第3話 カニチップスと猫と銀河警察
24年1月16日より、Ver.1を削除してVer.2への更新を行っております。
2月9日に発売される書籍版第01巻の続きはVer.2準拠で更新していきます。
書籍には書き下ろしが沢山載っておりますので、どうかよろしくお願い致します。
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「甘い、何これ!」
「温州みかんだよ」
宇宙というのはよっぽど甘いものがないんだろうか……
甘い石焼き芋に大感激していたマーズは、甘いミカンにも大興奮しているようだった。
「これって絶対砂糖足してるよね?」
「足してないよ。木からもいだままだと思う」
「木から!? なんでこんなに甘い果実が木になるの?」
「ミカンってこんなもんだと思うよ」
普通の猫は柑橘類が嫌いなのだが、どうも宇宙の猫はそういうわけでもないようだ。
マーズは目尻の下がり切った表情で、両手の肉球で抱えるようにして持ったミカンを丸かじりしていた。
「これを一箱も交換に出したんでしょ? そりゃあ六四十万リンドはするわなぁ」
「その六四十万……リンドだっけ? ってどれぐらいの価値なの?」
「僕の去年の年収がだいたい六百万リンドだったかな」
「えっ!? ミカン一箱がマーズの年収より高いの!?」
マーズは口の周りをペロリと舌で拭い、わかってないなぁと右手の爪を左右に振った。
「この味ならそんぐらいは……いや出す奴はもっと出すね。僕も色んな星回ったけどさ、こんな上品な甘さの果物は食べた事なかったもん」
「そんなに美味いかな? これでも訳あり品で、一箱で俺の時給三時間分ぐらいだよ?」
「貿易ってのはそんなもんだよ。普通、距離ってのは離れれば離れるほど物の価値が高くなんのさ」
「そんなもんか……」
「まあ地元の味ってのはどうしても食べ慣れちゃうからね。本当のありがたみってのは、星を離れてみなきゃわかんないもんだよ」
「マーズの星は何か名産品あったの?」
「うちの地元はカニの殻を油で揚げたお菓子が有名だよ。最近は
マーズはミカンの汁まみれの鼻を高々と上げ、毛並みのいい胸を張ってそう言った。
そんな彼の顔をティッシュで拭いてやろうとすると、ニャッ! とその手をはたかれてしまった。
しかし、蟹の殻の揚げたやつ……本当に美味しいんだろうか?
「しかし、今回は力場伝導素材っていう当たりが来たからいいけどさ。昼間も言ったけどこうやって交換待ちしてても同じぐらいの価値の物がグルグル回るだけでしょ?」
「まぁそうだね」
マーズは片手の肉球でポンポンとバリアの布を叩き、反対側の小さな指でこちらを差し「そこでだ」と続けた。
「これから先、いい感じの物が来たらこっちの金に変えてみない?」
「それって宇宙の物を地球で売るってこと? でもこんな布売れるかなぁ?」
珍しい布として売ってもいいかもしれないが、それこそ俺みたいな素人が持ち込んでも買い叩かれるだけのような気もするけど……。
「まぁそのまま売れるならそれもアリだけどさ、売れなくても金儲けの種ぐらいなら色々あると思うんだよ。それこそこの布とか」
小さな肉球が黄色の布をちょいと摘んだ。
どうもマーズはもうこの布で金儲けをする算段がついているらしい。
「まあ金にできるなら言う事ないんだけどさ。俺そういうのって全然わかんないんだよ」
「そういうのって?」
マーズは不思議そうな顔で聞いた。
「金儲けとかさ、どうやったらいいかわかんないんだよね。わかってたらこんな暮らししてないんだけど」
隙間風を避けるために布団にくるまった俺が廃棄のピザを掲げてそう言うと、彼は深く頷いた。
「大丈夫、商売の仕方ってのはやれば身につくもんだからさ。ちょっとずつ覚えていけばいいさ」
「マーズはそういうの得意なの?」
「船乗りだって言ったろ? ただ船飛ばしてるだけじゃ金にならないからね、そういう事だって仕事だったのさ」
彼はモフモフの胸をピンと張って、自信満々でそう言った。
「え? マジ? それって俺にも教えてくれる?」
「もちろんいいよ。その代わり、やるならトンボが頭だからね」
マーズはモフモフの手でピッと俺の顔を指した。
「俺が? マーズの方がいいんじゃない?」
