外伝10話~GI安田記念《後編》~

東京競馬場第11R:安田記念 <GI>(芝・良・左・1600m)


【馬番】

①ダノンフェイルド

②ナベリウス

③パフィオペディルム

④サレグス

⑤クレイデュース

⑥ステイファートム

⑦イクイゼロス

⑧ポインセチア

⑨スタコラサッサ

⑩ミドルオブドリーム

⑪ジャックテイル

⑫カーテンコール

⑬ペルツォフカ

⑭ルージュエルナ

⑮ペニーフォルト

⑯イチバンソトカラ

⑰シャドーフェイス



1番人気シャドーフェイス3.9倍

2番人気カーテンコール4.5倍

3番人気ステイファートム5.1倍

4番人気ポインセチア7.2倍

5番人気ミドルオブドリーム15.6倍



《さぁ、GI馬11頭による史上最も豪華な安田記念のファンファーレです! いよいよですよ細田さん!》


《はい! 1番人気は混戦ですが高松宮記念を制したGI5勝シャドーフェイス3.9倍。マイルGI3勝と得意舞台のカーテンコール4.5倍


初マイルに挑むステイファートム5.1倍。以下ポインセチア7.2倍とここまでが10倍以下オッズです


3番人気ステイファートムに関してはGI8勝馬への期待からですが、2番人気はカーテンコールですね。マイル実績を買われてヴィクトリアマイルからの連勝を狙っています


1番人気は香港Cから高松宮記念の距離短縮も問題なくマイルGI2勝目を狙うシャドーフェイスです


そして兄弟の3頭目、無敗馬ポインセチアが7.2倍。3歳勢は古馬との壁をどう乗り越えるのか注目です


さぁ、枠入りは始まっています。全馬枠入り完了。短距離中距離の猛者も交えて、春のマイル王者の称号を手にするのかどの馬か!


混戦模様、その結末を見届けよ! GI第✕✕✕回安田記念いまスタートが切られました!


全馬揃った素晴らしいスタート! スっと下げたのはカーテンコール。ステイファートムは前に取り付いていく!


しかし先頭はやっぱり行ったシャドーフェイスです! 大外枠から短距離GI3勝のシャドーフェイスが前を引っ張ります!


去年と同じ展開になりました。そしてポインセチアは真ん中寄り。早くもバラけた位置取りになりました安田記念です》



「よし! スタートはよし!」



 俺のスタートは良かった。だがさすがはマイル戦線を戦ってきた猛者達だ。出足のスピードが違う。初速から格の違いを見せつけられた気がした。


 恐らく俺の経験したことないペースとなることは間違いない。慣れないペースで必要以上にスタミナを削られて伸び脚が無いなんて事にならないようにしないとな。



『は? おいお兄ちゃんと一緒が良いぞ下げるな上の奴!』


『ちょ、姉さんほどじゃないけど僕も下げるの!? 兄さんと同じ位置が良いんだけど!?』



 後ろからコールとセチアの声が聞こえてきた。あいつら、レースでも俺のそばに居ようとするなよ。……いや、寧ろ同じ位置取りから自分が勝つ行為は中々に来るものがある。そういう狙いか?



『うははは! 遅い遅い! 俺が先頭! ずっと先頭! そして最後まで先頭! そうすれば絶対に勝てるぅぅぅ! 俺、天才ぃぃぃ!!!』



 シャドーフェイスの奴が真っ先に飛び出して行った。はは、俺とは積んでるエンジンが違うんじゃないか? ってぐらいの初速だ。


 中距離を走れる体力に短距離を戦えるスピード。お前、多分だけど長距離走れるスタミナ以外の基礎スペックは全然俺より高いぞ?



『おっさん、リベンジマッチと行こうや!』


『はぁ? あんたもこいつに絡むの?』


『うるせぇペルツォフカ! 俺はファートムおじさんに話しかけてんだ!』


『はぁー……まずはあんたから捻り潰してあげるわ、ファートム、ちょっと待ってなさい』



 周りもぞろぞろと来た。と言うか5歳勢のお知り合い? だったミドルオブドリームとペルツォフカが勝手に競り合っている。何だこのレース、身内でバチバチ殴り合いばっかじゃねぇか。


 サレグスとかを見ろ。俺の方なんか一切見ずに自分のペースで走ってるじゃねぇか。なぁ、お前もなんか言ってやれよ。



『……(プイッ)』



 あ、アイツぅぅぅ!!! なんか距離感じるなーとか思ってたら俺を避けてやがった! ちゃんと走ってるんじゃなくて俺から離れてただけかよ! 後でぶん殴ってやる!



