第5話 タバコと猫と缶コーヒー

24年1月16日より、Ver.1を削除してVer.2への更新を行っております。

2月9日に発売される書籍版第01巻の続きはVer.2準拠で更新していきます。

書籍には書き下ろしが沢山載っておりますので、どうかよろしくお願い致します。






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変化はじわじわと起こった。地下広間に絶叫が木霊した翌日、前日に広間にいたパーティのうちの一人が声をかけてきたのだ。



「コーヒーってある?」


「あるよ」


「缶ですけど、ブラック? 微糖? カフェオレもありますよ」



マーズに続けて俺がそう言うと、金色の拵えの日本刀を二本差しした若い冒険者はちょっと悩んで「カフェオレで」と答えた。



「三百円です」


「観光地価格だなぁ」



俺が机の上にコーヒーを置くと、彼は苦笑しながら百円玉三枚を取り出し、隣に置いた。



「そういやいつも来る時は二人で合体してるけど、あれってなんでか聞いてもいい?」


「それはですね、バリアを張ってるんで……」


「バリア? ああ、そっちのケット・シーねこのスキルか、二人してレアスキル持ちなんだな。ま、そうでなきゃ武器もなしに二人でここまで来れんか……」


「まあねー」



スマホを弄りながら生返事をするマーズをちらっと見た彼はカフェオレを拾い上げ「おお! 温かいじゃん!」と感激して帰っていった。


たしかに黄色い布巻いて猫と合体してたら怪しいわな。


もしかして、ずっと客が来なかったのってそれで怪しまれてたせいじゃ……とは思うものの、代替案はない。


結局、俺たちは翌日も同じ格好でダンジョンの広間にやって来て、いつもの場所に陣取り、机を前にして椅子に座った。


すると昨日と同じぐらいの時間にまた二本差しの兄さんが現れた。


今日は後ろに女性を二人伴っているようだ。


二人とも同じパーティなんだろうか?


