第2話
親愛なる兄上様
楽士との旅はなかなか過酷です。
ご存じのように、
とはいえその背中は不安定に揺れ、荒れ地をゆく乗用として快適とはいえません。慣れない私のような者は乗っているだけで苦行、日が暮れる頃には足腰が立たなくなります。
リャイパには一角と二角のものがいるようです。角に雌雄の差はありません。一角の種はおとなしく群れを好み、二角の種は気性が荒く扱いづらいとされています。
外見は私たちが資料でのみ知る野の牛に似ていますが、足の速さや性質はむしろ駱駝を思わせます。いや、似て非なる種かもしれません。このあたりの細かい分類は私の専門外ですのでご容赦ください。
家畜化されたリャイパは生活のあらゆる場に必要不可欠です。
重い荷物や人を載せての移動はもちろん、春に刈り取る毛は織物に、乳は脂に、また加工して保存食に使われます。肉はいうまでもなく食用に(あまり美味ではないですが)脂肪、革、骨、内臓や筋に至るまで無駄にされることなく生かされる様を見ていますと、人と共にある生き物の意味を考えさせられます。
楽士団の話に戻ります。
旅の楽士は八人、それとリャイパ使いの少年が二人。全員男性です。
頭領のザブルクは年の頃三十半ばというところでしょうか。大柄ではありますが命令や大声で威圧するような頭領ではないので、正直ホッとしています。私のような、たまさかの同行者にも気さくに話しかけ、よく笑う男であります。頭布から溢れるほどの赤い縮れ毛と赤い顎髭、楽器を背にした姿は遠目にも目立ちますがどこの生まれなのでしょうか、緑灰色の眼はかなり遠くまで見えるとか。
彼は双頭弦という弦楽器を奏でます。兄上はご存じでしょうか? 向かい合う馬の頭の形をした二本の首それぞれに四弦を張り、大きな共鳴胴があります。これを抱えて奏でるのはなかなかに難儀でしょう。他の楽士は、満月の形をした月琴、長胴鼓、小鼓、笛、大角笛などなど。
楽器を抱えて城から城へと各地を渡り歩き、慶事にも弔事にも歓迎されて休む間もなし――とは彼らの談です。楽士といいつつ、歌も語りも即興芝居もする、請われれば剣を使った舞いも披露するそうで、そのためか各々が長剣を佩いております。護身用も兼ねているとか物騒な話も聞きましたが、幸か不幸かまだそのような場は目にしておりません。
野営の時など興が乗れば、かしら(ザブルクのことです)の双頭弦に合わせて皆で良い声を聞かせてくれます。いささか古い言葉のようで不勉強な私には細かい意味まではわかりませんが、多くは戦士の伝承や言祝ぎの歌のようです。
夕刻や休憩時に私が文を書いておりますと、ひょいとのぞき込んで卑俗な言葉で冷やかしたりする者がいます。『学生』という身分が珍しいのでしょう。一応用心のため、兄上への便りは偽装することにしております。この文もところどころに不明な文字列があるでしょう。彼らが聖都文字と呼ぶ文字です。下手な詩など書いて、覗かれても良いように細工しているのです。ザブルク以外に文字が読める者はいないとも聞きますが、用心のためです。
これも、我らの文字が聖都文字に似ているゆえに出来ることですね。というより、聖都文字を作り出したのが我ら上界人の祖先なのですが、そこはさておき。
リャイパ使いの少年たちについても記しておかねばなりません。
大きい子が十二か三、小さい子は十かそこらでしょうか、兄弟を名乗っていますが目の色や顔立ちは似ていません。兄は黒髪で濃い茶色の瞳ですが、弟は翡翠が燃えているような色の大きな瞳を持っています。高山地帯を旅している時、口琴師の口利きで雇ったとのこと。
今回の移動に使われるリャイパは一角種ですが、先導は扱いづらいとされる二角種の雌です。慣れたリャイパ使いが必要なのでしょう。
二人して二角種に乗りながら、兄は道案内、弟は終始リャイパをなだめる役のようです。
それにしてもこんな幼い子らがなぜ、とも思いますが詮索はまだ控えます。私はあくまで旅人であり、彼らの事情に踏み込めるほどの距離にはいません。
本題に戻りましょう。
この楽士団が旅の過程で通行税を払っているのか否か。
ツク城を離れ三日、明日にはバシテルイ城領に入る予定ですので、そこで少しは判明できるでしょうか。
ご存じのように、通常の旅人は入城の際に規定の税を支払うことになっています。
通貨は価値の低い順に赤銅、黄銅、白銅、青銀、白銀。このあたりが一般的でしょうか。金貨はまず目にすることなく、紙幣は存在しません。
家畜や食糧などはモノ自体で取引されているようですね。いわゆる物々交換も多いのでしょう。
双頭の弦を弾き、縮れた長い赤毛を持つ男、ザブルク。彼が率いる楽士団が本当に役人を出し抜く方法など持っているならば、この目で見てみたい。
調査とは言いながら、少しばかり心が浮き立っている私をお許しください。
日が沈みましたので、ここまでの文を
貴男の忠実なる弟
ヤーゲイ・ガナル 拝
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます