第4話 迷宮と猫と抱っこ紐

24年1月16日より、Ver.1を削除してVer.2への更新を行っております。

2月9日に発売される書籍版第01巻の続きはVer.2準拠で更新していきます。

書籍には書き下ろしが沢山載っておりますので、どうかよろしくお願い致します。






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「ひっ! なんかいる、なんかいるよ」


「いても大丈夫だって、力場バリアがあるんだから」



結局あれからダンジョンに入るために冒険者としての登録と座学研修に数日を費やし、俺たちは週をまたいでからここ東京第三ダンジョンにやって来た。


仄暗い岩肌、ごうごうと吹き抜ける湿った風、飛びかかってくる危険な小動物、どれも俗世では見ないものばかりで、俺はもう入り口からここまでビビりまくり。


半べそをかきながら必死で歩いていた。



「ほんどに、ほんどにだいじょぶ?」


「動く物を弾くように設定してるから、矢でも鉄砲でも、真っ赤になったカミソリ蟹でも大丈夫だって……ビビって泣くのはいいけど鼻水つけないでよ!?」



俺は今、ヘッドホン型のギアを装着して黄色い布をローマ人のトーガのように着こなし、その上からマーズを収納した動物用の抱っこ紐を装着していた。


控えめに言ってめちゃくちゃ不審者だと思う。


だってこれまですれ違った人、全員こっちをジロジロ見てたもん。



「もうここらへんでもいいんじゃないの?」


「まだ二キロぐらいしか来てないよ。情報ではもう五キロ先にでっかい広場があるらしいから、そこまで行こう」


「うー、自転車か何か買ってくればよかったかな……」


「意外と地面は整ってるけど、段差も多いし無理があるんじゃない?」



ダンジョンにも繋がってる異世界によって色々タイプがあるらしいのだが、ぶっちゃけ俺の家から近い東京第三ダンジョンは自然洞窟とほとんど同じだった。


ごつごつした岩肌のダンジョンの中には大量の照明が吊されているとはいえ、ぶっちゃけまだまだ薄暗くて正直怖い。


バリアで防げるとはいえ獰猛な野生動物、いやダンジョンの中の生き物は魔物と言われてるんだったか……がむちゃくちゃ飛びかかってくる。


たいていの魔物はバリアに弾き飛ばされた時点で逃げていくのだが、たまーに勇猛果敢に挑みかかってくる奴もいて、そういうのは必死で物干し竿で殴ったり石を投げつけたりして撃退していた。