ハーレム冒険者物の主人公みたいな人だな。



「おっす!」


「あ、どうも! 今日も来てくださったんですね」


「いやー、やっぱ高くてもこういうとこで物が買えるのは便利だなと思ってさ。コーヒーね、カフェオレ二本とブラック一本で」


「ありがとねー」



マーズが招き猫のように手を振ると、それを見た二人の女性が「可愛い~」と声を上げた。



「ちょっと怜奈さん! 梅田さん! 失礼ですよ!」



二本差しの兄さんはギョッとした様子ですぐに振り返り、大声で二人を諌めた。


いや、そらそうだわ。


姿から文化まで違う移民だらけのこの日本で、他人の見た目を揶揄していると捉えられかねない言葉を口に出すのは、正直言って迂闊という他なかった。



「あ、そっか……」


「ごめんなさい、つい……」


「いいよいいよ」


「すんません」



マーズの許しの言葉に、二本差しの兄さんも頭を下げた。


実はマーズはあんまりこういうのを気にしないのだ。


相手が大人だからこういう対応になっただけで、マーズは近所の幼稚園児とかにも「猫ちゃん」と呼ばれて抱きつかれたりしてるからな。


本人曰く「気持ち悪がられないだけ得してるよね」との事だ。


実際、地球どころか宇宙中どこまで行っても見た目での差別はなくならないそうだ。


違うのは当たり前なんだから、好意さえあればいいんだよ、と猫のマーズは言っていた。



「じゃあこれ、千円」


「あ、どうも!」



机の上の千円と引き換えに、缶コーヒー三本と百円玉一枚を置く。



「兄さん、タバコは吸わないの?」


「荷物になるし、地下に吸い殻落としたりしたら管理組合ギルドに怒られるだろ」


「あー、吸い殻か……たしかに」



よく創作にある死体やゴミが消えるマジカルなダンジョンと違って、現実にそんな事はあり得ないからな。


三ヶ月に一度は管理組合ギルドによる大掃除も行われてるし、前に使用済み避妊具が見つかって大変な騒ぎになった事があるらしい。


もちろん犯人の特定は難しいが、犯人探しは行われる。


深くて暗い穴の中に潜る、狭い世界の危険な稼業だ。


みんな変な噂が出るのだけは避けようとしていて、そういう所にはことさらに気を使っていた。



「兄さん、吸い殻ぐらい引き取るよ。うちの商品から出るゴミだしね」


「え、ほんと? じゃあパーラメントある?」


「えー、パーラメントはなくて、マルボロ、セッタ、エコーです」


「じゃあマルメンの強い方で」


「一本百円だよ~」


「うっ! ぼったくり!」


「嗜好品ってのはそんなもんさ」



文句を言いつつも吸うのをやめる気はないようで、二本差しは登山用品ブランドの小銭入れから取り出した百円を差し出した。


こちらからはライターとタバコ一本を出し、百円を受け取る。



「ライターは後で返してね」


「いたれりつくせりで嬉しいよ、はは……」



コーヒーのプルタブを開けながら、二本差しは力なく笑った。



「あのぉ、タバコあるって?」



そんなやり取りを見ていたのだろうか……別のパーティの、顔をグレーのバラクラバで覆った男が声をかけてきた。



「あるよ~」


「セッタメンの十二ミリある?」


「ありますよ。一本百円です。ライターは貸し出しですんで、後で吸い殻と一緒に返してください」


「高ぇ~」



高いといいつつも、男はしっかりと百円を差し出した。


まあ入り口から一時間近くもある広間まで来て仕事もこなして、そりゃあ一服だってしたくなるだろう。


俺は吸い殻を入れる用に、椅子からちょっと離れた所にあられの空き缶を置いた。


やはり他の利用客がいると怪しさも薄れるんだろうか。


椅子の所に戻ると、また客が来ていた。


今度は首にヘッドセットを引っ掛けて華やいだボアジャケットを着た、目の下に濃い隈のある女性だ。


まるでキャンプにでも行くかのような服装の彼女は、背中にその格好とは不釣り合いなスコープ付きの迷彩クロスボウをかついでいた。



「なんか甘いものってありますか~?」


「あ、和系がいいですか? 洋系がいいですか?」


「えっ!? 選べるの? じゃ~あんこけーで」



お姉さんはちょっと独特な語尾が伸びる感じの喋り方でそう言った。


あんこ系ね、用務スーパーのデザートコーナーを総浚いしてきた甲斐があったな。



「じゃあ大福、三百円です」


「高~! ……ま~いいか~……」


「姉さん、一緒に温かいお茶はどう?」


「近くなっちゃうから、水分は少なめにしてるの」



なんだか気怠げな雰囲気のある女性はモノグラムのブランド財布から千円を取り出し、七百円のお釣りと大福を持って去っていった。


そうか、地の底だからトイレ事情もあるか……衝立ついたてごと簡易トイレとか持ってきたら需要あるかな?


そんなアイデアをゆっくりと温める暇もなく、目の前にまた別の客がやって来た。



「カップ麺とお湯ってある?」


「あ、ありますよ!」



味の説明をしようとしたら、横から二本差しの手がニュッと伸びてきた。



「あ、これライターと空き缶、ありがとね」


「ありがとうございます!」


「セッタメンもう一本くれる?」



バラクラバも隣から話しかけてくる。



「あ、ちょっと待ってくださいね! 順番で!」


「やっぱお茶ももらおっかな~」



大福のお姉さんも帰ってきた、急にてんてこまいだ!



「並んで並んで! すいませんが順番でお願いします!」


「商品はたっぷりあるからね~、ちょっと待ってね~」



これまでの苦戦はなんだったのだろうかという勢いで、広間中のパーティがうちの店に押しかけてきているようだ。


この日、俺達は昨日の売り上げの五十倍、一万五千円を売り上げて帰る事になったのだった。






「いやー今日は儲かったな」


「いや、全然だよ。弁当が売れだしたらもっと儲かるさ」



朝に行ったダンジョンを昼過ぎに切り上げ、夜はピザ屋のバイトに行って帰ってくるというルーチンワークをこなした俺は、食べ終わったカレーの皿をそのままにしてコタツでマーズと喋っていた。


テレビでは年末特番で豪華メンバーのバラエティ番組が放送されていて、俺は年末特有のそわそわした空気を楽しんでいた。



「年末年始はピザ屋のバイト休めないのがキツいなぁ」


「もう辞めちゃったら?」


「いや、まだこの商売も始まったばっかりで不安だし……なにより俺、ピザ屋のバイトって好きなんだ。制限時間があって、ゲームみたいでさ」


「トンボはゲームが好きだよね」


「好きだね、就職もゲームの会社に入りたかったけど……マーズには関係ないけど、日本も迷宮不況が二十年も続いて『失われた二十年』なんて言われてるんだよ。正直ゲーム会社どころか普通の会社でも就職は厳しいよな」



そんな事を愚痴る俺を、マーズは不思議そうな顔で見つめた。



「え? なんで就職なんかするの?」


「え? そりゃあ俺だって大学出たら就職ぐらいするだろ……できたらだけど」


「いや、普通にこのまま商売続けりゃいいじゃん。せっかくジャンクヤードなんて強力なスキルがあるんだからさ。ダンジョンでの商売でも、トンボは色々アイデアとか出すし向いてると思うよ」