《さぁ早くも隊列が固まりましたが掛かっています! シャドーフェイス相変わらず! ステイファートム珍しくそしてミドルオブドリーム、ペルツォフカ、ポインセチア、カーテンコール!


上位人気全頭がかかっている! これは波乱の予兆なのか! 早くも雲行き怪しい安田記念です!》



「落ち着けファー!」


『任せろ横川さん! 俺はいつも冷静さ! 隊列は決まった。次に何かあるとすれば……』


『ようやく弛めたね。うん、分かってるじゃないか。僕が動くならここだって!』



 バーストインパクトのように中盤でペースを乱し始める捲り屋の存在。だよなぁセチア! てめぇはゼッフィルドと同じ捲り芸人だ! 知ってるぜぇ!



《中段後ろから上がっていく! 向正面を過ぎた第3コーナーで動いたのは3歳マイル王のポインセチアだ!


あっという間に先行集団に並びかけていく! それを追ってカーテンコールも少し位置をあげたか!


有力馬が前に固まっていく! それを見て後続馬もギューッと一気に押し寄せてきた! さぁペースが乱れ始めたぞぉ!》



『お前だけお兄ちゃんに近づくのはずるい!』



 なんかもう1頭は私欲で動いてるんですけどぉ!? とにかくコールも上がってきたか。セチアはゼッフィルドに走り方が似ている。


 ならコールが似ているのはロードクレイアスの奴だろう。あいつも最後の直線で一気に来るからな。だが、中盤とはいえレースはまだ800m以上も残っているんだぞ? 大丈夫か?



『やぁ兄さん』


『セチアか、余裕そうだな』


『まぁね、この舞台は僕もこの前勝ったばかりだし。僕の走り、見ててよ。ここなら僕は兄さんにも負けない競走馬になれるってこと、証明するからさ』


『そりゃ無理な話だセチア。俺は1着でゴールする。だからおめぇの走りを最後まで見ることはできない』


『はは、年下だからって舐めないでよ兄さん。まぁいいや、結果で黙らせるから』



 それを言ってポインセチアの奴は俺を抜き去っていく。さぁ、今俺の前には3頭馬がいる。1頭はセチアだ。


 そして2頭目はルージュエルナ。サウジアラビア遠征の時に話しかけてきた『なの』が語尾の年下ダウナー系少女。さらにそれを大きく引き離して1番前を独走しているのが……。



『もうコーナーか! まだまだだぜぇ! なんたって俺の走りは鏑矢が如く! 逆噴射はせず! 見よ、ここにいる全ての人間よ! 世界を制したこの脚を!』



 海外でも結果を出している短距離暴走機関車シャドーフェイスだ。でも中距離も勝ってるらしいしなんならこのレース、去年も勝っているらしい。た、短距離とは一体……。



《さぁ第3コーナー。隊列そのままシャドーフェイスの逃げ。3馬身切れてルージュエルナ、ポインセチア


その後ろに凱旋門賞馬ステイファートム! ミドルオブドリーム、ペルツォフカ! そしてそして、カーテンコールも上がっていく!


役者は、前に固まってきた! さぁこのドリームレースで最後に笑うのは誰だ! 飛ばしているのはシャドーフェイスの逃げ! しかしこのまんまでは終わらないでしょう、直線向いた安田記念!》



『ふははは! 勝てる! 勝てるぞぉ! 俺様が1着で駆け抜ける勇姿をその眼に焼き付けろ!』


『あいつには負けないなの』


『前2頭は兄さんの前座に過ぎない。さぁ、どこからでも来てよ兄さん!』


『レースなんて1着かそれ以外だ。勝つ。俺に今まで勝ってきたライバル達に申し訳ねぇからな。二度と負けられないんだ、今回は、特に!』


『おめぇいい加減にしろって。俺はフェートムおじさんと走るんだ!』


『いい加減にするのはそっちよ! 邪魔ねあんた!』


『お兄ちゃぁぁぁぁぁぁんっっっ!!!!! 待っててねぇぇぇぇぇぇぇっっっ!!!!』



《先頭シャドーフェイス! 2番手ルージュエルナ差を詰める! ルージュエルナ差を詰める! 内からポインセチアも来ている!


外を通ってミドルオブドリームとペルツォフカが飛んできている! 真ん中からステイファートム! マイルも制するのか! 世界最強馬の脚!


大外はカーテンコールだ! ルージュエルナの脚が止まってシャドーフェイスが突きぬける! おおっと内からポインセチアの凄い脚ぃ!


一気に先頭シャドーフェイスに並びかける! まさかの3歳勢勝利なるのか!》



『なんだてめぇぇぇ!?』


『粗暴だな。兄さんの前の前座にもなりはしない程度の器か? まずはあんたを抜き去ってやる』



 シャドーフェイスの強烈な逃げに早くも並びかけたのはセチアだった。斤量の軽さにマイルに特化してきた経験。そして天性のスプリンターの脚。


 それがシャドーフェイスへあっという間に詰め寄ることの出来た要因だろう。絶対1200m、1400mのレースなら戦いたくねぇな。



《大外からカーテンコール来る! ミドルオブドリーム、ペルツォフカの2歳王者と女王を交わす! 真ん中からステイファートムと共に脚を伸ばす!》



『お兄ちゃぁぁぁんっっっ!!!』


『来たなコール! 兄として負けられんぞ! 俺もな!』


『うわぁ!? お前が邪魔したからぁ!』


『はぁ!? あんたが邪魔したんでしょ!?』


『『……ちょっと一時休戦だ。さっさと追いつくぞ!』』



コールに交わされた事で冷静さを取り戻したのだろうか、まずは俺とコールに照準を定めたミドルオブドリームとペルツォフカが落ち着きながら、されど物凄い脚で迫ってきている。


 てめぇら、喧嘩してなかったら俺からしても危険な存在だっただろ。今から本気出すって本当に……まぁ、それもレースだ。かかってこいよ、年上として胸貸してやる。



《残り300mを切っている! 先頭シャドーフェイス! ポインセチア並ぶ! 並びかける! 真ん中からステイファートム! 大外からカーテンコール!


この4頭の争いになった! ミドルオブドリームとペルツォフカの5番手争い!


さぁこのドリームレース! 勝つのは一体どの馬だ! 連覇か! 3歳世代か! 4歳牝馬か! 凱旋門賞馬か!


まだ分からないぞ安田記念! 残り! 200m!》



『てめぇらか! なんかそんな気はしてたぜぇ! 精々2着争いを楽しむこった! 俺様のゴールする姿を見てろ! ひゃははは!』


『そういうのは僕を突き放してから言うセリフかな。早く垂れて楽になりなよ。前座がいつまでもいていい場所じゃないよ、そこは』


『ごちゃごちゃ言い争いとは醜いぞ。シャドーフェイス、セチア、お前誰を相手にしてるか分かってるのか? ……世界最強を、舐めるなよ?』


『お兄ちゃんの後ろ姿ハァハァ……堪らん。でも、この前みたいな脚を出せれば、私は勝てる! あの、お兄ちゃんに!』



 互いに譲れない力強さと想いを胸に、最後の直線を俺達は駆け抜ける。さぁ、最初に抜けるの誰だ。そして、最初に脱落するのは誰だ。


 ……まぁ、決まっている。誰よりも早く、俺自身が動くことでこのレースを支配する。そうだろう、横川? 任せろ。ぶっぱなしてやろうぜ、その鞭で、この脚を!



「ねぇファー、僕が選んだのは君だ。……負けられないよ、彼らには。……だからさ、頼むよ。マイルでもいつものように、弾けろ! ファー!!!」


『あぁ、任せろ! おらぁ! どけどけどけぇ! 運命旅程様のお通りだぁぁ!』



 残り200mを切ってようやく入ったその鞭に俺はあっという間に応える。200mで鞭を入れるのは遅くないか? そう思う奴もいるだろう。


 だが俺の場合は違う。悪いが、俺の末脚はそこまで凄くない。キレる脚も、長く持続力のある脚もない。


 どちらも1級ではあるがな。ロードクレイアスのやつのような強烈なキレる脚、ゼッフィルドの長ーく持続力のある脚、超一級品には叶わない。


 だからこそ、俺は横川さんの判断を信頼している。横川さんも俺を信頼してくれている。だからこそ、その鞭に一瞬で応えて最高速度まで到達。


 あとは根性でそれを持続させて粘り込むスタイル。それが俺と横川さんによって完成させた勝ち確黄金パターンだ。


 それ以前にも徐々に、最高速度にすぐ乗れるように脚は軽く使っているからな。最高速度を持たせるなら200mがギリギリ。


 それを俺は理解している。そして、横川さんも何となく分かってくれている。人馬一体によって繰り出される俺の走り。これが、今の俺が出せる最強の走りだ!



《ステイファートム伸びてきた! 先頭シャドーフェイス! 内からポインセチアもいる! しかしステイファートムだ!


GI8連勝か! マイルでも無敵なのか! ステイファートム先頭に並びかける! しかし内から2頭も粘っている!


っ!? いいやこれは!》



『がはっ!? てめぇ、その脚は……ちっ、舐めるなぁぁぁぁぁ!』



 そう言うがシャドーフェイスの脚は上がった。これ以上の伸びは期待できそうにない。怖いのは……。



『はは、さすがは兄さん。……そんな貴方を、偉大なる兄を倒してこそ僕はより一層輝ける!』


『セチア、まだ力を残してたか!』


『えぇ。兄さんは……ステイファートムはあの程度で倒せる馬ではない。ならば僕も限界を超えなければいけない。今、貴方を超える!』



《内からポインセチアが差し替えす! ポインセチアもまた伸びる! まだ分からない!


この2頭の争いは! 内か外か! いいや、さらに! 大外から何か一頭突っ込んで来る!》



 セチアの驚異的な二の脚。やっぱこいつは天性のスプリンター気質だな。だが、俺も負けちゃいられねぇ!


 脚を伸ばす。横川さんの驚異的な手腕で手綱が動かされ、俺の動きを補助する。最高だぜ! まるで違和感を感じない! このまま! 押し切る!


 ズシッ……次の瞬間、ターフの芝を削るような音が聞こえた。時間が経つ事に大きく近づいてくる。これは、ロードクレイアス?


 そう勘違いさせられるほどに驚異的な末脚の持ち主が後ろから突っ込んできていると理解した。そして、その持ち主の正体も。



『ようやく追いついたよ、お兄ちゃん!』


『コール……!』



《コール来た! コール来た! コール来た! さぁ差し切るかぁ! やっぱり飛んできたカーテンコールだ!


世界のマイル女王の凄い脚ぃぃぃ! あっという間にシャドーフェイスを交わして先頭2頭に並びかける!》



『アアアァァァァァアアァァ!? ぶち殺すぅぅぅ!!!!』


『姉さん! 僕達の仲に割って入るとか空気の読めない!』


『はぁああ!?!? 私とお兄ちゃんのハネムーンを邪魔する奴らがなんか言ってるんですけど!?』



 誰と誰がハネムーンだこら。にしても……凄い脚してやがるな。これがカーテンコールの真骨頂。完成系って訳か。


 3歳の冬から調子が良いらしいとは思っていたが……多分、コールの最盛期は3歳の冬から始まって今に至っているんだろう。


 俺のように4歳秋でひとまず完成し、さらに歳を経て限界を超える馬もいる。ディープゼロスのように、3歳で成長が止まってしまう馬もいる。コールがどのタイプかは読めない。


 あぁいや、そんな事はどうでもいいか。重要なのは1つ。カーテンコールの最盛期の実力は十分に俺に届き得る刃にまで育ち、今俺と雌雄を決しようとしている事だけだ。



『さぁコール見せてみろよ! この俺に、お前の全力をなぁ!』


『任せてお兄ちゃん! 今すぐぶっ差すからぁ!』



《内からポインセチアまだ粘る! 真ん中ステイファートム突き抜けるか! 大外からカーテンコールも飛んでくる!


