第2話 焼き芋と猫とバリア布

24年1月16日より、Ver.1を削除してVer.2への更新を行っております。

2月9日に発売される書籍版第01巻の続きはVer.2準拠で更新していきます。

書籍には書き下ろしが沢山載っておりますので、どうかよろしくお願い致します。






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「形はレーションみたいだけど、なかなかいけるね。中の肉もいい感じ」


「これ、中に入ってんのはタコっていう海の生き物なんだよ」



猫型宇宙人のマーズを伴って役所に行ってきた帰り道、俺達はたこ焼きを食べながら雪降る町を歩いていた。


マーズの仮帰化申請、というか仮国民登録といった感じだろうか。


成人男性の俺が後見人になる事によって、マーズを日本に住んで働けるようにしてもらってきたのだ。


「しかしこれが保険証ね。紙でできてるけど、なくしたり濡らしたりしたらどうすんの?」


「なくしたり濡らしたりしないようにすんだよ」



マーズは役所で取り急ぎ作ってもらえた保険証を爪の先に挟んで、ピラピラと振った。


異世界と地球がダンジョンで繋がってからこれまで、幾度もの混乱を乗り越えてきた役場の異世界人課の対応は簡潔で手早く。


良く言えば融通無碍、悪く言えばある意味ガバガバとも言えるものだった。


なんせ二十年も前から毎日毎日、国交も結んでない国から代わる代わる人がやって来ては帰っていったり住み着いたりするのだ。


いちいち全部精査していてはいつまでたっても仕事が終わらないのだろう。


ブラックリストに入っていない国や種族、危険そうに見えない異世界人に関しては、身元引受人がいる場合はほとんど素通りで仮帰化申請を通しているようだった。


問題になるかと思ったマーズの出自に関しても……国内にはまだ見つかっていないダンジョンも多いという事もあり、かなりふわっとした説明でも普通に通って逆に驚いたぐらいだ。


地方では自分たちの身を守るために自警団ヴィジランテを組んで、勝手に住み着いた異世界人狩りをやっている所もあるそうだが、都会では概ね異世界人を受容して税金を取る方針で固まっているようだった。



「トンボ、そういやジャンクヤードはどう? 昨日から動きはあった?」


「うん。昨日交換されてた謎の部品だけどさ、今日また謎の布と交換されてたよ」



俺のスキル『ジャンクヤード』はヘンテコなスキルだ。


これは物々交換のできる無人販売所のようなもので。


何かを入れてしばらく放っておけば、運次第で別の物と交換されているという、使えるんだか使えないんだかよくわからない力だ。


そのジャンクヤードに実験がてら流したミカン一箱は、その後だいたい半日に一度ぐらいの間隔で交換が進んでいた。


ミカン一箱 → 麻薬 → 宇宙の貨幣 → 食料用プラント(の部品)と交換されていき、今は謎の黄色い布になっている。


説明では『力場伝導性熱結合ポリジ布(620%)』となっているが、これだけでは何がなんだかわからない。


だからこういう物の意味や価値をマーズに教えてもらいながら、わらしべ長者形式で交換していって……最終的には宇宙船を目指そうというのが今の俺たちの計画だった。



「やっぱり麻薬ヤパブリンカの後に交換されてた現金リンドの額から見ても、多分トンボのスキルは等価交換なんだと思うんだよね」


「等価交換ねぇ、正直宇宙の物の価値は全然わかんないんだけど……まぁ損してないんならいいか」


「損してないから良いとも言い切れないよ。宇宙船を目指すんなら、宇宙の物をグルグル回してるだけじゃ駄目なんだ。どっかで地球の物に変えて価値を高めていかないとさ」


「宇宙の物を使って地球で金儲けかぁ、金の延べ棒でも来てくんないかな……」



ていうか等価交換って事は、ミカンの皮と交換されてきたマーズって一体……いやでもそこらへんはもしかしたら、スキルを持った人自身の価値基準が関わってくるのかもしれないな。


そんな事を考えながらザクザクと音を立てる雪道を歩いていると、隣のマーズが「あっ」と声をあげた。



「トンボ、あれ何? なんか音出してるけど」



ピョコンと尻尾を立てたマーズが指差した先には、客引きの音声を流しながら低速走行する石焼き芋のトラックがあった。



「ありゃ石焼き芋だよ。甘い芋」


「芋が甘い? なんだよそれ」


「食べてみる? 高いから半分こだけど」


「いいの? 食べてみたい!」



俺たち二人は小走りで焼き芋屋を追いかけ、一本四百円もする金色の焼き芋を半分に割って分けあった。


マーズは甘党なんだろうか、昨日食べたラーメンや今日食べた焼きそばやたこ焼きにはあまり興味なさげだったのだが、焼き芋の甘さにはつぶらな瞳を見開いて大喜びしているようだった。