「あのさぁ、僕はいつか自分の地元に帰るんだよ? トンボはその後どうすんのさ、ずっとこんな暮らし続けてくわけ?」
マーズはそう言いながら、カチカチになったピザをちょんとつつく。
たしかに、俺だってずっとこのままでいいとは思っていない。
変わらなきゃ、とずっと思いながらもどうしたらいいのかわからずにいたのだ。
「まぁ、そうか。そうだよね」
「大丈夫だよ、そんな凄い力があるんだから。本当はトンボなら一人でいくらだって稼げるんだよ」
彼は俺にそう笑いかけた。
「稼いだ先に宇宙船が手に入ったら、それはもちろん嬉しいけどさ……そんなデカい話じゃなくても、もうちょっと金があれば色々楽になるでしょ?」
俺は彼の話に、深く深く頷いた。
たしかにもうちょっと金があれば楽、というよりはなきゃジリ貧だ。
東京での一人暮らしはいつでもキツく、金稼ぎは急務とも言えた。
「ほら、たとえば金があれば昼間の焼き芋だって、一人一本ぐらい食えるわけだしさ」
「焼き芋ぐらい……とは言いたいけど。たしかにそんぐらい余裕がある暮らしなら、ちょっと我慢すればコタツとかも買えるよなぁ」
「この変な味の酒も飲まなくてよくなるしね」
マーズは俺の第三のビールを勝手に全部飲み干して、変な顔をした。
「変な味って思うなら飲むなよ! それでも高いんだから!」
「ま、ま、とにかくさ、せっかく凄い力があるんだから。豪勢に! とは言わないけど、食うに困らないぐらいにはしようよ。当面の間、仕入れはトンボ、目利きは僕で……」
「そうだね、大目標はでっかく宇宙船としても……小目標は手近なところで、とりあえず生活費から稼ごうか!」
「おお! やろうやろう!」
「改めてよろしくね、マーズ」
深夜零時の1LDK、ちゃぶ台の廃棄ピザと第三のビールの上で、俺と猫型宇宙人は二度目の握手を交わしたのだった。
とはいえ、「稼ごうか!」と意気込んだところですぐに商売ができるわけじゃない。
種銭もないし、アイデアだってもちろんない、更に言えば日々の暮らしだってあるのだ。
結局俺は普段通りに大学の講義を受け、凍えながらバイクに乗ってピザ屋のバイトをこなす事になった。
もちろんその合間にはホームセンターやスーパーや道の駅へ行き、商売のネタや、ジャンクヤードで交換に出す物を探したりもしていたのだが……
同時に、今度発売される新作ゲームのために、旧作をやり直したりもしていた。
趣味は大切だ。
金稼ぎのために趣味をおろそかにしていたら、何のために金を稼ぐのかもわかんないわけだしな。
俺がそんな一週間を過ごしている間、マーズはマーズで日本に住む申請の続きのために役所に行ったり、保健所に行ったりと忙しく過ごしていたようだ。
そしてそんな手続きも一通り終わり、マーズがフリーになって俺のバイトの給料も出た今夜、俺たちはついに商売のための作戦会議を始めようとしていた。
「さてと……」
「……ん……お~、やるぅ……?」
俺がゲーム機を切ってチャンネルをテレビに変えたことに気づいたのか……
俺のバスタオルを布団代わりにして、二つ折りにした座布団を枕に爆睡していたマーズはしょぼしょぼした目を瞬かせながら起きてきたようだ。
「ちょっと待ってね」
晩飯のもやし鍋の残りを台所に下げ、お茶のペットボトルを持って戻る。
「しかしこの国、水は美味いのにペットボトルのお茶ってのはなんでこんな味なんだろうね」
「そんなにマズいかな? ちゃんと用務スーパーで買ったやつだよ」
「僕もだんだんわかってきたけど、そのスーパーってマジで激安のとこでしょ? 食べ物はちゃんとしたとこの物食べなきゃいけないと思うよ」
「大丈夫大丈夫、あそこは外食産業も頼りにしてるスーパーなんだから」
俺はなんとなく釈然としない猫の顔をしたマーズの前のコップにお茶を注いで、ペットボトルをちゃぶ台に置いた。
「とりあえずジャンクヤードの方から? 一昨日マーズに見てもらった時からまた交換されてるのがあったし」
「そうだね」
「じゃあ、まずこれ」
そう言って俺がジャンクヤードから取り出したのは、ランタンのようなものだ。
円柱形の本体からスイングする持ち手が伸びていて、なんだかいかにも光りそうな見た目をしている。
説明は『ユオ 空間転写装置 銀河ネットヤカタ別注モデル』だが、例によって全くわからん!
これはこの一週間の間に柿一個 → 断熱材 → 宇宙船用塗料 → 絵画 → ランタン と交換が進んだものだ。
どうも交換も必ず半日に一回行われるというわけではなく、物によって時間が違うようだ。
「あ、これ実家にあったなぁ」
「え、そうなの?」
「古い普及型のホロヴィジョンだけど、ベストセラー商品だし一個ぐらい持っといてもいいんじゃない?」
言いながら、マーズがちょいとランタンを肉球で押した。
ランタンはグラグラと大きく揺れるが倒れる様子はなく、やがて直立状態へと戻っていった。
「ほら、安全機能付きで子供が触っても大丈夫なの」
「へぇ~。そんでこれは何に使うの?」
「あれといっしょ」
マーズは部屋のテレビを指差した。
なるほど、宇宙のテレビか。
とりあえず確保。
「そんでもって次はこれ!」
俺が取り出したのは、長方形の黒い電源アダプタのような物だ。
これはずーっとジャンクヤードに入れっぱなしにしていた雑多なゴミのどれかと、いつの間にか交換されていたようだ。
『ナラカパ イリキWZ お楽しみ 詰め合わせ』と書いてあるが、マジでわからん。
「あー、こういうのってあるよね」
「え? なになに? 何に使うもの?」
俺が聞くと、マーズは苦笑いで頭を掻いた。
「地球にもあるのかわかんないけどさ、古いゲームとかをライセンス取らずに勝手に詰め合わせて売っちゃうの」
「いやそれ、地球にもめちゃくちゃあるよ」
「あ、そうなんだ?」
「ていうかゲーム!? 宇宙のゲームってどんなのか物凄い興味あるんだけど! あのランタンのテレビに繋いでやれないの!?」
「地球のゲームみたいにコントローラーとかないんだけど、思考操作用の機器とかってある?」
「思考操作……いや、ないと思う」
「じゃあ駄目だね」
俺はちゃぶ台の上に突っ伏した。宇宙のゲーム、やってみたかったな……。
「他のは動きないの?」
「他は動きなしだね」
「まあでも今週はデカい成果が色々あったからいいか」
そう言いながら、マーズは肉球を上に向けた手をちょいちょいと動かす。
はいはい。
俺が机の上に三つの物を取り出すと、彼は満足そうにフンフンと鼻を鳴らした。
「まずは力場伝導布」
「バリア布ね」
「それと、
「結局さ、それって何なの?」
机の上に置かれた、青紫に発光する長方形の板を指さして聞くと、マーズは大げさに手の平を上げて肩をすくめた。
これはストックしていたミカン一箱 → 首が三本ある人用のアクセサリ → ヤバそうな記憶媒体 → 『純マオハ化物質 100%』 と交換されてきたものだ。
「だから地球で言う金塊みたいなもんなんだって、今使い道はなくても
そりゃあいいけど、どうも見慣れない貴重品ってのはありがたみを感じにくいもんだな……
とは思うが、青紫色の延べ棒を嬉しそうに撫でるマーズにはそうは言いづらいのだった。
「あと、今週の目玉は何と言ってもこれだよな、
名残惜しそうに延べ棒から手を離したマーズがポンポンと叩くヘッドホンのようなそれは、ところどころ塗装が剥げていて謎の文字がステンシルで吹き付けられていた。
「そういえばそのステンシルの文字って何て書いてあるの?」
「893-33-4 オイカゲって書いてある、元の持ち主の名前じゃない?」
「宇宙海賊から流れてきたって事は……」
「ま、殉職か横流しかだけど。生命維持装置が残る死に方って滅多にないから、多分横流しでしょ」
「だよね、そうだよね!」
宇宙の幽霊がくっついてたらおっかないぞ。
塩じゃあ成仏してくれないだろうしな。
「とにかく、これがあれば
「それ手に入れた時も言ってたけどさ、本気でやるの? ダンジョンに行商に行くって話」
「いいでしょ? 役所の隣にある図書館の情報端末で色々調べたんだけどさ、多分これさえあればボロ儲けできるよ」
ボロ儲けはいいけれど……俺は正直言ってちょっと不安だった。
バリアの力を実体験させてもらって危険はないという事はわかっていても、どうしようもなくビビっていた。
そりゃそうだ、安全だから大丈夫と言われて皆が皆安心できるなら、バンジージャンプを飛べない人などいないのだ。
「トンボ、あんなにバリア試したのにまだビビってるの?」
「いや、全然ビビってないけど?」
「ビビってんじゃん」
去勢を張る俺にマーズはにっと笑いかけて、俺の膝小僧をポンポンと叩いた。
「まあ、わかるよ。何だって最初の一回目は不安さ。僕だって、始めて航海に出る前の夜は不安でたまらなかった。それでそのまま朝まで眠れず、結局ふらふらのまんま船に乗って真空の闇に身を委ねたのさ」
「…………」
「大丈夫。ビビってたって目さえ開いて飛び込めば、大抵の事はなんとかなるよ」
「そうかな?」
「そうだよ」
まぁ、どのみちどれだけ怖くたって、やらないは
ジャンクヤードの実験のために色々と買ったせいで、俺は今月ちょびっとだけクレカのリボ払いにも手を付けていた。
限界ギリギリだ、前に出て稼ぐ以外に手はないのだ。
「それじゃ、明日からでいい?」
「いや待った、明日は第二外国語の授業があるから、明後日にしてくれ」
「明後日ね。よし、決まり! ダンジョンでコンビニ大作戦でバリバリ稼ごう!」
にかりと笑ったマーズがお茶の入ったコップをこっちに掲げたので、俺もお茶のコップを持ち上げてそれに合わせる。
こういうのって、宇宙でもやるんだ……
と不思議に思いながら見つめた透明のコップの向こう側では、ちょっと横に太って見える猫のマーズが、マズそうな顔でお茶を飲み干していたのだった。
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