残り100mを切った! 勝者は3頭に絞られた! そして2頭になった!》



『ぐっ……脚が!』



 セチアの脚が少し鈍った。俺を意識しすぎたのか、早めに脚を使った分が今になって効いてきたのだろう。


 それと少し思っていたが、明らかにスパートも間違えていた。レースは全体を意識するものだ。俺を過剰に意識すぎて前にいるシャドーフェイスを軽視した。


 その強さを舐めすぎたな。今まで全てにおいて勝ってきたからこその、ほんの少しの他馬を舐めたことによる慢心。年上の馬との僅かな経験の差がここで出た。



『嫌だ。残り、少ないんだ……兄さんや姉さんと戦える機会はもう、来ないかもしれない! だからこそ! 今ここで! 偉大な兄に! 勝たなきゃいけないんだぁぁぁ!』



 はっ、偉大な兄ね。嬉しいこと言ってくれるじゃねぇか。その執念は素晴らしい。だが、残念だけど今は実力が追いついてねぇな。



『ばかセチア。競馬は俺が全てじゃねぇよ。その偉大な兄としてくれてやるよ、敗北の味をな。それがお前の今後の糧になる。だから今は大人しく俺の背中だけ見てろや』


『ぐっ……くっそぉぉぉ!!!』



 その言葉と同時にさらにセチアを突き放す。と言うよりセチアの脚が止まってそう見えるだけかもしれない。無論、俺も速度を上げたつもりではあるが。それよりも、だ……。



『お兄ちゃんの隣はいつだって私の物ぉぉぉ!!!』



 セチアを交わした俺のすぐ後に、セチアをあっさりと交わしたコールが迫ってきている。先頭に立つ俺と、後ろから追い上げてくるカーテンコール2頭の一騎打ちとなった。



《兄としての威厳! マイラーとしての矜恃! どっちが勝ってもおかしくない! さぁこの2頭に絞られた!


ステイファートム少し前に出る! しかしカーテンコールの凄い脚! 並んだか!? 並んだか! 並んだァァ!!!》



『相手がお前らなら、尚更負ける訳にはいかないんだよなぁぁぁ!!!』


『私は勝ちたい。お兄ちゃんに! その全てを賭けて! 勝つ! ……ううん』



 カーテンコールの方が勢いは上だ。これが天性の才能を持ったマイラーの境地って奴か。



『お兄ちゃんにじゃない、私もセチアと同じ! ただ強い馬に勝ちたい! お兄ちゃんとか関係なく、1番になりたい!』


『……くく、ははは! いいねぇ! そうでなくちゃ! 妹とか関係ねぇよなぁ! 強い奴と競い合って! 共に高め合い! そして勝つ! 最高だっ!』



 これが、マイラーとしての強さか。あぁ、あの経験がなければ俺は負けていたかもしれない。なぁ、タガノフェイルド、お前との最初で最後の本気勝負……あれに感謝するよ。



『勝つんだぁぁぁぁぁ!!!!』


『負けて、たまるかぁぁぁぁ!!!』



 互いに足を伸ばす。頑張る。頑張る。頑張る……50mあるかどうかなのに、とてつもなく長い時間競っている感覚があった。


 必死な表情を浮かべるカーテンコール。対して俺はどうだろうか? 多分……笑っている。かつて自分が教えた、泣き虫でレースに勝てないと悩み足掻いていた妹。


 そんなコールが今、弟のセチアを抜き去って姉としての威厳を見せつつ俺と並んでゴール版に向かっているのだ。


 これを嬉しいと思わずして何が嬉しいとなるのか。妹の成長をまじかで見ることの喜び。シスコンここに極まりけりだ。


 まぁそれはそうとして……やべぇなこりゃ。この前同じ事が合ったから何となくだけど分かってしまった。勝つんだぁぁぁ! って叫んだはいいが……




















 すまん、勝てねぇわ。



《兄と妹! この2頭の争いは! どっちだどっちだどっちだ!!! どっちだぁぁぁぁああぁああぁぁぁ!!!!?!?!!?!?!?


2頭全く並んでゴールイン! 分かりません! 分かりません! 兄ステイファートムのGI8勝目なったかどうか!


妹カーテンコールのマイルGI4勝目か! 弟ポインセチアが3着! シャドーフェイスは4着まで、敗れる!


ゴール前のターフビジョン……いやぁ、分かりません。どっちが勝ってもおかしくない最後の直線、全く並んでゴールしています


おそらく写真判定になるでしょう、馬券はまだ捨てないでください》


《いやーそれにしても、とても見応えのあるレースでしたね。凱旋門賞馬のステイファートム、強い強いとは知っていましたがまさかマイルGIでもここまで迫るとは》


《ですね。ここを勝てばライバルだったロードクレイアスの父、ロードクレセントの記録した牡馬GI8勝に並ぶ大偉業です


兄妹によるGIワンツーは2001年の中山大障害で1着ユウフヨウホウ、2着ゴーカイの兄弟ワンツーがありましたが、芝GIでは初になるでしょう》



『はぁ、はぁ、はぁ……辛いな、マイルは』


『ふぅ、ふぅ……お兄ちゃんも、この距離なら辛そうだね。ねぇ、どっちが勝ったの?』


『……分からねぇ。でもまぁ、強くなったな、コール』


『~~っ! でしょ!? でしょ!!! お兄ちゃんに追いつきたかったしコール頑張ったの!』



 俺は疲労困憊だと言うのに、コールはさっきまでの息切れや疲れなどなかったかのように褒められたことを喜ぶ。



『偉いよ。セチアも、こっち来いよ』


『えっぐ……だっで、まげだよぉ』


『俺だって何回も負けてるさ。負けるのは悪い事じゃない。勝つことはいい事だってことには変わりないがな』


『う~~!』


『子供かよお前は。寧ろ負けた相手が俺で良かっただろ。いや、逆かもしれないけどさ』


『……うん。兄さん、次は勝つから。誰が相手でも、勝ってみせるから』


『その意気だ。気持ちだけは誰にも負けるなよ』



 セチアの瞳からこぼれ落ちた涙は消え去り、そこには意志の固まった強者としての顔があった。無敗の記録は敗れても、お前のレースはまだまだ続く。次のレースで勝て。ダメだった時はそのまた次のレースで。