「またあのちっさい犬来たらどうしよう、十回ぐらい棒で叩いてもピンピンしてたよな」


「銃持ってるでしょ、あれでやっちゃいなよ」


「人に見られたらどうすんだよ、日本には銃刀法ってのがあってね……」


「あの銃、偽装されてるから宇宙じゃ違法だけど、地球なら問題ないでしょ。実弾出ないんだから」


「そうかなぁ?」


「そうだよ、でもとても携行武器とは思えないぐらいの威力してるっぽいからなぁ……多分、地面に向けて引き金引き続けるとマントルまで削っちゃうから気つけてね」


「やっぱヤバい銃じゃん!」


「そりゃああの高価なミカン一箱と交換されてきたぐらいなんだから、ヤバいのはヤバいでしょ」



宇宙の物は全体的にヤバすぎる。


できるだけ頼らなくてもいいよう、何か対策を立てようと俺は心に誓ったのだった。


ひぃひぃ言いながら都合五キロ近くの道のりを歩いたり登ったり降りたりして辿り着いたダンジョン内の広場は、なんとも寒々しい感じだった。


体育館ぐらいの広さがあるのに、いるのは座り込んで休んでいる五人組と三人組のパーティ二つだけ。


二組ともきちんと戦闘服を着て、しっかりとしたクロスボウや槍を携えた人達だった。



「トンボ、挨拶に行こう」


「あ、ああ……」



胸の抱っこ紐から下りたマーズに先導され、まずは近くにいた五人組のパーティに近づこうとすると……


まだ三メートルもある距離で全員が立ち上がって武器を構えた。



「ひいっ!」


「おいおい、こっちは丸腰だよ兄さんたち」



ビビりまくる俺をよそにマーズが陽気な感じで話しかけるが、相手の表情は全く変わらない。



「何か用か?」



リーダーなんだろうか、プレートキャリアをつけた眼鏡の男がクロスボウを地面に向けたままそう言った。



「うちは物持ちでさ。飯とか困ってないかい? 飲み物は? タバコもあるよ」


「必要ない。他へ行ってくれ」


「へいへい」



ポンポンと太ももを叩かれたので、俺は五人組にペコペコ頭を下げて後ろに下がった。



「あっちの三人の方にも行こう」


「マジかよ~」



結局三人組のパーティにもけんもほろろに追い払われ、俺達は広場の壁を背にして座り込んだ。


壁には『食料、タバコ、医薬品余ってます・・・・・』とでっかい字で書かれた看板を立ててある。


実際問題、俺達みたいな商売の仕方は明るみに出たら即アウトなのだ。


『余ってます』なんて御託が通じるとも思わないが、一応業として売ってるわけじゃないよっていうせめてものエクスキューズとしてそうしてあった。


看板は昨日の夜に二人で一生懸命ペンキを塗って作ったものだ。


こういう資材や商品の資金のために、貰ったばかりの先月のバイト代のほとんどをつぎ込んだのだ。


正直、小心者の俺にとっては結構な背水の陣だった。



「マーズ、俺心が折れそうだよ」


「だから最初の一週間ぐらいは誰も寄り付かないって最初に言ったろ。商売ってのは信用を作るまでが長いんだよ」


「あと尻も冷たいし痛い」


「おお! なるほど。そういう需要もあるって事だね」


「う、腹も痛くなってきた……」


「そうそう、下痢止めも需要があるんだよ。やっぱ実際来てみなきゃわかんなかったろ?」



震える手で下痢止めを取り出す俺の隣で、暖かそう毛皮を持った猫のマーズは得意げにそう言ったのだった。






週に四日程度のダンジョン通いとはいえ、あの広場に店を構えて早二週間。


俺達はダンジョン行商では・・一円も稼げないまま、無為な時を過ごしていた。


たまに品揃えや金額を聞いてくる人もいたが、購入に至る事は皆無。


だがしかし、金は稼げなくても毎日ダンジョンに潜ってりゃあ環境には慣れるもんで。


最初は暗がりや魔物にビビりまくっていた俺でも、もうダンジョンに潜る事自体はそれほどストレスに感じなくなっていた。


ぶっちゃけバリアが強すぎる、ビビるだけ損だった。


今は行き帰りの道では物干し竿に百均の包丁をボルト止めした槍でもって、自分で獲物を仕留めるぐらいになっていた。


俺とマーズは冒険する気はないとはいえ東京都ダンジョン管理組合ギルドに登録した正会員だから、その気になれば魔物の死体は買い取ってもらえたのだ。


これがそこそこいい値段で売れる事も、俺の精神の安定に一役買っていたのだった。



「あーあ、このままだと普通の冒険者になっちゃいそうだね」


「あー、トンボがいいなら普通にそれでもいいけどね」


「普通にやだ」



もはや定位置となった、看板を立てかけたダンジョンの広場の壁の前。


俺はリサイクルショップで買ってきた机を置いて作った店の中に絨毯を引き、その上にオフィスチェアを置いてくつろいでいた。


マーズは隣に置いたローチェアの上でオレンジジュースを飲みながら、俺のスマホにダウンロードした映画を見ている。


彼も最近は色んな地球の娯楽に手を出しているようで、昨日は世界的に有名な『宇宙大戦スペースウォーズ』を見て「これ宇宙に持ってったら売れるね、シュールで」とか言っていた。


俺は頭に巻いたヘッドライトで照らしながらいつものように大学の教科書を読んでいたのだが、そんなマッタリとした空間に常ならぬ大声が響き渡った。



「箕田がやられた!! A9地区に蛮族猿バンディットモンキーが出た!!」


「血が止まんねぇんだよ!」



広間に数組いたパーティ達が立ち上がり、大きな声の方に移動していくのを感じる。



「トンボ、仕事だ、椅子片付けて看板持って」


「え……? うん」



俺は急いで椅子と絨毯を片付け、看板を担いで声の元へと走った。



「頼む! 誰か手伝ってくれ! 箕田が死んじまう!」



足から出血している男が寝かされている横で、プレートキャリアをつけた眼鏡の男が血走った目でそう喚いていた。



「落ち着け吉田! まず血を止めなきゃ」


「頼む! 誰か! こいつ今度子供が生まれるんだよ!」



周りにいる人達が錯乱する男をなだめ、出血した男の服を手早く脱がしていく。


ぱっくりと切れた足からはとめどなく血が流れているようだ。


人の傷口をこんなにはっきり見るのは初めてだから、正直キツいな。



「兄さん達、何か入り用かい?」



そんな混沌とした空気の中、マーズがいつもの調子でそう話しかけた。


錯乱していた眼鏡の男はマーズを見て、俺を見て、俺の掲げた看板を見た。



「あ、血……そうだ、包帯! 包帯をくれ!」


「あー、あったら水と消毒液も」


「傷縫わなきゃなんないからな」


「医療用ステープラーがあるけど?」


「ホッチキスで傷止めるやつか? 使ったことないなぁ……」



眼鏡の男以外はみんな意外と冷静だ。


やはりこういう事には慣れてるんだろうか。


マーズもめちゃくちゃ冷静で、商品の売り込みをかける余裕まであるようだった。



「いい! いい! 血が止まるんなら何でもくれ! 箕田に年を越させてやってくれ!」



先方からOKが出たので、俺はテーブルを取り出し、その上に商品を取り出して置いていく。



「先にお金だよ」



マーズの言葉に眼鏡の男はもどかしげにプレートキャリアを外し、懐から取り出した財布をこちらに放り投げた。



「かっ、金っ! 渡したぞっ!」


「はいどうぞ~」



マーズが気の抜ける調子でそう言うのと同時に眼鏡の男は机に駆け寄り、俺たちは地面に落ちた財布を拾い上げた。



「えー、水4L、オキシドール、包帯にサージカルテープ、医療用ステープラーとハサミ……実費、輸送費、たまたま持ってた費・・・・・・・・・も合わせて二万円弱ってとこだな……」


「じゃあ二万円貰って、と……」


「トンボ、ちと貰いすぎだから、消炎鎮痛剤もつけてあげようか」


「じゃあそれも出して、と……」



俺は消炎鎮痛剤の錠剤を一回分取り出して、眼鏡の男の財布に重ねた。



「あ、物干し竿って連結式だっけ? 今両方ある?」


「あるけど」


「絨毯と組み合わせれば担架になるから、それも使うか聞いてみよう。包丁外しといて」


「おいおい、何でもかんでも売りつけるんだな」



思わず笑いながらそう言ってしまった俺を見上げ、マーズは口ひげを持ち上げるようにしてニッと笑う。


そうして小さな手で俺の太ももをポンポンと叩き、得意げに言った。



「だから言ったでしょ? ボロ儲けだってさ」



俺も真似をして口をひん曲げて笑い返し、頼もしい相棒の手をポンと叩く。


年の瀬迫る十二月二十八日、地下の底の大広間には「箕田ーっ! 血が止まったぞぉぉぉ!」という眼鏡の男の大絶叫が木霊していた。

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