第27話 正座と猫と隈のおねいさん
24年1月16日より、Ver.1を削除してVer.2への更新を行っております。
2月9日に発売される書籍版第01巻の続きはVer.2準拠で更新していきます。
書籍には書き下ろしが沢山載っておりますので、どうかよろしくお願い致します。
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迷歴二十二年の五月、俺は春とはいえまだまだ冷たい部屋の床の上で正座をさせられていた。
「トンボさぁ。お前に姫、ちゃあんと言ったよな? 三人しかいないんだから、あんま手広くやろうとすんなよって」
「はい……」
「そん時、お前なんてったっけ?」
「自分が現場で手売りするだけなんで大丈夫だよって言いました」
「姫、お前にこうも言ったよな。うちは別に地球の金に困ってるわけじゃないんだから、単価高い商品優先でやれよって」
「は、はい……」
「じゃあなんだよ、この日用品ばっかりの注文書の山はよ! ホームページのどこにもメールで発注受けるなんて書いてないのにさぁ!」
コタツ机に座る姫が指さしたテレビに映されていたのは、川島総合通商のメールボックス。
そこにはズラッと、ふりかけや化粧水の発注希望のメールが並んでいた。
そう、先月元
その大好評はダンジョンを飛び出して色んな場所を駆け巡り、超大量の注文書として俺の元に戻ってきたのだった。
俺だってまさかこんな事になるとは思わなかった。
俺はただ知り合いに、宇宙の美味しい物を知ってもらおうとしただけだったのに……
「自衛隊との商談もまだ纏まってないんだぞ、これからガンガン
「今からでも、ふりかけは在庫切れで販売停止って事に……」
「うーん、実は防衛装備庁の佐原からも、
「そんな……まさかこんな事になるなんて……」
「あっ、またテレビでやってる……ったく、こっちに連絡もなしでさぁ」
そう言いながら姫がテレビの画面を通常放送に変えると、そこでは太った女装タレントがふりかけのかかったご飯をムシャ食いしていた。
『このふりかけ、なんとダンジョンでしか売っていないふりかけなんです』
『え? そうなの? なんで?』
『それは製造元の川島総合通商の社長さんが、異世界から移住してきたケット・シーの冒険者だからなんですね』
『あらやだ、かわいいわ』
勝手に商品を紹介されるのはまだしも、社長として勝手に紹介されていたのは俺ではなくマーズの写真だった。
「この星のマスメディアに公平性とかは期待してないけどさ、なんでトンボじゃなく僕が社長扱いなんだろうね……」
「そら多分、俺の名前がキラキラしてるから勘違いしたんじゃない? あとそっちのが面白いからとか」
「クソが! 全部のチャンネルハッキングして、こいつらの後ろ暗いとこ全部流してやろうか!」
絶対やめてよね……実際にそれができる人が言うと、こんなに恐ろしい事はないな。
「ま、とりあえず一個一個やってくしかないね。姫、今喫緊で問題なのはどの部分?」
「商品の受け渡し! 生産はどうにでもなるけど、客への受け渡し口がトンボとまーちゃんしかないから、こんな数の発注受けてたら他の事できなくなるよ!」
「つ、通販にしたら?」
「誰が梱包して発送すんのよ? トンボ君か!?」
「すいません!」
それだけは勘弁してください! と、俺は深く頭を下げた。
さすがにこんな量の梱包を毎日やっていたら大学に通えなくなってしまう。
マーズが帰っても姫はしばらく残ってくれるとは言っているが、さすがにこの会社に賭けて大学を辞めるという決断は俺には選べなかった。
だってあんなに頑張って入ったんだもん!
「まあでも、通販ってのは悪くないね。姫がいれば寄生虫……この星じゃ転売屋って言うんだっけ? それも弾けるわけでしょ?」
「あー、あの手の連中ね。弾いとく弾いとく。やっぱ原始的な経済環境じゃどうしても湧くもんね」
「え? 宇宙だといないの?」
「宇宙って輸送コストが高いから、基本的にああいうのは皆殺しだね」
「皆殺し……」
「だいたいが海賊のシノギの一部だから」
あ、なるほど……。
「とにかく梱包と発送が問題なら、人雇えばいいんじゃない?」
「まあそうなんだけど、それって誰が仕切るわけ? 姫やだぞ」
「そりゃトンボじゃない? 現地人の事務所を
仕切るって、俺が採用して俺が指示出して結果を見るのか?
ピザ屋のバイトですら
それは多分無理だ。
せめて知り合いならなんとかなるかもしれないけど……
俺って東京にはそんなに知り合いもいないしなぁ……。
誰か暇そうな奴がいないかとスマホを取り出し、俺はアドレス帳の一番上の名前を見て一瞬固まった。
暇そうな人、いるじゃん!
俺は迷わず電話をかけ、呼び出し音が鳴る中をじっと待った。
『はい、阿武隈ですけど』
「あ、阿武隈さん、バイトしませんか?」
相手は解散した元恵比寿針鼠の冒険者、骨折してリハビリ中のはずの阿武隈さんだった。
喫茶店で久々に会った阿武隈さんは、普通に歩いて現れた。
いつもより落ち着いた服装で、いつも通りの隈のある笑顔を見せる彼女は、少し痩せたようだった。
「阿武隈さん、お久しぶりです。足はもういいんですか?」
「とりあえずギブスは外れたよ。今はリハビリ中っていうか、激しく動けるまではまだ四ヶ月ぐらいかかるんだよね」
「そうなんだ」
「だから別に軽作業のバイトぐらいならやってもいいんだけどさー。久美子……あ、吉川ね。良かったらあの子も一緒に雇って貰えない?」
吉川さんというのは阿武隈さんと同じパーティだった眼鏡の女性だ。
ダンジョンからの搬送途中で心停止したと聞いていたが、大丈夫だったんだろうか?
「いいですけど。吉川さん、もう退院されたんですか?」
「結局後遺症とかは残らなかったし、体は元気だよ。ただ心のほうがあんまり元気じゃなくてさ、最近は家に閉じこもってんだよね」
「まあ死にかけたんだしね、でもそれなら呼んでも来てくれるかな?」
マーズがそう聞くと、阿武隈さんはサイダーをストローでチューっと飲んで、口の端だけを曲げて笑った。
「ま、人と話せないほど重症ってわけじゃないし……あの子も軽作業ぐらいはできるようになっとかないとさ。私もあの子も、この先冒険者に戻れるかどうかもわかんないんだから」
「なら姉さんたち、トンボの会社に就職したらいいんじゃないの?」
「いやいや、さすがに大学生の子にそこまで世話になるにはさ、お姉さんも年食いすぎちゃった。ありがたいけどね」
まあ、そらそうだろう。
大学生の俺だって、パッとしない大学生が起業した会社には人生を預けたくないよ。
「ま、ま、とりあえずバイトという事で。賃金も東京の最低賃金+二十パーセントでお支払い致しますんで」
「そんな奮発していいの~? 別にお姉さん、最低賃金でも文句言わないけど」
「うちの副社長とも話し合って決めた事ですので。そこそこ稼いでますから、大丈夫ですんで」
「今度でっかい取り引きもあるしね~」
「ふぅん、頑張ってんだ。じゃ~、ま~、しばらくご厄介になります」
阿武隈さんはぺこりと頭を下げた。
俺も頭を下げた。
この日から始まった軽作業のバイトが、あまりの仕事量の増えっぷりにこの後すぐ給与+歩合制になる事は、今は誰にもわからない話だった。
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