『がぁぁぁ! クソが! お前ら兄妹揃ってるふざけやがって!』


『ポインセチアに意識を割かれすぎたなシャドーフェイス』


『あぁ!? 有望な若武者の挑戦なんだぞ? 受けて立つに決まってるだろボケが!』



 そういう先輩風を吹かせて1着になるのでなく、後輩との戦いを楽しむ事を選んだ時点で負けてたんだよ、お前は。


 一丁前に1着まで狙って。シャドーフェイス、お前は俺達にも意識を割いてた。普段はしないマークなんて行為、俺ら3人にまでしたらそら100%の力なんて出せんわ。


 まぁ、結果としては俺達が3着まで独占したが本来ならシャドーフェイスが100%の力を出てた場合、2着は固かっただろうな。まぁ、レースにタラレバは禁物か。



『楽しかったぜシャドーフェイス、これからも走り続けろよな』


『ったりめぇたろ! 俺は生涯現役だ! 故障しようが引退しようがな!』



 その精神は見習いたいな。シャドーフェイスは颯爽と去っていく。



『誰かさんが邪魔したから!』


『 邪魔したのあんたでしょ!?』



 ミドルオブドリームとペルツォフカは俺達に目もくれず戻っていく。お互い足を引っ張らず、きちんと同じ方向を向いてその爆発力を活かせればな。



『あっ! お兄ちゃん出たよ!』


『ん? ……はは、なるほど』



 勝てる気はしてなかったが、まさかこうなるとはな。タガノフェイルドと戦った時以来で印象強くなっていたが、レースなら新馬戦以来か?



《あっと、今掲示板に着順が表示……おおっと! 同着! 同着です! 2010年オークスのアパパネ、サンテミリオン以来2度目の芝GI同着となりました!


ステイファートム、カーテンコール。この2頭による1着同着の結果となりました今年の安田記念! そして、ステイファートムはこれでGI8勝!


ロードクレセントに並び牡馬GI最多勝利数となります! さらにマイルから長距離までの古馬GIを制したことでシャドーフェイスに次ぐ2頭目の3階級制覇!


妹のカーテンコールも凄まじい脚でしたが、まさか同着とは。ステイファートムは新馬戦でディープゼロスの2着、ロードクレイアスと2着同着を経験しています


これで2度目の同着ということになり、こちらも競馬史に残る大記録ではないでしょうか?》



「同着か……」



 それまで黙っていた横川さんが小さく呟いた。レース直後はどっちだった? とコールの人に尋ねたりはしていたけどな。


 横川さんはこの結果をどう思っているんだろうか。……同着は嬉しいのか、悔しいのか。俺にはその真意が一言だけでは読み取れなかった。


 ただ……負けはしなかった。今年に入ってから走ったサウジCはグルグルバットに敗れたからな。別路線に殴り込みとはいえ、最近自分の実力に陰りが見えているように見える。


 いや、そんな事はないんだろうが、今までとのギャップ的にな。さぁ、次はどこに向かうんだろうか。マイルGIは勝った。妹弟達に俺の勇姿は見せつけた。


 ……俺の道は一体、どこまで続いているんだろうか。でも、俺はもう6歳だ。俺の先輩達は5歳で引退が多かった。


 なのに俺はまだ走っている。それはまだ、走らなきゃ行けないって競馬の神様が言っているからだろう。……ならば走り続けるだけだ。


 ターフを去るその日まで、俺はこのグリーンターフに……いいや、砂も何もかも、競馬場全てに邸跡を打ち込むまで。


 切り替えていこう。次に挑む舞台が楽しみだ。どんな強敵が待っているのか。そして、グルグルバット……てめぇとは絶対蹴りを付けてやる。


 俺は府中のターフでそう誓った。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


間に合った。ジャスティンミラノ⇒レガレイラ⇒アーバンシックorダノンエアズロックorシックスペンスの三連単

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