外伝12話~夏、そして飛躍の秋。運命旅程御一行、アメリカの大地を踏む~
暑いんじゃ~! さっき気温計見たら30度とかだったぞ!? ここ仮にも北海道だよねぇ!? しかも、他の所より標高も高いよ?
いや、それでこの暑さ……東京、大阪も厳しそうだし、九州や沖縄辺りは40度を超えているんじゃないだろうか?
あ、おーい館山さん! アイスだ! アイス持ってきてくれ! ハーゲンダッツとは言わんからパルム位でいいぞ〜!
「おーファー、今日も暑いなぁ。美味しいものやるわ。口出してみ」
パクっ! おぉ、冷たいし甘くて美味い! さすが館山さん! これなんてアイス?
「砂糖水を凍らせてみたけど美味しいか?」
アイスじゃないんかい!? ……俺は、知らないうちに舌がバカになってるのかもな。だって草だもん、普段食ってるの。
ファンの皆からはね、人参とか色々届いてるらしいのよ。でも栄養価やバランス考えて館山牧場の皆で分け与えられているらしい。俺に沢山食わせろぉぉぉ!!!
『美味しいねお兄ちゃん!』
『あぁ、これは美味いぞ兄さん』
『あぁ、美味しいな2人とも』
「こいつ、妹弟が来た途端にシャキッとしやがる。ちゃんとメリハリはついてるんだな」
カーテンコール、ポインセチア……コールとセチアの2人が俺の傍に寄ってきたのでそう返す。あと館山さんは黙っておこうか。
にしても前走の安田記念は疲れたなぁ。マイルはやっぱ忙しいって事かね? 走れることは走れるけど、超一線級の猛者が本気出せば、それこそタガノフェイルド相手だったら1馬身近く千切られてたかもな。
それといつもより脚が上手く使えてなかった気もした。いつも通り、というかいつも以上に頑張ってたつもりなんだがな。初めての舞台で気が抜けたって事かね?
『どちらにせよ、秋は気を抜かないようにしねぇとな』
『あ、僕も。僕も兄さんみたいに全力を出して、二度と負けないようにするよ』
『私も、お兄ちゃん以外の男になんて絶対負けないわ。皆で今年の秋は全戦全勝を目標にしようよお兄ちゃん!』
という訳で、コールの一声によりこの3人の目標は全戦全勝となった。あぁ、進む道は違えど、場所は離れ離れであろうとも、お互い頑張ろうぜ!
それから時は経ち、俺は妹弟と共に飛行機に乗って海外の地を踏んでいた。…………一緒じゃん? あ、あれぇ!?!?!? もしかしてまた同じレース走る感じ!?
***
阪神競馬場第11R:セントウルステークス<GII>(芝・良・左・1200m)
《ポインセチア抜けた! 早くも先頭に立ちました! 横川余裕でセーフティリードを保つ! ポインセチア先頭!
後ろからは何にも来ない! 3馬身と突きぬけた! 初の1200も問題なし! ポインセチア今日は4馬身~!
強すぎましたポインセチア! 鞍上横川勤は後ろを見る余裕すらありました。初めての短距離も問題ありません! 3歳マイル王が短距離路線に殴り込み!
スプリント路線に超新星誕生! 秋のGI戦線がまた楽しくなりましたね!》
秋競馬を告げる最初の古馬GIIセントウルS。それを4馬身差で千切ったポインセチアの次走は秋のスプリント王を決める1戦スプリンターズS……かと思われたが。
「あそこまでスプリント適性を示すとはな。横川はどう思う?」
「荻野さんと同じで僕も驚きです。勝つとは思ってましたが、4馬身差とは。……マイル路線に舵を切っていたら、思った以上に苦戦したかもしれませんね」
「そうですね。ではポインセチアの次走はBCスプリントを。勝手に登録しておいて良かった良かった」
「「宮岡オーナー!?」」
東京競馬場第11R:毎日王冠<GII>(芝・良・左・1800m)
《最後の直線! スーパーGII毎日王冠! 先頭カーテンコール! 坂を登るッ!!! カーテンコールが前に出た
後ろから追ってくるブラッティーメアリー! さらにパフィオペディルムが2番目に上がった!
しかし負けない! しかし譲らない! カーテンコール3馬身後ろを離して今ゴールイン!
GI馬2頭を相手にこの貫禄! 流石はGI4勝の牝馬最強マイラーです!