「あんまぁ~! なんだこりゃ!」


「おお、こりゃ当たりだ、甘いなぁ」


「おっ、兄さんわかってるね。当たりも当たり、大当たりよ。うちは芋にこだわってんのよ。なんつったって紅はるかだからな」



焼き芋に齧りつく二足歩行の猫が物珍しかったのか、焼き芋屋のオッサンが窯に薪を足しながら得意げに話しかけてきた。



「猫の兄さんは最近日本に?」


「ああ、つい最近ね」


「日本は焼き芋に限らず色んな美味いもんあるからさ、良かったら楽しんでってくれよな」


「もう楽しんでるよ」



本当に美味そうに芋を食べるマーズに気を良くしたのか、焼き芋屋のオッサンはちっこい芋をサービスにくれて去っていった。



「トンボ、これジャンクヤードに入れといてよ。後で食べるから」


「ああ、いいよ」



俺がちっこい焼き芋を収納すると、マーズは持っていた芋を口いっぱいに頬張ってゴロゴロと喉を鳴らした。


改めて見ても、本当に猫そのものだ。俺が芋を食べながらマーズの喉の音を聞いていると、またどこからともなく移動販売の音楽が聞こえてきた。



「あっ、また音鳴らしてる車が来た。あれもなんか甘い物売ってるの?」


「ありゃ灯油……燃料の移動販売だよ」


「じゃあ、あっちのでっかいのは?」


「ありゃ自衛隊の……特機運搬車ってやつ」



マーズが背伸びをするようにして見つめる灯油の移動販売車の反対側からやってきたのは、自衛隊の戦闘用ロボットの運搬車だった。



「なんだか原始的なロボットだなぁ」


「宇宙人から見りゃそうかもしれないけどさ、日本の子供はみんな一度はあれのパイロットに憧れるんだよ」


「トンボも?」


「そりゃあ乗れるもんなら乗ってみたいけどさ、あれに乗るのは東大に入るより難しいんだよ」



ダンジョンから出てきた都市破壊級の魔物と取っ組み合いをするための戦闘用ロボットだ、きっとあれに乗りたくない男なんて一人もいないに違いない。


俺だって小学生ぐらいの頃は真剣に、いつかはロボットのパイロットになると心に決めていたのだ。


そうだ……俺には夢があった。


小学生の頃の俺の夢は、ピンチの人の前にロボットで颯爽と現れ、でっかい銃で魔物を倒して去っていくヒーローになる事だった。


妹と一緒に、逆さにした子供用椅子をコックピット代わりによく遊んだものだ。


人は夢を忘れて大人になる生き物だ。


だが、その夢を本当には忘れる事ができないのもまた、人という生き物だった。


想像の中の操縦桿を手にキリッとした顔を作る俺の耳に、聞き捨てならないマーズの言葉が飛び込んできた。



「まあでもああいうの、宇宙だとありふれてるからいつか交換で来るかもよ」


「え? ほんと!?」



しゃがみこんだ俺が、思わず掴んだ彼の肩をガクガク揺すると、マーズはなんともうっとうしそうな顔で首を縦に振った。



「ほんとほんと」


「え? え? マジ!?」



それならいいなぁ、夢が広がるなぁ……なんて事を思いながら、俺は顔と胸にカバーのかけられたモスグリーンの特機を、車が角を曲がって見えなくなるまでじっと見つめていた。


やっぱり、ロボットはかっこいいな。


もしいつか手に入ったら、絶対にカッコいい色に塗るぞ!


童心に返ってそんな決意を固めていた俺の裾を、柔らかい肉球がちょいちょいと引いた。



「見て見てトンボ、なんかまた音鳴らしてる車が来たよ!」


「あ……ありゃあ、ヤンキーの車だね」



今日はじめて町に出てきたばかりのマーズは、色んな物に興味津々なのだった。






「うーん、こりゃあ凄いな」



夜も更けた午前零時。


マーズは俺がバイト先からかっぱらってきた廃棄のピザを齧りながら、フンフンと鼻を鳴らして片手の肉球で黄色い布を揉んでいた。


この布は俺のスキルのジャンクヤードでミカン一箱から四回の交換で辿り着いた物だ。


一応説明では『力場伝導性熱結合ポリジ布(620%)』とあったが、俺には全然正体がわからなかった。



「それって何に使うもんなの?」


「これは力場を伝導する布なんだけど、それだけじゃなく同時にブースターにもなるって代物だよ」



余計にわからなくなったな。


俺はカチカチに固まったピザを第三のビールで流し込み、もう一度聞いた。



「どう使うわけ?」


「まあ待って、力場ってわかる?」


「いや、わかんない」


「引力ってあるでしょ? その逆が斥力と言って……」


「待った待った、どう使うのかだけ教えてくれればいいから……」



マーズはちょっとだけ困った顔をして、こちらにグッと布を突き出した。



「これを身に纏えば強力なバリアが張れる。ただしバリア発生装置がないから今は使えない……って感じかな」


「あ、そういう事……」


「正直これは実用性があるから、残しといたほうがいいと思うよ」


「じゃあ、残しとこう」



詳しく説明してくれようとしたマーズには申し訳ないけど、多分難しい話を最後まで聞いても何もわからないと思う。


文系だしな。


とりあえず布も残した方がいいならば残しておこう。


交換用の冬ミカンもまだあるし。



「あ、そういやトンボ、昼間の小さい芋出してよ。デザートにするから」


「ああ……あ、ごめん交換されてるわ……」


「えっ!? キープしといてくれなかったの?」


「いでっ! ごめんって!」



手のひらに突き刺さったポプテのマーズの爪は、猫のマーズの爪と同じぐらい痛い。


俺はフシャーと怒る彼の前に、慌ててジャンクヤードからミカンを取り出した。



「これも甘いから、これで勘弁してよ」



皮を剥いたミカンを丸のまま差し出すと、マーズはフンフンと鼻を鳴らして訝しげな顔で匂いを嗅いだ後、がぶっと噛み付いて目を丸くした。

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