「化粧品の宣伝は女性にした方がいいんじゃないかしら?」


「私達も試してあげる」


「女性の意見はいくらあってもいいわよね」


「あ、ええ……そうですね」



たじろぎながらも化粧品の瓶を渡すと、彼女達は笑顔で反対の手も差し出した。



「お姉さんも、美味しいふりかけ試してみたいな」


「美味しかったらリピートするから」


「だめ?」



否と言えるわけもなく、ふりかけも渡すと……


彼女達は満足そうにパワードスーツ試乗の列へと戻っていった。



「雁木って、なんか押しの強い女とばっかり組むんだよな」


「こ、好みは人それぞれですから……あ、それより気無さん、商品紹介の続きなんですけど。このカプセルを見てください」


「まだあんのかよ……」


「これはダンジョン探索にも役立ちますよ」



俺が手に持った手帳用ボールペンぐらいのカプセルのお尻を押して地面に投げると、そこには一瞬でドア付きのパーティションが現れた。



「これってボタンを押して投げると自動で展開する衝立なんですよ、これと携帯トイレがあればどこでもトイレができますよ。これの凄いところは、自動折り畳み技術でワンタッチで元のカプセルに戻せる点で……」


「ホイ○イカプセルじゃねーか!!」



口をパクパクとさせていた気無さんは俺の説明を遮って、今日一の大声でそう叫んだ。



「ふりかけや化粧水よりこっち先に紹介しろよ!」


「え? そうですか?」



絶対『勘太郎』の方が凄いと思うけど。



「えっ! 何それ何それ! すげーんだけど!」


「それって元の状態にも戻せるの?」


「できますよ!」



気無さんの大声のおかげで、パワードスーツの周りに集まっていた気無パーティと雁木パーティ以外の人達もこちらに興味を示してやって来てくれたようだ。


俺が集まった人達の前で衝立をカプセルに戻してみせると、周りからは感嘆の声が上がった。



「川島総合通商? 企業さんなんだ。こういうの開発してるの?」


「基本的に輸入だね、自社開発もいくらかあるけど」


「ホームページから申請貰えればカタログのURL送りますんで、ぜひぜひお気軽に」


「あそこって灰皿あるけど、タバコもあるの?」


「ありますよ~」



この日は新商品のお披露目ついでに顔も売れ。


試乗した人達の中からパワードスーツの見積もりやカタログURLの請求も数件あり。


俺達は初日から無事、東四に定着して商売ができるようになったのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る