秋のGI戦線がまた楽しくなりました! カーテンコール横川勤! ノーステッキでの完勝です》
GI馬3頭が揃った1戦、毎日王冠。1.3倍に推されたカーテンコールは見事に勝ちきって見せた。そして次に目指す舞台は秋のマイル王を決める一戦、マイルCSかに思えたが……。
「1800も問題ねぇか。ただ秋天は絶対に無理だろうな」
「そうですね。距離的にも、秋天はメンツ的にも2段階ぐらい上がります。三冠馬ドゥラスチェソーレに今年の3歳世代を賑わせた馬も出てきますから」
「ではやはり登録しておいたBCマイルに出走させましょう」
「「…………はい」」
こうして2頭の次走はステイファートムと同じ地で行われるBCデーへと照準が定められた。
***
早朝、今日も僕はファーの調教を務める。できればコールやセチアの調教も付けたいけど、時間的余裕も無いからね。それに同時に調教を付けた方が本人のやる気的にも効率が良い。
この前までファーの奴はフェイルドと調教を付けていたけど、今じゃコールやセチアとしている事が多い。最も、今日は違う相手だ。
『ひぃぃぃぃ!?』
『ははははっ! そうだよその走りだよ! ようやく分かったか! 分かったらさっさと未勝利戦ぐらいさっさと勝てやぁ!』
今日不運にも選ばれた未勝利馬コンディルムが必死に走る。と言うかファーの奴から逃げる。こいつ、恐れられているけど面倒見は良い。
と言うのもファーと共に調教を受けた馬は何となく好走率が高い。これは一番最初に荻野さんが気づき、それを教えられた僕が騎乗して実感した事で発覚した。
という訳でもうすぐ終わる未勝利戦を抜け出させるため、今はコンディルムをファーと共に調教を付けている。
ファーの奴にも負担が軽く、丁度いいという訳だ。今乗る感じ、もう脚に負荷がかかり過ぎているって感じはしないけど……。
ううん、確実にそれは近づいてきてる。君と過ごすのもあと少しなんだな……なんと言うか、身が引き締まる。
『ヒャッハァァァァ!!!! そう言えば俺の次走はどこですかァァァァ!?!?』
『こんなの死んじゃうよぉぉぉぉ!』
ふふ、2頭の相性も中々良いな。僕はそんな事を考えながらファーの調教を終えた。なお、2週間後に行われた札幌芝未勝利戦でコンディルムは4馬身差の圧勝で勝ち上がった。
***
「勤、ちょっと良いか」
そう言って話しかけてきたのは横川典弘。僕の父さんだった。あと、何故か両手にミスタードーナツの箱を持っている。なんでだよ。
「父さん、どうしたの?」
「なぁに、ちょっとした世間話だよ」
そう言って俺と父さんは話し合いの席を設けた。
「勤、お前は何か迷いがあるように見える……だったが、吹っ切れているようだな。覚悟ができている」
「急に何さ」
「安田記念の時に見た顔とは違っているって事だ。……アメリカに行くらしいな」
気づかれていたか。ファーに対する不安やらを色々と見抜かれていたのかもしれない。
「アメリカを問わず、外国の競馬を経験するのは良い事だ。日本は年中問わず競馬が行われている。日本だけで完結しているとも言えるな。だからこそ、外国人ジョッキーは新鮮に映る」
「そうだね。日本は島国だから欧州のように他国に渡って遠征する事も難しい。アメリカに行くのも今回が初だ」
「まぁ、お前の心配はあんましてねぇよ。それよりもステイファートムの事だ」
そう言われた瞬間、心臓の鼓動がドクンと一際大きくなった気がした。
「ステイファートムは海外遠征も慣れている。だが、油断はするな」
あぁ、そうだ。これは前にも聞いたことがある。わかっているよ父さん。俺は間違えない。宮岡オーナーも納得してくれるだろう。
「俺は夢を追いかけるけど、現実も見ているつもりだよ」
「なら良い。凱旋門賞の時やサウジの時も言ったが、今回は改めて言っておかなきゃ行けないような気がしてな。何となくなんだが……まぁ、分かってるなら良いや」
父さんはファーの予後不良の可能性を察したのだろう。俺の雰囲気か、はたまた本当に直感か。
父さんは昔、ドバイの地で散ったダート最強牝馬ホクトベガの事を今でも悔いているのだ。凱旋門賞の時にも言ってきていた。
「ファーは僕の親友だ。家族だ。だから、もし限界を越えようとしていたら止める。例えどれだけ叩かれようとも構わない」
「あぁ、それでこそ一流の騎手だと俺は思っているよ。いくらリーディングを取ろうとも、馬を大事に出来ない奴は二流止まりさ。あくまで俺の持論だがな」
父さんは僕の言葉を聞き、そう笑っていた。そして持参したドーナツを1つだけつまみ去っていった。
……勝つ。ファーの力を精一杯引き出しつつ、無理はさせないように。今までだってどれだけファーに助けられたのか、数え切れないぐらいある。
だから次からは僕が……僕がその恩返しをする番だ。BCクラシックがなんだ。僕とファーは最強だ。全員ぶっちぎってやる。
「ファー、最後まで一緒に頑張ろうな」
隣に飾られたステイファートムのポスター前に立ち、顔の部分を撫でるように触れた僕は小さく呟いた。
JRAのヒーロー列伝第115弾。1度目の天皇賞・秋を勝った時のステイファートムだ。キャッチコピーは『運命に導かれて』。
はは、君と出会った事が運命ならば神に感謝しないとね。いよいよだ。もう少しで君はアメリカに旅立つ。もう一度見せてやろうぜ、ステイファートムの……いいや、運命旅程一行の強さを、世界に。
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