コタツの上のミカンを鋭い爪で器用に剥きながらそう言って、マーズは笑った。



「え? そうかな」


「そうだよ! 当たり前じゃん」


「そうならいいけどなぁ……」


「まぁ、ダンジョンでもっともっと稼げば自信もつくんじゃない? なんならでっかく稼いでゲーム会社も自分で作っちゃいなよ」


「え!? ゲーム会社? それは……いいかも」



俺はなんとなく、ゲーム雑誌で格好良くインタビューを受ける自分の姿を想像していた。


中学生の頃友達と一緒にゲームをしながら、いつかは自分だってこういう面白い物を作る側に回りたいと密かに思っていたのだ。


そうだ……俺には夢があった。


中学の頃の俺の夢は、重厚で斬新な世界観のゲームを作り上げてゲーム・オブ・ザ・イヤーを受け、新進気鋭のカリスマクリエイターとして故郷に錦を飾る事だった。


ノックもせずに部屋に入ってくる妹に隠れるようにして、最高にかっこいいダークな主人公の設定を秘密のノートに書き殴ったものだ。


人は夢を忘れて大人になる生き物だ。


だが、その夢を本当には忘れる事ができないのもまた、人という生き物だった。


想像の中のインタビューにニヤけながらも真摯に答えていた俺の膝を、マーズがポンポンと叩いた。



「トンボ? 聞いてる? そんでさ、そうなったら部下に商売任せてさ、トンボは心置きなくピザの宅配をやったらいいよ」


「えぇ~、そこまで行ったらピザの宅配はもういいかなぁ」



カリスマクリエイターはピザの宅配はしないだろう。


いや、逆にカリスマクリエイターだからこそ、そういう人のやりそうにない事をやるものなのだろうか?



「……ま、就職も起業も今考えるような事でもないか」



まだ大学も出てないし、起業できるほど稼いでもないしね。



「まぁどっちもピンと来なかったらさ、トンボも僕について宇宙に来なよ」


「え? 宇宙に?」


「そうそう、どっかの払い下げの駆逐艦でも買ってさ、運送屋でもやろうよ」


「うーん……たしかにそれも面白そうかも」



マーズは肉球でヒゲを撫でつけながら、なんてことないように言うが……俺にとってはかなりの衝撃だった。


宇宙に出て暮らしていくなんて事は、これまで一度も本気で考えた事がなかったからだ。



「宇宙か、宇宙ね……」


「トンボがこっちで色々面倒見てくれたみたいにさ、宇宙なら僕が面倒見てあげられるしね」


「マーズの言う宇宙って俺みたいな人もいるの?」


猿型人種ウェドソン人でしょ? ポプテなんかよりよっぽどいっぱいいるよ」



なら頑張れば一生独り身って事もなさそうだな……なんて事を考えていると、ふぁっとあくびが出た。


時計を見るともう深夜一時だ。


もう月曜日になってしまったが、定例会をやってしまおう。



「まぁ、先の事はまた考えるわ……マーズ、机の上拭いといて」


「はいはい」



カレーの皿を流しに置いて、コップとコーラを持って戻る。



「ここ二週間ぐらいお金はだいたい仕入れに使ってたし、あんまりジャンクヤードの動きはないんだよね」


「そのお金を稼ぐために頑張ってるんだからね」


「とりあえず、今日交換されてたのがこれ」


俺が取り出したのは、胴の部分がメッシュになったペットボトルのような物だった。


これは道の駅で買ってきたいちごのパックを起点に交換されてきたものだ。


いちごひとパック→背負い紐が四本ある宇宙のブランド品のリュック→地球人には飲めない成分のお酒→『キュー 空気環境測定機能付きポータブル組成変換器』という風に交換されてきたのだが、三回交換されてようやく使い道のありそうな物が出てきた感じだ。


ジャンクヤードの交換は、やはり当たり外れが激しい……。



「あ、これ結構凄い! ていうかこんなのあったんだねぇ……」



マーズはペットボトルをためつすがめつしながら、感心したようにそう呟いた。



「何に使うやつ?」


「空気の組成を変える機械だよ。この星じゃ二酸化炭素って言うんだっけ? 増えて困ってるっていうあれを酸素に直接変換したりできる物」


「え、それって凄いじゃん!」


「宇宙船には普通に組み込まれてる機械だけど、こんな持ち運びできるサイズの物は初めて見たね」



まあたしかに、宇宙船にはこういうのがついてなきゃしんどいか。


植物いっぱい置いて二酸化炭素を吸ってもらうってのも限界があるもんな。



「これで二酸化炭素を酸素に変えたら地球環境良くなったりするかな?」


「それ、良くなるまでにはトンボ死んでると思う」


「そりゃそうか」



とりあえず、確保だ。


家の中で換気扇代わりに使ってもいいしね。



「それでトンボ、あと今週は何があったっけ?」


「今週は多分他に何もないよ、先週手に入ったのはアイドルの直筆ホロサインだっけ」


「そうそう、人気絶頂の中忽然と消えた伝説のアイドルだよ? あれは持っておけば絶対に歴史的価値が出てくるから!」



宇宙で言う歴史的価値って、一体何年後ぐらいに生じるんだろうか……?


俺はジャンクヤードの中にある『ユーリ・ヴァラク・ユーリ』と読めない文字でサインされているらしいホログラフを見つめながら、ゆっくりとコーラを飲み干したのだった。

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